娘の検診



「今度、検診があるんだよね」
「は、どっか悪ぃのかよ」


唐突に優希が検診なんて言うから、ドキッとした。俺の知らない内に何処か悪かったっけと記憶を呼び起こしてみるが、心当たりがないからモヤモヤする。

そんな俺の気持ちを察してか、一瞬だけキョトンとした表情を浮かべた優希がすぐに噴き出すから、次はこっちが、は?って感じなんだけど。


「違う違う、あたしじゃなくって、蓮の検診。一歳半検診って受けなきゃいけない検診があるの」
「んぅ?」
「蓮は上手にできるかな〜」



ママの口から自分の名前が出てきて、不思議そうな表情で反応する蓮。優希はそんな蓮を抱っこして、ぷにぷにと楽しそうに頬を指で突っついている。



「検診ってどんなことすンだ…?」
「歯科検診とか、身長体重…、あとは言語発達…とかかな」
「へぇ…いろいろあるんだな…。でも、蓮なら大丈夫っしょ」


















「ぱっぱ、うちゃ」
「はいはい」


俺に抱えられた蓮は、いつもの如くウサギのぬいぐるみを求めてきた。なので、カバンにしまっておいたウサギのぬいぐるみを出してやれば、嬉しそうに「んぅうう」と抱きしめる。


「受付終わったよ」


蓮はウサギのぬいぐるみと遊ぶのに夢中で呑気だなと思っていれば、母子手帳を持って受付を済ましてきた優希がやってくる。優希は、蓮の様子を見ていつも通りすぎる様子にクスリと笑った。



「蓮は何も変わらないね」
「うちゃ?んぅ?」
「緊張感なさすぎっしょ」
「ふふっ、まあこのぐらいの方が良いかもね」



俺も優希も互いに休みを取り今日を迎える。母子手帳やおむつやタオルなどに加えて、蓮の機嫌を損ねないためにウサギのぬいぐるみを持ってきたら、それなりの荷物になってしまったから二人で来ることになって良かったなと思う。



「わ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ん」
「んぅ?」



待合室に響き渡る泣き声に蓮がバッと反応した。振り向いた視線の先には同じように検診に来ていた子が母親の腕に抱えられて、わんわん泣き喚いている。見るからに、先生による検診を終えたあとで、先生が怖いと思ったのだろう。必死にあやして泣き止ませようとする母親も大変そうだな、と思ってしまうが、数分後の自分もああかもしれない。



「ないちゃ」
「おともだち、泣いてるね〜。なんでかなぁ」
「ないちゃ、んぅ」


泣いてる同い年のおともだちを見て、蓮は何とも言えない表情を浮かべる。優希はなるべく蓮の機嫌をぐずらせないように気にした様子で見つめるが、当の本人はその光景に結構引っ張られてしまったようで珍しく指を咥えて黙ってしまった。これはヤベェやつか、なんて思うがまだわからない。優希が安心させるように背中をぽんぽんとさせながら、ゆっくり体を揺らす。


「天城さーん」
「はーい、行ってくるね」
「ン、蓮いってらっしゃい」



名前を呼ばれて、優希は抱き抱えたまま立ち上がる。俺は、蓮の様子に若干の不安がありつつも、二人を見送ることにした。















「天城蓮ちゃんね、こんにちは」
「…」
「こんにちは、よろしくお願いします。蓮もこんにちは」
「…」


待合室に荷物を燐に預けてやってきたのは検診室。蓮を抱っこしたまま入って先生に挨拶をする。思ったより物腰の柔らかそうな先生でホッとする。マスクをしていて顔が見えないし、子供からすれば白衣姿も見慣れないものなので、見た目だけでもう怖いと認識してしまうのかも、と思った。案の定、先生の目の前に用意された椅子に座って蓮に声をかけながら挨拶を促すが、いつものように喋らずだんまり状態。

まるで、ひーくんに打ち解ける前のようだった。





「じゃあ、お口アーンってできるかな?」


身長や体重のチェックは問題なく、胸の音を聞くときも、カチコチに固まったまま、されるがままの状態で事なきを得た。

続いてのチェックは歯科検診。

先生が覗き込むように、口を開けるよう声をかける。それは今までと変わらない声がけだけれど、今までと違うのが一つだけ。


「んぅ…」


蓮がギュッとあたしの腕を掴んだ。

しかも渋るような声がしたのは気のせいではない。おそらく、先生のライトが怖いのだろう。歯科検診では口の中を見るため、視野確保のためにライトが準備されている。それが子供からすれば一方的なものであり、恐怖を煽るのだろう。いつも歯磨きは、比較的嫌がらずやらせてくれるから、この検診も頑張ってもらいたいところ。先生の方に向かせて座らせている蓮の頬をぷにぷにさせながら、なんとか口を開けてくれないかなという希望を込めて声をかけた。



「蓮、アーンってお口あけられるかな〜」
「…ぁ」
「蓮上手だね〜!」
「すごいね、蓮ちゃん上手だよ〜、はいじゃあ見せてね」




おずおずとした感じだったけど、なんとか口を開けてくれた蓮。先生の視診も問題なく終えられたから、おかげで肩の力が一気に抜けてしまった。


その後の発言確認やつみき積みなども行って無事終了。途中、緊張してなのかしゃべらないと思って、普段の動画とかあると聞かれて見せてみれば突然喋り出したり、翻弄される1日だった。全体を通して問題ないとのことだったので、これで本当にホッとすることができる。




「ぱっぱ!」
「おう、おつかれ〜。蓮上手にできたかー?」
「あーいっ!」
「ははっ、そっか。…という割には、ママはおつかれモードのようだな」
「…うん、いろいろあってね」



待合室で待っていた燐と再び合流。
パパを見るなり、声を上げる蓮の行動はもはや通常運転そのものだった。上手にできたかという問いかけに、肯定する蓮によく言うなぁ〜と言葉に出せないため心の中でツッコミを入れる。そしたら、あたしの疲れが相当顔に出ていたようで、燐は蓮をあたしから受け取り抱っこしてくれて助かった。



「まぁ、泣かなかったから偉かったね」



泣いちゃう子も実際に見ていたから、その点ではよくできました、はなまるをあげよう。そんな気持ちを込めて、よしよしと撫でてあげれば、蓮は嬉しそうにはにかんだ。理由は分かってないだろうけど、良いことを言われていることは伝わっているはず。


「指差しとか動きの確認の時、全然動かないし喋らなくてね、まずいかも〜って思ったら日常生活での動画あるか聞かれて見せた瞬間にすごくお話ししたりしたんだよね」
「緊張してたんだろうな。蓮頑張ったな」
「んぅ!いーこね!」
「ふふっ、そうだね。いい子だったね」


自分でいい子だったと言っちゃうあたり、調子いいなぁ…と思いつつ、可愛いと思ってしまうのが親バカか、なんて思ったり。




「ちなみに、なんの動画見せたわけ」
「蓮がパパ寝かしつけてるところ」
「ばっ!それ撮ってたのかよ…?!」
「うん、蓮もパパも可愛かったから」
「…蓮の検診だし…、俺っちの印象ってのがよォ…」

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