娘の行方不明事件
ニューディにスケジュール確認できた日のこと。
寝ていた蓮をソファーにそっと下ろして、つむぎくんと話をしていた。行き交う人たちはニューディの見知ったスタッフや所属アーティストばかり。なので、ちょっと目を離した隙だった。
「お疲れ様でした。…あれ」
寝かしていたはずのソファーに戻ってきてみれば、寝ていた蓮の姿はなく。あたりを見渡してもその姿はない。
「蓮…?」
名前を呼んでも返事なんてあるわけなくて。
一気に全身の血の気が引くのを感じた。
「蓮ちゃん?見てないわよ」
「どうしよう…」
「優希お姉さま、」
同じくニューディに来ていたナルちゃん、司くんに声をかけてみるが、2人は見ていないとのことで、更にあたしの中の不安は増えるばかり。
あたしを探してどっかで歩いてしまったのかもしれない。辿々しい言葉しか話せない蓮が誰かに伝えてあたしの元へ戻ってこれる確証もなければ、まず1人でに蓮が何処かへ行ってしまったという根拠さえない。
「蓮ちゃんのこと、一緒に探しましょう」
「大丈夫ですよ、優希お姉さま」
「うん…」
あたしの不安を汲み取って、気を遣ってくれるナルちゃんと司くん。行動しなければ何も起きない、あたしは2人の言う通り信じて動くことにした。
んだけど、
「蓮…」
「子供の足だからそんなに遠くにはいけないはずなんだけど」
「…誰かが蓮ちゃんを」
「司ちゃん!ニューディにそんな人はいないと思うわ!」
ナルちゃんには申し訳ないけど、司くんの言う通り、誰かを疑いたくないのに疑わずにはいられない。けど、もっというなら、あたしがずっと目を離さないで手放さないでいるべきだったと悔やむばかり。
「…蓮」
ポロポロと溢れる涙。泣いてる場合でもなければ、泣いていいわけではないのに、自分が今何をすべきなのか段々とわからなくなってくる。
母親として、もっと…、
「まっま、ぃたい、いたい?」
「「蓮ちゃん?!?!」」
ボーッと途方に暮れていたら、突然ホントに突然、自分の目の前に現れるはずのない蓮が不安そうな表情であたしを覗き込んでいた。両端から驚きの声が上がったし、あたしはビックリしすