娘と秋の風物



※燐音視点



朝晩と寒暖差が出てきた秋。
日差しが出ていても、夏の時のような暑さはなく、吹く風はどこかひんやりもしている。


歩くたびに、カサカサと音を立てるのは落ちている落ち葉を踏む音。街中に並ぶ木々は青く茂っていた葉も茶色に変わり、地面へと落ちてしまって淋しくも感じるのは気のせいではないだろう。



「んぅ!えいっ!」



そう感じる大人の気持ちなんて関係ないのが子供の特権。地面に落ちている枯れ果てた落ち葉を踏みつけて奏でる音を楽しそうに歩く蓮。踏んでは次の落ち葉へと足を進めて、歩いた分だけ聞こえてくる止まらない音に楽しんでいた。



「蓮、遠く行くんじゃねェぞ」
「あーいっ!あいっ!えいっ!」



全く、分かってンだかどうだか…、まァ、子供ってこんなもんだよな…と思いつつ、俺の少し先を歩く蓮を見つめる。


今日は俺と蓮の2人でお散歩中ってやつだ。たまにはこんな日も悪くない。肌寒い外の空気、朝から優希が何枚か重ね着をさせていて、動き回って暑く感じても体温調節できるようにという母親ならではの気遣いが見受けられる。



「蓮、暑くねェか?」
「んぅっしょ!」
「蓮」
「んぅ?」



声をかけても、目の前のことに夢中になってるし、気づいてもらえても何が?という表情でいるから、笑うしかない。俺の声がけに一瞬だけ動きを止めるも、すぐに意識は逸れてしまってまた一人で遊び始める。まったく、平和なもんだなァ。








しばらくして、目の前を歩いていた蓮が突然キョロキョロとし始めた。何か見つけたのかと思ったが、どうやら違うらしい。蓮の様子を適当にスマホで写真を撮っていた俺は画面越しから直接蓮に視線を向ければ、パタパタと俺のところへ駆けてくる。



「ぱっぱ!くっちゃいっ!」



戻ってきた蓮は、ガバッと抱きついてきたかと思えば、そのまま顔を思いっきり着ていた服に押しつけてグリグリ。しかも、今臭いと言ったよな、抱きついて臭いってパパ泣くぞ。なんて思ってしまったが、どうやら違ったらしい。



「あち、くっちゃいよっ!」
「あっち…?あぁ、銀杏か」



蓮がいた場所には地面一面黄色い葉、地面から空を見上げて俺はすぐに理解する。そこに並んでいたのはイチョウの木。どうやら、蓮はイチョウの葉に紛れて落ちていた銀杏を踏んだらしい。秋であるこの時期、紅葉の季節と言われていて見るだけなら美しい。しかし、現にその場へ赴いてわかるのはイチョウの木のそばは銀杏によって臭いというもの。俺たちからすれば毎年のことで、当たり前であるが蓮にとっては真新しい新鮮な出来事。それをこれは新発見!という風に必死に教えてくれる姿がまた可愛らしいものだった。



「ぱっぱ、くっちゃい、だっこ」
「はいはい」



銀杏の匂いから逃げるため、さっきまで夢中になって踏んづけていた落ち葉への意識は一気にどうでも良くなったらしく、抱っこと言い出す蓮はとてもわかりやすい。持っていたスマホをポケットに仕舞い込んで、蓮を抱っこしてやれば景色が一気に変わったことが楽しかったようで耳元でキャッキャと声を上げる。



「…ぱっぱ、くっちゃいね」
「抱っこしてやってンのに、パパに臭いはひどくねェ?」
「んぅ、ぱっぱくっちゃい!」



次は間違いなく俺に対しての言葉だった。高くなった目線から見える景色を最初こそ楽しそうにしていたというのに、それもすぐに慣れてしまった蓮は冷静になってきて、俺のことを見ながら臭いと言う。そりゃ、銀杏の上歩いてたら臭いっしょ。しかも蓮を抱えてるわけで、自分は高見の見物してよく言うよなァ、と思うがどうせ伝わらねェし言わねェけどよ。全く、誰に似たんだか、知恵がついて要領がいいよなァ。












