シークレットモデル




※燐音視点


話が入ってきたのは少し前のことだった。


「ファッションモデルの撮影?」


夕飯を食べ終えて、優希 は飲み物淹れてくるって言って、カチャカチャとマグカップに温かい飲み物を準備している最中だった。俺はスケジュール表を見ながら、数日後に入っていた仕事について打ち明ける。



「そォ。おねーさん…プロデューサーが持ってきたンだけどよ、俺指名なンだと」



そう持ちかけられたのは少し前の話。あんずのおねーさんたちとアイツらでクレビに入ってきた仕事の打ち合わせを終えたとき、んじゃ解散〜ってタイミングで言われた仕事だ。どうやら、俺個人に入ってきた仕事で俺ご指名らしい。ニキの奴は「燐音くん、黙ってればモデルにピッタリっすもんね」って言ってきたから一発殴っておいた。メルメルもこはくちゃんも俺個人にこういう仕事は珍しいって言っていたけどよ。



「モデルの仕事なんて、初めてじゃないでしょ?」



優希の言う通り、ファッションモデルの仕事自体は珍しくない。むしろ、入ってくる仕事の中でも多い方だと思う。だけど、メルメルもこはくちゃんも言っていた意味はそこではない。数日前にやり取りした会話を思い出して、俺は喉の奥がモヤモヤした。



なんでも、他にも女性モデルがいて、ソイツ依頼の仕事らしい。ただその相手についての情報はなし。プロデューサーにも楽しみにしていてほしい、と言われただけ。プロとして、拒否する訳にもいかず、俺は仕事を受け入れることにしたんだけど、マグカップを持って俺の横に腰掛ける優希を見てみるが、ふふっと笑っていてあまり気にしてない様子。あーくそカワイイやつめ、なんて。素直に思いたいのに、少しは心配とか嫉妬しねェのかよ、とも思ってしまう。いつだって、俺は優希に左右されるし乱される。


「燐も飲む…?」


俺の心情なんて何一つ気付かずにいる優希はのうのうとした問いかけをしてくるし、ついそこまで出かけたため息を飲み込んで、そのまま優希のマグカップを奪い取る。優希は俺が口にするとでも思ったのか、驚きはしなかったがそのマグをテーブルに乗せた時やっと何かに気づく。「燐…?」なんて不思議そうな声で俺の名を呼ぶが、優希はまだ何が何なのかは気づいていないようだ。それならそれで好都合、俺はそのまま優希の頬を両手で包んで唇を塞いだ。


優希のことを確かめるように。









撮影日。スマホを見ながら、言われた集合場所に向かって歩く。集合場所に指定された場所の番号とスマホで見た部屋番号を頭の中で復唱しながらぼんやりと変わり映えしない廊下を進み、あと二つ、あと一つ、そして目的地となる扉を見つけた。



「失礼しまーす」



扉は開いていた。開けっ放しだったから、少しだけ声を張り、中を見渡せば既に来ていたスタッフたちが疎ながらに急か急かと準備に取り掛かっている。




「こんにちは、天城燐音くん」
「どうも。今日はよろしくお願いします。」




多分この人はカメラマンか何かかな。さっきまでカメラをいじっていたから、俺を指名してきたのは誰だろうか。辺りを見渡してみるが、モデルらしき人の姿はない。もしくは自分が見落としているのか、名もない奴が俺を指名したのか、そんな奴がまず自分の意見が通る訳がない、そう言う業界であるのは俺が一番知ってるんだけどよ。


一人だけ、見覚えのある顔があった。

カタカタと大きな箱の中身を漁っていて、見え隠れする中身は化粧道具っぽい。ってことはメイク担当か。すごい見たことあるはずなのに、いつもならパッと出てくる記憶の引き出しも今回ばかりはうまくいかない。モヤモヤとする頭の中で表情に出さないように思考回路をフル回転していれば、突然背後から衝撃が。



誰かがぶつかってきたのは見ないでもわかる。



「あ?」



けど、誰がぶつかってきたのかは見ねぇとわかんねェ。


だから、振り向いて見て同じ目線で捉えられるものは何もなく、むしろ少し下の方に影を感じて視線を少しだけ下にずらした。捉えたのは後頭部。背後から寄り添うようにくっついてるそれの顔は見えない、けど振り返った際に鼻をくすぐる匂いに俺は目を見開いた。




