春
桜が咲いてから梅雨入り前の過ごしやすい日々。天気がいいと外に出たくなる。
「今度のオフ、出かけるか」
どうやら、そう思ったのはあたしだけじゃないようで。いつものようにのんびりと過ごしていた燐から突然言われた言葉だった。
あれから、次のオフの日。
いつぞやの時と同じように、黒いワックスで髪を染めて黒いマスクをしている燐と地元的にも世間的にもそこそこ有名な大きな公園にやってきていた。海沿いにある公園には、春らしく、沢山の色鮮やかなお花たちが植えられており、海風に揺られている姿がまた綺麗で目を奪われる。
チューリップやスイセン、スイートアリッサム、ナデシコ、ルピナス、アネモネと様々だ。
「すごい沢山…!」
「さすが有名所だな、平日の昼間だってのに、そこそこ人いンな」
あたしはお花の数を指して言ったつもりだったが、燐は公園の人の数と捉えたのかな。たしかに周りを見れば、いろんなところにそれぞれお花を見てたり犬の散歩だったり芝生にシートを広げてくつろいでたりする人たちが平日だというのにそれぞれの過ごし方で楽しんでいる。
「こういう天気が良いと、ビールも美味そうだなァ」
「呑みたいの?」
シートの上でピクニックのような感じで缶ビールを呑んでる人たちを横目に燐は呟く。本当にお酒が好きなんだな…ぐらいにしか、あたしは思わないから別に良いんだけど。人によってはこういう時に、場の雰囲気も何もない言葉は嫌になってしまうって話を聞いたことがある。そんなものなのかなってあたしは思うだけで、燐だって「まぁな〜」なんて返すだけでホントにふと思ったことをただ単に言葉にしただけで他意はないんだろうな。あたしはむしろその方が嬉しいんだけどね。だって、自分の前で飾らないでいてくれる訳だし、それって嬉しいことだと思う。
のは、普通じゃないのかな。
燐は君主様だから。Crazy:Bとしてのキャラだってあるだろうし。だからこそ、こういう飾らない、普段のただの燐の言葉が聞けるのは本当に嬉しいのだ。
公園内を歩いていれば、お花がまとまって植えられているガーデニングスペースがあって、色鮮やかで綺麗に整えられた花たちが並んでいたり。よく見れば、小さく花たちの邪魔にならないように小さな名前のプレートも添えられていて、ついつい見たくなって燐と繋いでいた手を離して近くまで駆け寄ってみる。
「かわいい」
しゃがんで見つめた色とりどりの花たちは今は戻れない故郷を思い出す。よく、キレイな花を摘んでは母様に持っていってたっけ。
「昔から花、好きだったよな」
「うん、花は癒されるからね」
幼い頃は自分と近い位置にあった花たちも、今ではしゃがまないと近くに見えないのだなら、自分がどれだけ歳を重ねたのかを実感させられる。
「優希は花みたいだよな」
「…そう?」
「辛いことがあってもキレイに咲き続ける花が優希と同じだなァって思ってよ」
横に立つ燐から突然の言葉。ちょっとらしくない言葉だったけど、燐がそういうならそうなのだろうし、否定する理由がない。なにより、
「花は蜂がないとダメだからね。その点も同じかも」
ここに咲く花たちは、もちろん手をかけられて大事に育てられてると思う。けど、本来花がキレイに咲くためには自家受精だけじゃなくて、花粉を運んでくれる蜂たちがいるからだ。チラリと燐を見てみれば、面食らった表情を浮かべていて、してやったりって思ったりもして。
「ったく、」
「ふふっ、だってそうでしょう?」
「まァな」
燐はふっと笑って、あたしの隣にしゃがんで耳に触れる。元々付けていたピアスを慣れた手つきで外したのだろう、軽くなった耳に燐が何をしたいんだろうって思っていれば、すぐにそこにまた重量感が元に戻る。
「蜂だって花がねェと生きていけねェから」
「りん、?」
「俺だって優希がいねェとダメだから、な」
燐の言葉に意識を奪われて、気づいた時には耳に何かをし終えたようで。不思議に思っていたあたしを察して、「鏡見てみろよ」と燐が言ってくれたので持っていた手鏡を取り出して確認してみる。
「これ…」
「俺からの気持ち」
燐がずっと触れていた耳にあるのは真っ赤な花のピアス。
「アネモネ…?」
「よく知ってんな」
「だって、りん」
ピアスに触れて確認する、それは赤いアネモネ。すごく詳しい訳じゃないけれど、赤くてかわいい花だったからってことで、花言葉は知っている。
「誕生日、おめでと」
「〜っ、りんっ〜」
外だってことも忘れて、涙ぐみそうなのを堪えて燐に飛びつけば、燐は突然のことに体制を崩してそのまま後ろに尻もちをついてしまったけど、しっかり抱き止めてくれる。
「りん、すきっ」
「知ってる」
春生まれの君へおめでとうの気持ちを込めて
赤いアネモネの花言葉
「君を愛す」
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