年下×年上



本シリーズの没ネタ。
燐音が歳下設定の本来あったかもしれないif
再会時のお話。


真後ろには壁、

横には目の前から伸びている腕、

目の前にはキッとさせた瞳で見つめてくる燐音様の姿。




あたしの心の中は乱れていた。

こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかったのに…。そう思っても、出会ってしまったのであれば仕方がないのだけれど。いや、しかし…と思いが頭の中を駆け巡る。



あたしが記憶している燐音様は、まだあたしより小さかった。

と、言っても目線が少し下ぐらい。

いつも頑張ってお稽古やお勤めをこなされていたのはまだはっきりと記憶に残っている。


「優希」


あたしの名前を呼んで笑いかけてくれる燐音様。いつだって、次期君主として努力されていた。弟の一彩様に悟られないよう必死に背伸びをされていたのだって知っている。

頑張っていたあなただから、あたしは傍で支えていたものとして、守り抜かなければならないと思っていた。



そのための選択だったのに---。






何故、あなたは今、目の前にいるのでしょうか。












あたしよりも全然高くなってしまった身長。

あたしの頭の上に燐音様の頭があって上から見下ろされているのは言わずもがな。目線を合わせるのが怖くて、あたしはなるべく視界に入らないように、と斜め下の方を見る。

だって、上を見たら燐音様のお顔。
正面を見たって燐音様の体が目の前にあって、下を見たら足が視界に入って、どれも今の距離の近さを実感させられて心臓がバクバクしてしまう。


このバクバクだって、ドキドキではない。

完全に危険信号を指し示す鼓動音だ。



どうしよう、どうしようと思いを巡らせていても答えは見つからない。ここから逃げ出す算段だって浮かばない。働かない頭をフル回転させていれば、不意に「なぁ…」と声が降ってくる。


その声でさえ、あたしが最後に聞いた声と違ってとても低いものだった。




その瞬間、あたしの記憶していた燐音様と何もかもが変わっているんだな、と実感させられる。





「優希…、なんで」



驚いた。

声も身長も見た目でさえ、変化していたはずなのに成長として捉えられて驚きより、時間の経過を実感させられたというのに。

今、耳に入ってくる声が、声色が、あまりにも弱々しくて震えていたから。


無意識的に顔を上げてしまい、ずっと逸らしていたはずの燐音様と目が合う。



いつも、凛としていた燐音様。

たまに息を抜いた姿も見たことはあったけど、


こんな風に不安と弱さを滲ませた瞳は初めてだったから、息を吸うのを忘れてしまったように外界の音が遮断されたかのように錯覚する。



「俺は、」



そう言って、唇を開けては閉じてを繰り返すその口から続きの言葉は出なかった。言おうか言わないか、まるで躊躇っているよう。

何故そう思うのかって。

だって、燐音様の表情がそう言っている。



「…元気そうでよかった」



何を言いたいのかわからないけれど、あたしはこんなにも大きくなった燐音様にまた会えて嬉しかった。もう、会うことはないと思っていたのに。あなたは立派に成長されていたんですね。と、言葉を紡ぐ。あの日、あなたを置いて出て行くことを決めたのはあたしだけど、心残りだった。だって、あなたは何でも背負ってしまう人だから。


…なんて、思うのは身勝手すぎる感情だけど、伝えるぐらい許されたい。あたしの発言が面白くなかったのか、燐音様は苦虫を潰したように表情がみるみる内に曇っていく。



「お前にいなくなってほしくなかったのに」



いわゆる、壁ドンをされて身動きが取れないあたしとしている側の燐音様。触れられる距離でいるのに触れないのは、ちゃんとあたしたちの関係を表しているよう。それなのに、燐音様から出てきた言葉にあたしは息を飲んだ。



「あの故郷で変化のない毎日の中で、稽古やら色んなことを頑張れたのは、優希がいたからなのに」



そっと頬に添えられた手。

温かくて優しくて、そして---。



「…だめ、」
「優希」
「だめです…、燐音様…」



あたしはあの日、全てを置いてきた。
あなたのために、全てを自分のせいにして。


「優希…」


そんな目で見ないで欲しい。


「あたしはあなたと一緒にいちゃいけない…」


あたしは自分の気持ちにも蓋をしたのに。

一緒にいたら、優しいあなたはきっとあたしのために自分の身を呈しそうだと思ったから。



「…優希、」
「燐音様は、」
「それ、やめろよ…」


それ、と言うのは呼び方のことだろう。
燐音様、と呼ぶのを嫌うのをあたしは知っている。現に、眉間に皺を寄せて納得いかない表情で見つめられて言葉が押し黙って出てこなくなる。



「…燐」
「優希、俺のそばにいて」



離れないで、約束しただろ…。


そう耳元で囁かれた時、既に燐の腕の中。
久々に触れる彼の体は見た目以上に大きく感じられたのに、その安心感は何も変わってなくて目頭が熱くなった。













「優希!俺、アイドルになりたい!」
「まーた、そんなこと言ってるんですか?ダメですよ、みんなまた燐音様がおかしいって言いますからね」
「様付けやめろよ…」
「…そんな顔しないで、燐。けど、あたしの言ってることも聞いて欲しいのに…」
「俺はただ…」
「じゃあ、あたしの前でだけそのあいどる、ってものでいて下さいね」
「!じゃあ、ずっと一緒だからな…!約束…!」
「はい、もちろん」



遠い日の記憶。

ずっと一緒にいることを約束したあの日。

思えば気づいた時から、あなたの笑顔が好きだった。

何もない日常が好きだった。


蓋をした記憶が溢れる。


ねえ、



---今もあなたを好きでいても良いですか。

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