「ただいま〜」
「まっまー!」


無事帰宅して、玄関先でただいまと告げれば、蓮も自分の帰りを知らせるためにママと呼ぶ。蓮の靴を脱がせながら、いつもの玄関にないものを見つけた俺の耳に「おかえり〜」と部屋の奥から優希の声が返ってくる。



「いっぱい歩いたー?」
「うん!!!まっま!!!ぱっぱ、くちゃいよっ!」
「え?パパ臭いの?」


ちょうど蓮の靴を脱がせ終えたタイミングで玄関に現れた優希は、蓮にお出かけの報告を聞いていた。蓮はいっぱい歩いたと肯定するが、最後は俺っちの抱っこだっただろ〜と心の中でつぶやく。しかも、臭いと言うことだけしっかり報告してて、優希も突然の内容に何があったの?と言いたそうな表情で俺を見上げた。



「散歩の途中、銀杏がめちゃくちゃ落ちててな」
「あ、そういうことね」



銀杏のところからちゃっかり抱っこって強請ってきたくせに、と蓮が伝えていない出来事を話せば優希はクスクスと笑う。

気づけば蓮はドタバタと廊下を駆けて中に行っていたようで、リビングから「にーい!」と声がした。ついでにニキのやつの笑い声も聞こえてきて、やっぱり玄関にあった靴はアイツのか、と納得させられた。



「ニキくん来てるんだけどね、蓮嫌がるかも」
「は?んでだよ」



靴を脱ぎ終わるのを律儀に待ってくれる優希はリビングの方を見つめてボンヤリとした様子で、しかし何やら含みある笑いを浮かべている。蓮が嫌がる、なんてニキが関わっていて有り得ないということを言い始たから、一瞬自分が聞き間違えたかと思ったぐらいだ。



「ニキくんから聞いてない?ニキくんね、」
「まっま!!!!にい、くっちゃ!!!」
「あ、やっぱり」


優希と一緒に廊下からリビングへと移動した瞬間、蓮がバタバタと優希の足元にダイブした。聞き間違えでなければ今、蓮はニキを臭いと言っていたはず。



「おかえりなさいっす〜」
「にい、くっちゃ!くっちゃいよっ!」
「蓮ちゃん、そんなに連呼しないでほしいっすよ〜!」
「んぅ!にい、くっちゃいねっ!」



臭い臭いと言われているのに、なはは〜と呑気に笑ってるニキ。蓮からひたすら暴言吐かれてるのに笑ってるニキもそれを珍しく止めない優希もどうした、と思っていればすぐにその理由は明確となった。



「…ニキ、臭うぞ」
「仕方ないじゃないっすか〜!拾ってきた銀杏洗った後なんすよ〜!」
「ニキくん、銀杏拾ったの持ってきてくれたんだよ」



どうやら聞いた話によるとニキは大量の銀杏を拾ってきたらしい。それを洗って処理したのだが、天日干しするスペースが足りないこともあって、お裾分けも兼ねてうちに持ってきたらしい。洗って実を取った種だけとはいえ、まだキツい匂いがこびり付いている。それを感じ取った蓮がニキに向かって臭いを連呼したという流れだった。



「蓮ちゃん、銀杏は匂いが強いっすけど、美味しいんすよ?」
「にい、くっちゃ!」
「んぅもぉ〜!臭いばっか言わないで欲しいっす!」
「にい、ぱっぱもくっちゃよ!」
「え、燐音くんも銀杏拾ったんすか?」
「拾ってきてねェわ」




蓮に銀杏の良さを語るが蓮にはまだわかんねェっしょ!伝わってない上に、ずっと臭いと言われすぎて、さすがのニキも困った表情。そしたら蓮は俺っちも臭いと言い始めて、ニキは俺っちも銀杏を拾ったのか?と言い出すから、俺っちが拾うわけねェっしょ!と返しておいた。


まァ、故郷にいたなら話は別だけどよ。



後日、ニキが持ってきた銀杏を蓮に食べさせてみたら、眉間に皺を寄せて「べっ…んぅ」と吐き出していた。



やっぱり、まだ銀杏の良さはわかんねェよな。

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