推し鑑賞会



(むりむりむりむり)


ここは食堂と言い聞かせて、更に声を荒げないように自分に我慢するよう暗示をかける、しかし我慢できないものは我慢ができないので、テーブルにぶっ潰して顔を煩悩をかき消すように横に振った。


「優希お姉さま、気をしっかり持ってください!」


横で司くんが慌てた様子で、あたしの肩を掴んで心配する声が耳に入ってくる、しかし正直なところ司くんだって内心は気が動転しているはずだ。だってさっきから、横で珍しく動きがぎこちないもの。


「ふぇええ…むり…」


広い食堂の中の1テーブルで4人掛けだというのに、わざわざ横に座っているあたしたち。なぜかというと、目の前に立てるように置いてあるタブレットを見ていたからだ。そのタブレットにはイヤホンを繋いでおり、司くんと片耳ずつつけていたりする。


「…むりだけど、もう一回…」
「ぜひ見ましょう」


ふらふらの上半身をなんとか起こして、司くんに寄りかかりつつも、タブレットを操作しながらあたしがそう言えば、司くんはキリッとした表情で同意をしてくれた。











「やっぱむり…」


もう一回見終わって、あたしの心臓はバクバクとしていた。びっくりした、正直今までと雰囲気が違いすぎる。何度も見返した内容を思い出せば、表情筋が締まらなくなる。司くんは司くんで、頭を抱えて多分今脳内処理を頑張ってるんだろう、こういう時なんていうんだっけ…。

はぁ…となんとか、鼓動の速さも落ち着いてきて、熱くなった顔を手のひらでパタパタと扇いていれば、後ろに人の気配を感じた。誰だろう、と思って目線を上げて見れば、すごく高い位置からにっこり笑顔の燐が立っていた。


「へ…燐…、」
 

正直、今ここに燐が来るとは思ってなかったため、表情が強張るのがわかった。そんなことをつゆ知らず、燐は「優希ちゃ〜ん、何してンの」なーんて言われて、別の意味でまた心臓が早まるのを感じた。だって、笑ってるけど、なんか笑ってない…こわい…。


「燐音はん…、ここ食堂やさかい、」
「ァあ?こはくちゃんだって、気になって来たンだろうがァ。それに、べっつに乱暴しようとは思ってねェから安心しろ」


訳がわからない、燐はなんか不機嫌だし、横には燐が不機嫌な理由を知ってるようで呆れた様子のこはくんもいる。うぁ…こはくんもいる…。


「ァ?こはくちゃんがなんだって?、」


どうやら思っていたことが声に出ていたようだ。気づいた時には時は既に遅し、口元を隠しても耳に届いた言葉はかき消せない。ううう、内心いろんな感情が入り乱れすぎて処理できなくなってしまい、あたしは無駄だと分かっていても、そのまま横に座っている司くんに隠れるように寄りかかる。燐の「おまっ」って声がしたけど、本当にそれどころじゃない。


「優希お姉さまは今、精神不安定なので多めに見てください」

 
うん、司くん。その発言はその発言でややこしいよ…って思ったけど、もはや手遅れ。司くんがふらふらのあたしを支えるように回してる手の温もりを感じるが、それにより余計身動きが取りにくくなったと感じた。


「坊も坊で落ち着かへんように、見よったんやけど、何見とったん…?」
「今まで実はMusic Videoを観てたんです」


こはくんの不思議そうな声色がして、司くんは当たり前のように答えてしまった。しかも、ちゃんとCrazy:BのPARANOIA STREETですよ!って言っちゃった…言っちゃったよ…。顔に熱がまた集中し始めるのを感じる。そんなことを気にせず司くんは「こはくんの活躍をcheckするのもこの朱桜家の長男としての役目です!」なんて力説してる。真っ当な感じの理由のように聞こえるけれど、実際問題、司くんは純粋に観たかったんだよね、こはくんの活躍。


「それで優希お姉さまは、今ちょうど天城先輩のdanceを拝見してこのようになってしまったのです」
「ううう…司くん…それ言っちゃだめ…」


気づけば話題はあたしの方に切り替わっていて、司くんが言ってしまった。言っちゃダメなやつだよ〜…と思っても、司くんは多分気づいてないだろう。もう仕方ない…と思って、恥ずかしさがまだ残るまま司くんからそっと上体を起こせば、突然ズッシリと後ろに体重が掛かる。顔の横から長い腕が伸びているのが見えて、動かしにくい顔を少し横にずらして見れば、すぐそこには燐の顔。ここで初めて燐が後ろから体重をかけて抱きついてきたことを察した。



「え…と…燐…」



(ちかいちかいちかい、いまこんなきょり、しょうじきむりっ…)
  


「…優希はCrazy:BのMV見てたってェ?」
「そ、うです…」
「で、俺っちのダンス見てなンでそうなっちゃった、?」


耳元に囁かれるように呟かれる燐の声。さっきまで見ていたダンスの燐の残像がまだ頭の中に残っているわけで、恥ずかしすぎてギュッと目を瞑る。パクパクと口を動かして、言うか言わないか一瞬だけ悩んだが、多分あたしには逃げ場はない。首に回された腕にそっと手を添えると燐が少しだけピクリと動いたのがわかる。至近距離の燐の目線に視線を絡めて口を開いた。


「かっこよすぎて…やだ…」 


正直驚いた。今までの楽曲も見て来たけれど、今回の曲のMVは雰囲気がガラリと変わって、ガッツリと踊っていたこともそうだし、燐がこんなにも踊れるとは思わなかった。元々、努力家だし素質もあるんだろうなって思ってはいたけれど、こんな踊れるだなんて、新しい燐が知れて嬉しい反面、みんなも見ちゃうってことに複雑な思いも入り乱れる。アイドルって仕事だから仕方ないのは重々承知なのだが…やっぱり複雑になるものだ。

そんな思いを知ってか知らずか、意を決して人が感想を言ったことに対して、燐は「ハァ…」と、深いため息を一つ。なんでため息つくの、とも思ったが、そんなのも束の間。うりうり頬を擦り付けて来た。



「ほンっとに優希はかわいいやつだよなァ…!」



気づけば燐はさっきまでの表情は嘘みたいに嬉しそうな表情に変わっていた。心なしか頬が赤い気もする。燐は多分それだけで気分を良くしたみたいで、あたしが何も言わないことを良いことに、頬っぺたにチュッとキスを落とす。あたしがこのあと、「燐ッッッ!!」と我慢していた声をあげてしまうのは、みなまで言わないでほしい。


(燐音はん、ここ食堂…)
(ァア?ンなの気にしてられっかよ)
(優希お姉さま、大丈夫ですか…?)
(恥ずかしすぎて穴に入りたい…)

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