娘と雨散歩



今日の仕事をこなし、ESビル内にあるコズプロの事務所に立ち寄った俺は、これで今日の予定のスケジュールを全て終えることになる。

ビルの入り口に向かいながらスマホを取り出して、時間を確認すればまだそんなに遅くない時間帯。帰れば、蓮との時間も取れるだろうと思ってた。


「…あー」


本来なら、まだ明るい時間帯。

しかし、入口にまでやってきて見上げた空は、重く、黒い雲が立ち込めていた。



地面を叩きつけるのは雨粒。

跳ね返る音が大きく、見た目からしても雨の勢いがかなり強いのは理解できた。この雨がもっと弱く、雨粒が小さければこの中を駆け抜けて帰る選択もあったが、さすがにこの勢いの中を行くのは難しい。

せっかく帰れるはずなのに、この雨のせいという理由だけで足止めを食らうのは何とももどかしい。折りたたみ傘もなければ置き傘もない。傘を買って帰るか、どうするか…買うなら一旦ESの中に戻って売店などを確認しなければ。



そう思って、一旦来た道を戻るか…と思っていれば、突然後ろから衝撃を感じて転びそうになる。振り向いても同じ高さの目線の中では捉えるものは何もない、ただ足元に何かを感じるではないか。

何か、


ひょこひょこと動く何か。



何事かと思い、視線を下げてみればそこにあったのはピンクの大きな塊。

予想外の存在に、これが何かを認識しようと思考を巡らせていれば、その塊がガバッと顔を上げてこう言った。


「蓮ちゃんだよっ!」

















外を見れば雲行きが怪しく、スマホのアプリで天気を確認すれば雨雲の接近予報。

そういえば、今日の仕事は割と早く終わる予定と言っていたことを思い出す。雨の予報は元々なかったため、このままでは帰るタイミングと雨が降るのがちょうど合うかもしれない。

と、なると燐は雨の中を帰る羽目になるか、ビニール傘を買わなきゃいけないだろう。それも良いけど、せっかくなら。










「ちゃぷちゃぷ!」



蓮は飛び跳ねていた。

結局、あの後すぐに降り出してしまったのだが、雨の中を黄色いレインブーツを履き、ピンク色のまだ新しいレインポンチョを羽織って、楽しそうに道の脇にできた水溜りの中で飛び跳ねることにより、降ってくる雨とは別にまた水飛沫が周りに散っていた。



「んぅ!ちゃぷちゃぷ!」



子供にとって水に触れるのはいつだって興味深く面白いのだろう。跳ねる水を見ては嬉しそうに楽しそうに笑う蓮は飽きることなく、右足と左足を交互に上げて、なかなか動こうとしない。


「蓮、そろそろ行こう」


こう声かけても聞く耳を持たない蓮は完全に目の前のことに夢中になっている。急いでいる場合であれば、無理にでも中断させて行くのがいつもの流れではあるが、晴れていれば着れないレインポンチョにレインブーツ。せっかくの機会でもあるため、しばらくの間、好きにさせることにした。ある程度、好きにさせている蓮を眺めながら、たまにスマホで写真を撮ったり。蓮の自由にさせていれば、満足したのか飽きたのか蓮の方からやってくる。



「パパのところ、行こうか」
「あーいっ」



ESビルまで後少し。

雨粒はだんだん大きくなり、降る勢いも増して来た。レインポンチョを着せているが、雨の勢いも増したため、差した傘の中に入れてあげながらゆっくりと見知った道を歩んでいく。

手を繋ぎながら、教育テレビで流れている耳馴染みのある雨の歌を2人で歌っていれば、視線の先に見えて来る目的地。


「ぱっぱ!」


雨で最初はハッキリと見えなかったけれど、蓮が歌の途中で声を上げた後、それはあたしの目で見てもわかった。


ESビルの入り口で、ぼんやりと空を見上げる燐の姿。

この雨を見て、どうするかを悩んでいる顔だ。空と雨に気を取られていて、まだあたしたちの存在には気づいていない。


「んぅ!ぱっぱよ、ぱっぱ!」


蓮は、パパに気づいてもらえていないことに気づいてないのか気にしてないのか。むしろ、目的であるパパを見つけて嬉しそうにあたしの腕を引く。早く早くと言わんばかりに必死に駆け足で進もうとするが、所詮子供の足。速度を上げても限度がある上に、まさかの燐はこちらに気づかずビルの中へ戻ろうとするではないか。


おそらく、傘を買うか何かしようとするのだろうと思っていれば、不意に繋がれていた手が離れた。


気づいた時には、雨の中を蓮が一人駆け出していた。

一瞬、呼び止めようとも思ったけれど、真っ直ぐ燐に向かって行くため、あたしはそのままその姿を見守ることに。転ばないかだけ、気にしながらも見つめていれば、燐の足にレインポンチョのまま、ドンと突っ込む蓮の姿に思わず笑ってしまった。

突然のことに燐は大勢を崩して、驚いた顔で振り向いたかと思えば、足元の存在に気付いて視線を下ろす。


「蓮ちゃんだよっ」


最近、蓮はみんなから蓮ちゃんと呼ばれることにより自分のことを蓮ちゃんと言う時がある。自分のことをちゃん付けでは呼ばないんだよ、と伝えるがその意図は未だに伝わってはいない。



「ぱっぱ!蓮ちゃんだよっ!」



むしろ、蓮は再び同じように繰り返す。



「蓮、」
「ふふっ、ママだよ〜」
「優希、なんだよ…」


なので蓮に便乗してみれば、驚いた表情の燐と目が合った。驚く表情が珍しくて、思わず笑ってしまう。


「パパのお迎えに来たんだよ」
「蓮ちゃんだよ、ぱっぱ!」
「そっか、ママと迎えに来てくれたのか。蓮、ありがとな」
「んぅ!」


してやられた、となりつつも、蓮の目線に合わせてしゃがんでは嬉しそうに蓮を撫でる燐はパパの表情。蓮もパパにありがとうと言ってもらえて嬉しそうにはにかんだ。



「しっかし、びしょ濡れで突っ込んで来たから結局濡れたな〜」
「な〜!」
「じゃあ、帰ったらお風呂出さなきゃね」



雨の中、ふたつの傘を差しながら、来た道を歩く。真ん中に蓮を歩かせて、両手を繋ぎながら。あいにくの雨でも、こんな日も悪くないな、なーんて思いながら。

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