成人式



せいじん‐しき【成人式】
@成人の日に、国・地方自治体・企業などが主催し成人に達した人を祝う儀式
A成人に達したことを社会的に認知する通過儀礼。イニシエーションのうちでも最も重要なものの一つ。
引用:広辞苑



いつぞやの時に、調べた本に載っていた言葉の意味を思い出す。窓の外をボンヤリとながめれば、振袖や袴を着た男女が行き通うのが見えた。


「今日、成人式かァ」
「燐音くんの場合、去年っすもんね。行ってなかったっすけど」


カフェシナモンでバイトをしているニキが、いつのまにか俺のいる座席に来ていて、テーブルにパスタやコーヒーを置いていく。俺の視線の先を追って同じように外を見るニキは、そういえば〜みたいなノリで呟いている。


「成人式なんか行ったってなんもねェだろーが」
「こらこら、最近そういう若者が多いから成人式に行く人も減ってるって言われるんすよ〜?」
「んなこと言ったって、ニキ、おめェだって参加するしないっつったら、参加しねェタイプだろうが」
「ん〜確かにそう言われちゃうと話聞くだけってお腹減るだけっすもんね」


話聞くだけのために準備して行くのは辛いっす〜って想像だけで嫌そうな表情を浮かべるニキを見て、だろうなと思ったら笑えてきたので足を蹴った。


「燐音くん、危ない!僕、食器持ってる!痛いっす!」
「落とさねェように気をつけなきゃなァ」
「ううう鬼っす…」



しかし、まあ休日なのに人が少ない理由はこれか、と納得してしまった。外は寒い、年が明けてるまだ1週間と少ししか経っておらず、まだ正月の雰囲気が微かに残っている。外を歩く新成人はみんな、友人であろう人たちと笑いながら歩いて行く。ニキの言うとおり、年齢的には去年成人式に参加する歳だった。けれど、参加したところで仲がいい奴がいるわけでもなく、何の意味があるのか、と思っていた。それは今もあまり変わらず、外の光景を横目にフォークに絡めたパスタを口に頬張った。



里でも成人の儀ってのがあったが、その前に俺も出て来ちまったしなァ…。



考えていても仕方ない。


「まあ、かったるいもんだっし、別にいいっしょ」


自分にそう言い聞かせるしかなかった。







カランカランと店の扉の開く音がする。店内にニキの「いらっしゃいませー」といういつもの声が響く。これまでならばいつも通りのことで、気に留めることもないのだが、この後にいつもと違う言葉が聞こえて、思わず視線を向けた。


「もしかして、優希ちゃんじゃないっすか〜?!めちゃくちゃ可愛いっすね!」


優希の名前が聞こえたもんだから、条件反射でそちらを見るまでは良かった。口に入れたパスタを咀嚼することも忘れかけ、つい動きが止まってしまう。


「えへへ、ありがとう。燐がここにいるって聞いたんだけど、いる…かなあ…?」
「燐音くんなら、ほらあそこにいるっすよ〜。って優希ちゃん見てフリーズしてるっすね」


ニキに褒められて恥ずかしそうにはにかむ優希。頬は薄く紅色のチークが施されているが、それ以上に赤くなったように見えた。どうやら優希は俺を探していたようで、ニキがこちらに向けて指をさす。優希が俺に気づくと、さっきニキに言われた時よりも更に嬉しそうに目を細めて足早にやってきた。


「燐、探したんだよ」
「おま…、優希、その格好…」
「今日、成人式でしょう?だから、振袖着たの…!」


似合うかな…?と言いつつ、優希はくるりと目の前で回ると優希の袖部分がひらりと靡いた。


優希の今の格好というのは、今日の成人式にちなんだ振袖姿だった。紺色の生地に赤色のねじり梅の柄があしらわれている。髪型は普段おろされている髪も結い上げられるおり、おそらく編み込みとやらもしているようだった。横には真っ赤な花飾りをしており、これまた優希をよく引き立てている。


「成人式、参加したのか?」
「ううん、式に入ってない。けど、ちょっと近くで生放送の仕事がちょこっとあったから、その帰りなの。燐に見せたくってそのまま着ちゃった」


照れた様子で笑う優希、これはこれで可愛いなと思わずにはいられない。顔に集まる熱から察するに今の自分は絶対真っ赤だろうし、ニヤける口元を誤魔化すように手のひらで隠しながら「似合ってる…」と小声で呟いた。



聞けば、早朝より身支度をして、本当にさっきまで生放送の一部コーナー出演という仕事があったらしい。そのため、まともにご飯も食べていなかったようで、締められた帯をさすりながら、俺が食べていたパスタを見つめて「あたしも何か食べようかな…」と呟いた。
テーブル座席の空いていたもう一つの椅子をひいてやれば、優希は振袖が変に皺の寄らないよう配慮しながらそっと腰掛ける。

余っていたパスタをフォークに絡めて、メニューを見ている優希の口元に持っていってやれば、気づいた優希はパクリと口の中にパスタだけ残してフォークを抜き取った。モグモグと美味しそうに咀嚼をして幸せそうな表情は見ているこっちまで綻んでしまう。



(成人式とか、どうでもいいと思ってたけど、こういうのは良いもんだなァ)




「優希ちゃん、新成人おめでとうっす!これ、お祝いにケーキっすよ〜良かったら食べてほしいっす!」
「ニキくんありがとう…!あ、ニキくん、一つお願いがあるんだけど」


気づけばニキが覚えのないケーキと紅茶を運んできて、優希にお祝いだと言っていた。優希は嬉しいと言いつつ笑っていたのも束の間。何かを思い出して、スマホをポチポチと操作をして、そこままニキに手渡す。なんだァ?と思って見ていれば、次は慌ただしく手鏡とリップを出して化粧のチェックをしている。


「ニキくん、バイト中にごめんね。せっかくだから燐との写真撮って欲しいな」
 

そう言われた時には優希に腕を引っ張られ立たされていた。普段なら、人前でこんなふうにくっつくこともないのに、優希は人目を気にせず俺の腕に自分の腕を絡めて、手のひらも合わせて指を絡めてきた。ニキはニキで「せっかくの日ですもんね〜いいっすよ〜」なーんて相変わらず緩い返事をしている。


「燐音くん、ニヤけるんじゃなくって、笑顔作ってくださいね」
「うるせェ…」
「ふふっ、ニキくんできればアップと全身入るところまで入れて欲しいな!」


スマホのカメラを向けるニキがニヤニヤしてて、正直こういう状況じゃなきゃぶん殴ってたわ。気恥ずかしさを誤魔化すように優希と繋いでる手にグッと力を込めれば、腕に感じていた優希の重心が更にかかったような気がした。


(そういやァ、なんで紺にしたんだ?)
(Knightsのみんなが選んでくれたの)
((は…?))
(花飾りは燐とひーくんの髪の色みたいだからこれにしたの)
(…次、着物着る時は選ばせろ…)

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