娘と歯科検診



※モブ視点

今日のアポイントを確認。今日はいつもよりソワソワしてしまう。だって今日のアポイントはいつもと違うから。


受付の子が作ってくれたカルテを受け取って、問診票をチェックする。一通り目を通してから待合室への扉を開けて、あたしは大きめな声で名前を呼んだ。



「天城さん、天城蓮さん」



待合室を見渡せば、小さな女の子…をそばで見ているお母さんが反応して「はーい」と返事をしてくれた。



「こんにちは、優希さん」
「こんにちは、今日はこの子をお願いします」
「はい!蓮ちゃんこんにちは」
「んぅ…」


優希さんと挨拶を交わして、しゃがんで目線の高さを合わせる。蓮ちゃんは優希さんにピッタリとくっついて顔を背けてしまい、優希さんは苦笑い。あたしからすれば日常茶飯事な反応なので気にしないが、なるべくことは穏便に進めたいので静かに気合を入れた。



「蓮ちゃんは今日が歯医者さん初めてでしたっけ」
「そうなんです、一歳半検診とかぐらいしか受けたことなくて」
「そっか、じゃあいろいろ不思議なものいっぱいあるね〜」



席に案内して、蓮ちゃんよりも全然大きな椅子。見慣れないそれを蓮ちゃんは不安そうに見つめてガチガチに固まっていた。あたしは優希さんに蓮ちゃんを抱っこしたまま座るよう促して、カチャカチャと準備をし始める。



「歯磨きは嫌がりますか?」
「一応やらせてくれるけど、日によりけりって感じかな。眠いといやいやだもんね」
「それはいやだよね〜、仕方ないです!」



蓮ちゃんが怖がらないように、それが今日の目標。とりあえずどんな反応なものか、と思ってあたしの仕事道具の一つ、子供用の歯ブラシを蓮ちゃんの視界に入るように取り出した。


「蓮ちゃん、歯磨き、しっししよっか」


って言うのが蓮ちゃんと初めての思い出である。あの後、蓮ちゃんはおずおずとしながらも歯ブラシを見て口を開けてくれた。ブドウ味のジェルを少しだけつけて口の中に入れてみれば、味がお気に召したようで歯ブラシをしゃぶりだした時は笑ってしまった。


優希さんは「歯磨きだよ〜」って言い聞かせてたけど、子供はこんなものだ、仕方ない。
定期検診として何度も来てくれることにより、蓮ちゃんはあたしの顔も覚えてくれて、割と仲良くなれたと思いたい。






「あの、頑張って」



今日もまた蓮ちゃんの検診日。
蓮ちゃんと会えるのはあたしの決められた業務をこなす中での楽しみの一つだ。蓮ちゃんが来たことを教えてくれた受付の子がカルテをあたしに手渡しながら、言った。その表情は何やら硬いというか、目力が…強い。何を頑張るんだ?と思いつつ、いつものように待合室に出て蓮ちゃんの名を呼んだ。



「蓮ちゃん、天城蓮ちゃんー!」
「はーい」



待合室を見渡しながら耳に入ってきた声はいつも聞く優希さんの声ではなかった。ソプラノではなく、低い男の人の声。そして明らかに返事をしたのはソファーに座っていてもわかる背格好の高い男の人だった。この時点で脳内処理が追いつかない。


「蓮、呼ばれたぞ」


その腕には蓮ちゃん。なんなら今日もお気に入りのウサギのぬいぐるみが一緒だ。それはいつもの通り、あたしをジーッと見る目も。違うのはそばにいる人だ。


「あ、えっと」
「ちわっす。今日はパパと来たんだよなァ」


そう言ってその人は蓮ちゃんを抱っこしながら立ち上がる。さっき受付の子が頑張れと言った意味がわかった。今きっとパルスで脈拍測ったら絶対ありえない数字を叩き出しそうだ。



「じゃあ、蓮ちゃん抱っこしながら座ってもらってもいいですか?」
「こう?」
「あ、こっちに向かせて座ってください」


いや、何故こうなった。優希さんがあたしの担当の時点で考えるべきだった。今目の前にいるのは蓮ちゃんを抱っこする蓮ちゃんパパ、だけど世間からすれば蓮ちゃんパパってことより知られていることがある。Crazy:Bの天城燐音だ。一応、変装としてだろう。キャップにマスクをしているが、優希さんが担当の時点で旦那が天城燐音ってことは知っていた。

まさかこんな流れで天城燐音にお目にかかることになろうとは…。

平常心を保って蓮ちゃんをいつものように抱っこしながら座らせて準備に取り掛かる。


「仕上げ磨きはいつもママですか?」
「今日は俺がしてきたんだけど」
「そうなんですね、じゃあ歯磨きチェックしましょうか」


そう言って蓮ちゃんの歯をチェック。今はもう慣れたもんで、歯ブラシを出せば口をスムーズに開けてくれる。その隙に、器具を使って口の中を確認。天城燐音もパパしてるんだ、仕上げ磨きしてあげたとか育メンだったんだ。ちょっと意外かも。


「あ、こことか残ってるんで、こうやって磨くといいですよ」
「やっても良いっすかァ?」
「はい、もちろん」


持っていた歯ブラシを手渡して、天城燐音の膝の上に頭がくるようにゴロンと寝かしてあげる。蓮ちゃんは「んぅ?」とした感じで上から覗き込むあたしと天城燐音を見ていた。


「ハーイ、蓮。パパが歯磨きしてやンよ」
「…んぅ、やっ」
「イヤイヤ、蓮?!」


歯ブラシを口に入れようとしたら、そっぽ向いた蓮ちゃん。天城燐音は思わず声を上げてて不覚にも笑ってしまいそうになった。テレビでよくみるのは、挑発的なことを言ったり、軽口叩いたり、昔からある問題児ってイメージがあるから、こういう一面はかなり新鮮。


こうやってみると天城燐音もただのパパだった。

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