ノスタルジー




窓際の前から二番目、そこがあたしの座席だ。黒板にチョークで文字を書く音と先生の淡々とした言葉が静かな教室に響く。先生が黒板に文字を書いている間、先生自身がいる事によって何が書かれているのかが見えない。と、言うことはこの瞬間すぐにノートへ書き写すことができないと言うことだ。


なのであたしは窓の外へと視線を移す。今日は天気が良い。ほどよく雲がある晴れの日で、校庭には体育を行なっているクラスの人たちがいた。ガタイが良い、男の人たちが多分準備運動がてら適当に校庭を走ったり、サッカーボールを準備している。ってことはサッカーをやるんだろう。外からワイワイとする声が微かながらこちらにまで届いてくる。


その中に、見知った赤い髪を見つけた。


天城先輩だ。


クラスメイトの人たちと一緒に戯れるようにして、ボールを軽く蹴ったり交わしたり。サッカーのルールとか細かいことは詳しいわけではないけれど、上手だな…って思うぐらいには動きがいいと思う。元々、運動神経が良さそうな顔もしてるし、ってこれは偏見になるのかな。


さて、ずっと見ていても仕方ないし、あたしだって授業がある。天城先輩にバレてもイヤだし…、ってここから見てても気づくわけないか。

何でこんなふうに思うんだろう、天城先輩に絡まれ過ぎて感覚がおかしくなったのかも。

黒板に視線を戻せば先生の位置も変わっていたし、授業も進んでしまうため、あたしの意識は目の前のことへと切り替えた。





授業が終わる頃、結局あたしは気づけば外を見ていてぼんやりとしてしまう1時間だった。ノートに写せないタイミングだったり、出された課題に取り組んでいて考えている時や余った時間だったり。普段こんなにもぼんやりすることがあったっけと考え直してしまうぐらいには授業中の節々で気づけば外を見ていて自分でも何やってるんだろ、と思ってしまう。

使った教科書やシャーペンをしまって次の時間割を確認していたら、あたしはとあることに気付く。多分、この時間を逃したらマズイかも。そう思って乗り気ではないがこの休み時間にやらなければならないことを思い出して、重い腰を上げなければと思った矢先だった。



「優希ちゃん」



語尾にハートがあるように思えたのは幻聴だと思いたい。なんなら、ここにいること自体、幻覚だと思いたいけれど、これは現実。さっきまで外で体育をしていたはずの天城先輩が何故かうちのクラスにいる。ジャージ姿なところを見る限り、多分授業が終わって真っ先にここへ来たのだろう。




「俺っちの勇姿、見てくれた?」
「何のことですか」
「えぇ〜窓際の超最高な特等席なのに。俺が外で体育やってんの知ってただろ?」
「そうだったんですね」



わざとらしい口ぶりだ。その表情はニヤリと笑っていて隣の席の子がいないことをいい事に、机に軽く腰掛けてあたしの座席とそこから見える校庭を指差している。



「相変わらずだなァ、俺と目が合ったのに」
「こっち見てないじゃないですか」
「ってことは、俺っちの方見てたことは認めるんだな」



その言葉にあたしは思わず何も言えなくなってしまって、否定したかった気持ちとは裏腹に口を結ぶ。先輩の言葉に知らず知らず誘導されていて、結局あたしが前の時間に先輩が体育だったことも、授業中に見ていたこともバレてしまった。別に授業中、ふと外を見ることは誰だってあるしやましいことではないはずなのに、相手が天城先輩だったから。素直に認めたくなくて出た言葉が結局裏目に出たし、このような形でバレてしまって一番面白くない展開だ。



「俺っちどうだった?かっこよかったっしょ」



目の前で余裕な笑みを浮かべる天城先輩。あたしの前ではいつもそうだ。


まだ記憶に新しいさっき見たばかりの先輩と大違い。



授業中の先輩への印象は、こんな風に笑うんだってものだった。もちろん動きが軽くて余裕もあって、上手いんだろうなとも思ったけれど、それはあくまでサッカーをしている最中の話だ。サッカーをしている時も、傍らで他の人たちとしゃべってる時も先輩の笑った顔がすごい無邪気だったことが一番の印象的な部分だった。

同級生と一緒だったからだろうけれど、あたしの前にいる時の先輩はいつも余裕そうに笑ってて、たまに意地悪な時もあるけれど。あんな風に無邪気な笑い方も戯れ合う姿もあたしには知らないもの。あたしが違うクラスだから、後輩だから知らないのは当たり前なんだろうけれど。



「サッカーはあまりわからないんで」



だからこそ、あたしも先輩には絶対言わない。今の言葉だって嘘偽りはない、実際に素人なんだから。そう思いつつ呟いた言葉に先輩は「素直じゃないねェ」と困ったように笑うだけ。



「どっか行くのかよ、トイレ?」



出していたノートや教科書を机の中にしまい込んで、立ち上がると先輩があたしに何処かへ行こうとしている事に気づく。デリカシーも何もないなこの人は。…なんて思うけれど男子高生なんてそんなものか、と思うけれど、たとえそうであったとしても、はいそうですとも言いたくない。



「違います、他のクラスの子に用があるんで」
「へェ」
「あたしは他のクラスに行くんで、先輩も戻ってください」
「せっかく先輩が来てんのに追い返すのかよ」
「今、タイミング逃すとあたしが授業中に支障きたすんで」




ああ言えばこう言う人だ。納得する理由まで言わなければ動かない、というより何かにつけて知りたがるというべきか。



「ジャージ、忘れちゃったんで借りに行くんです。授業の直前だとバタバタしちゃうから」



先輩は関係ないのに、と思いつつも別に隠すことでもないし、むしろ説明してすぐに戻ってくれるのであれば話したほうが早いだろう。そう、あたしもこの後の時間割で体育があるのだがジャージを忘れてしまったのだ。だから、何もないこの時間に行くのが一番効率的なのだ。今逃せば体育の時間が次にやってきて借りに行ってから着替えててってバタバタしてしまう。なので、早く行かせてほしいと思い、先輩にそういうことなんで、と再度戻るよう催促しようと思ったら突然視界が暗転。顔に何かが覆いかぶさった事に気づくのはそれを自分で外した時だった。



「…これ、」
「優希ちゃんに貸してやんよ」
「え、友達に借りるんで…」
「俺っち臭い?」
「そんなことはないですけど」
「ならイイじゃん、使えって」



視界を覆ったのは今さっきまで先輩が着ていたはずのジャージだった。そんなの借りれない、慌てて返そうとしても先輩に結局は丸め込まれてジャージを受け取ってはくれない。何なら、一度手を取ってそのジャージをあたしに羽織ってくる。



「ブカブカだけどイイじゃん」



ご満悦な笑みを浮かべる天城先輩。うんうん、カワイイなんて勝手に納得しないでほしい。「ジャージ、急がねェからちゃーんと手渡しで返してくれよな」と逃げずにちゃんと自分で来いと釘を刺して先輩は行ってしまった。先輩のジャージを着せられて残されたあたしは、先輩の言う通り友達からジャージを借りる理由がなくなってしまい、そのまま大人しく自分の椅子に腰掛ける。



先輩の言ってたように、あたしには大きすぎるジャージ。あぁ、体育に参加するのがイヤになる。


だって、そのジャージからは天城先輩の匂いがするから。こんなの着て授業なんて集中できるはずがない、そう思った。


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