窓を開けても暑いと感じる熱帯夜。
家の中だからという理由で邪魔に感じる前髪を上げるためにヘアバンドをしている。ショートパンツにキャミというサテン生地の部屋着で、こんな姿もオフだからできる格好だ。

風呂上がり、髪を乾かしてボディークリームを塗っていく。ひんやりする夏用のボディークリームはファンの子からの差し入れでもらったものだが、香りも良く保湿もしてくれるのでなかなかに実用性が高くてお気に入りだったりする。




「あっちぃ…」
「クーラーつけよっか」


あたしと交代でシャワーを浴びに行った燐が上がってきたのだが、髪も乾かした直後ってこともあり、暑そうに覇気のない様子でやってくる。一人では、まぁいいかと思っていたクーラーも暑さに弱い燐がいるのであれば、話は変わる。



テーブルの上に置いてあるクーラーのリモコンで電源を入れれば、冷たい風が入ってくる。なので、冷気が外に行かないように開けていた窓を閉めるために窓際に近づいた。ガラガラガラ…と窓を閉め終えたぐらいの時に、後ろからふわりと何かをかけられた。自分の肩を見て、それがあたしの部屋着で使っている長袖のサテン生地カーディガン。視線をずらして見上げてみれば、暑いと言っていたはずの燐がぴったりと背後に立っていた。


「クーラーつけるなら、体冷やすっしょ」
「ありがとう」


お礼を言えば、ん、と短い返事と一緒にヘアバンドでかき上げられたおでこに軽くキスをひとつ。







暑い暑いと言いながら、わかっているのに何故かくっついてしまうのはそれは相手が好きだからだろう。結局いつものようにソファーに一緒に座っているのだが、違う点を言うのであればあたしがさっきまで塗っていたボディークリームを再び塗り始めたという点ぐらい。ソファーに足も乗せて太ももやふくらはぎも丁寧に塗り込んでいく。燐からの視線も感じるけれど、それは気にせず進めていれば、塗り終えた方の足をスルリと撫でられて思わず顔を上げてしまう。



「このクリーム、貰いもん…だっけか」
「うん、ファンの女の子から貰ったの」
「ふーん…」
「夏用クリームで塗るとひんやりして気持ち良いんだよ、燐も塗る?」



断られるだろうと思いつつも、一応聞いてみれば「ん、塗って」なんて言いながら手を差し出されて驚いた。燐はたまに予想外なところで食いついてくるから、こっちが驚かされるのは珍しくないんだけれど。自分に対してはちょうど良い区切りだったから、そのまま開けっ放しのクリームのカップに指を入れてクリームを掬い上げる。そのまま燐の腕にそっと乗せて、両手で優しく伸ばしながら塗り込めば、クリームが段々と浸透して消えていった。



「たしかに、ひんやりすンな」
「でしょ?ベタつかないし、気持ちいいよね」



燐にもこの良さが分かって嬉しくなって、つい頬の筋肉が緩んでしまう。暑い暑いと言っていたから、尚更だ。反対側の腕も出してもらって、塗り込んでいき、よし終わり!のタイミングでぐらりと視界が揺れる。次に認識した時は、あたしの頭の下にはソファーの肘掛けがあって、目の前には燐とその後ろに見慣れた天井が見え隠れする。この瞬間、自分がソファーの上に押し倒されているんだとやっと気づいた時には、燐が無の表情であたしを見下ろしていた。



「夏って暑いよな…」
「え、うん…」


唐突に呟かれた言葉は何を今更な…というものだった。


「暑いのは分かる、髪が邪魔になるのもわかる」


そっと頬に触れる燐の指。


「俺のヘアバンドつけるのも全然構わねェけどよ」


その指は、ツゥっと首筋に。


「薄着すンな、とも言わねェけどよ…」


そして行き着いたのは、キャミソールの胸元のところ。


「さすがに見えちゃう格好だって、自覚はしてほしいんだけど」


胸元のところに人差し指を差し込んで、キャミソールを持ち上げて言う燐の言葉に、一瞬何がと思ったが、その意味はすぐ理解できた。


「誰が見てるかわかんねェっしょ」


燐にクリームを塗ってあげる際、前傾姿勢だったことにより、キャミソールの胸元がはだけて見えていたのだろう。しかも風呂上がりなので、下着は付けていない。つまり、燐の位置からは丸見えってやつだ。こんな姿で無防備な姿を晒したあたしに危機感を持て、と言いたいのだろう。


だけど、



「燐の前でしかしないよ…?」



誰の前でもこんな部屋着でいるわけではない。

例えば、ひーくんがいたとしてもさすがにこの部屋着ではいないだろう。

燐だから、だ。


燐だから気にしないし、




なんなら、




燐だからあえてしてると思われたって良い。





多分、この言葉だけで頭の回転が良い燐だから、意味を察したであろう。一瞬だけ、面食らった表情を浮かべるも、すぐに長いため息をつく。



「…優希、」
「なあに」
「惚けンな」
「だって、」


首に腕を回して燐の顔を引き寄せる。


「燐のためにしたいなって思って」
「明日は優希の誕生日なのに?」
「あたしの喜びは燐が喜んでもらえたらそれで良いの」
「まんまと乗せられたってワケか」


別にそう言うわけじゃないけど、そう言うことにしても良い。燐のことだから、きっと何か準備してくれてるのは分かってた。でも、どうせならあたしは燐と一緒がいい。

せっかく一緒に過ごせるんだから。


その時間、燐が満足してくれたらもっと嬉しいもの。



「プレゼント、すぐいらねェの」
「うん、それより燐がいいな」
「やけに積極的だなァ…」
「こういう時じゃないと恥ずかしくて言えな」



いけど、と言いかけてその言葉は言えなかった。燐に唇を塞がれてたから。


「俺っちの、ここにいっぱいにしてやンよ」


そう言って下腹部を突っつかれて身体の熱が疼く。


お互いにアルコールは入っていないはずなのに、まるで酔ったような感覚。

熱に浮かされているのか、もしくはボディークリームの香りに乗せられたのか。




日付が変わるまでもう少し。



これから始まるのは前夜祭。



熱帯夜と香りの誘惑に乗せられて。



夏生まれの君へおめでとうの気持ちを込めて

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