「よろしくね、」



最後に小さく「燐」と俺の名を呼ぶ。楽しそうに、でも少しだけ気恥ずかしそうに笑みを浮かべながら。

俺はやられた行動にも名前を呼ばれたことにも驚いたわけではない。

今回の件を話した時だって何も言わずに、今朝だってふつーに起きて一緒に飯食って。いってらっしゃいって手を振って見送った優希本人がそこにいて驚いたんだ。




「おや、優希ちゃんは天城くんに言ってなかったのかな?」
「はい、驚かせたくって」
「じゃあ、サプライズ成功ってやつだね」



驚きのあまりいつものように言葉が出てこなかった俺を察してさっき挨拶した人が優希と目の前で話し始める。優希も悪戯が成功した子供のように嬉しそうにしつつも、少しだけやっぱり頬が赤くて照れてる気もした。あぁ、さっき見たことあるって思ったのは優希の専属メイクか、とここで合致した。



「今日は優希ちゃんがプロデュースしたものの撮影だよ。優希ちゃんはプロデュースした側としてのモデルはもちろん、男性用のもあるからその相手役に天城くんをご指名って訳だ」




現場に来てから驚かせられてばっかりで俺らしくもない。相手が優希の時点で、普段のみんなが知る天城燐音というキャラクターが発揮できないのはある意味仕方のないことだけれど。カメラマンから受けた説明を思い出して、準備されていた衣装に袖を通して、今は優希の撮影のターンを俺はカメラマンたちスタッフの後ろから眺めている。



音楽番組とかで現場が一緒になることは度々あったが、こういう仕事は珍しい。俺たちの関係がバレてからと言う意味も含めれば初めてだ。隠さなくていい関係で誤魔化すことさえせず堂々といられるのは正直慣れてなくて落ち着かない。


何カットかわからねェけど、撮影を終えた優希がカメラマンたちと写真を確認して意見を言い合っていれば、「じゃあ、一旦休憩」という言葉が耳に入ってきた。



「燐はこのあと一緒に撮影」
「…なァ、なんで言わなかったんだよ」



俺の横に腰掛けて、マネージャーから受け取った飲み物を飲む優希の視線が俺とぶつかる。



「驚かせたかったから」
「充分驚かせられたわ」
「ふふっ、燐が驚くのって珍しいよね」



優希が驚かす側ってのも珍しければ、言われたように俺が驚かされる側ってのも珍しい。まあ、俺が意図的に優希を驚かすことは基本的ねェんだけど。



「正当な理由こじつけて、燐と一緒に仕事できたらなって思っただけだよ」
「そっか、」
「うん」



こんな業界にいて、いろんな仕事がある。受ける受けないは別として、たとえ大切な人がいようとも仕事をこなす側の人間がNGにしなければやらなければならないことだって幅広い。内容によっては相手を不安にさせることも嫌な思いをさせることだってあるだろう。



だけど、それを優希は逆手に取った。




「燐とだったら、良い写真がよりできるだろうなって思ったし、燐のこと考えて考えたところもあるから堂々と身につけてもらって、なんなら見せつけちゃおうかなって」
「優希がそういうことするようになったのか」
「…やだった?」
「んな訳ねェだろ」



普段、頭を使って相手を巻き込んでってやり口は俺のやることであって、優希はどっちかっていうと従順なタイプだから予想はしてなかったけど、嫌じゃない。


そういや、従順と見せかけて間違った方向に行動した時もあったな…なんて思い出すのは優希が故郷を抜けた頃の思い出。あの時と比べたら、驚きの意味も心を埋め尽くす感情だって全然違う。むしろ嬉しいもんだ。



「撮影、再開しまーす」



スタッフの声がスタジオに響き渡る。
はーい、と返事をしながら立ち上がる優希と俺。


その時、お互い視線を合わせて互いに俺たち自身のスイッチを切り替えた。


懐かしいな、故郷にいた頃もこういうのがあったなって。


普段は俺にべったりだった優希も儀式や祭典の時は嘘みたいに雰囲気変えてたな。互いにそういう風に育ってきたから今更照れも気恥ずかしさもないけれど、それでもやっぱり大人になって改めて思うとってこともあるもんだ。



撮影結果として、優希が相手だったからか懐かしいことを思い出したからか、「天城くんもこんな顔するんだね」とか「イメージ変わるね」といろいろ言われた。写真チェックして俺も普段の俺らしくねぇなって思ったけど、「燐はこれでいいんです」って優希が言い張ったから良しとするか。

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