娘とマスコット




「蓮」


声をかけても反応はない。先ほどからずっと動かない蓮にため息が出る。


「ままっ!こーれ」
「蓮、」
「んぅ!ぱぱっ!ぱっぱいるっ!」


カシャカシャと音を立てる箱。その箱にはESアイドルたちがモチーフになったマスコットがプリントされていて、蓮の言ったように燐の姿もそこにあるわけで。


「そんなに振っちゃダメだよ…」
「ん!これっ!まーまっ!」


カシャカシャ、カシャカシャと箱を振ることをやめない蓮は今にも箱を潰しそうなぐらいしっかりとそれを握っている。このままでは売り物にならなくなってしまうし、なんならカシャカシャやってる時点で戻すのも心苦しい…。あたしは一つ、ため息をついて仕方ないとそれを持ってレジに向かうことを決める。


「蓮、パパはおうちにあるよー?」
「ん!蓮ちゃんの!」


燐モデルのマスコットは家にある。燐が完成品をもらってきたからだ。その時の蓮と言えばあまり興味がなさそうだったのに。念のため、確認を取るけど蓮の意思は固く、手放す気はないらしい。カシャカシャと音を立てながら、ふん!と何処か嬉しそうに、意気込んでぽてぽてと歩く姿は可愛くて、もうあたしが完全に折れるしかないのだ。









「うちゃ〜ぱっぱ」
「あんだよ、蓮それ出してきたのか?」
「んーん!蓮ちゃんのよっ!」


燐が帰ってきて早々、遊んでいる蓮のところに寄って覗き込む。蓮はお気に入りのウサギのぬいぐるみと一緒に昼間手に入れた燐のマスコットで一人遊び中。燐はそれを見て、家にあったものを出したと思い込み声をかけるが蓮は全否定。予想外の言葉に燐は混乱した表情で停止してしまったので、あたしがフォローを入れることに。


「それ、昼間に蓮が欲しいって買ってあげたものなの」
「なんだよ、わざわざ買ったのか?」
「ん!ぱぱっ!ぱっぱよ!」
「それでパパ当てるとかすごいな〜」


燐は純粋に自分を当ててくれたことが嬉しかったようで、蓮のことをわしゃわしゃと頭を撫でる。蓮は蓮で、嬉しそうにパパに自慢している。のだが、その手にしているマスコットをにぎにぎ、にぎにぎと握っていて、ちょっとそれは良いのかな…と心の中で呟いた。












あれから数日後、

燐がオフの日に蓮と二人で散歩に行ってしまった。家に誰もいないのは滅多にないチャンス!ということで、家の中の片付けに取り掛かる。掃除機に洗濯をして、一度取り掛かってしまったらあれもこれも気になってしまって、かかったエンジンは止まることを知らない機械のようにめちゃくちゃ掃除や片付けをした。

やっと一息つく頃には、もう良いかな…と思えるぐらいには終えていて、何も飲まず食わず動いていたこともあり、一度ソファーに座ってしまえばもう動きたくないと体が悲鳴をあげる。このまま寝てしまいたい、けどお腹も減った…。

どうしよう、と考えを働かせても疲れた体に連動して脳みそも機能していない。だけどずっとこのままでいる訳にもいかず、ソファーに沈んだ体を起こそうとすれば玄関からカチャカチャと鍵を回す音がする。


「ままー!まっまー!」


もう苦笑いしか出ない。このタイミングで帰ってきたか〜と思わずにはいられない。時計を見れば、確かに散歩に出て戻ってくるには良い頃合いで、逆にその時間まで意図せずやっていたあたしもなかなかだなと思ってしまう。ドタバタと玄関から大きな足音を立てて帰ってきた蓮は一目散にあたしのところへ駆けてきたかと思えば、その勢いのままガバッとダイブ。容赦ないその行動に、ウッ…てなったけど、蓮にそんなことは伝わるわけでもなく何とか受け止め成功。



「ままっ!にい!にいでーた!」
「え、え?」
「まっま!みーて!にい!」



蓮の容赦ないダイブを受けて気づかなかったけど、蓮は何かを持っていて、あたしに対して見て見てとしてくる。あまりにも勢いよく手を伸ばすため、視界に捉えたいのに近すぎて焦点が合わない。蓮の手を掴んで、焦点が合わせられる距離を作る。「んぅ!にい!」と訴える蓮の手の中にあったもの、



「…ニキくんのマスコット…?」
「にい!かあいー!」


それは先日あたしが蓮に買ってあげたアイドルマスコットシリーズのニキくんだった。蓮はにぎにぎしながら、ぐいぐいとあたしに見せつけてくる。嬉しさのあまり勢いがすごい…。


「蓮が欲しいって言ったから買っちまったわ」


どうやら燐もあの蓮の欲しい欲しいという洗練を受けたらしい。困ったように、少しだけ疲れた様子で入ってきた表情から察するに、燐もお疲れ様という言葉しか出ない。


この後、買い物や出かけるたびに蓮は決まって買って買っての大騒ぎ。気づけば我が家にマスコットは増えていき、蓮が飽きた頃には我が家のリビングのオブジェとして飾っておくことになったのだ。

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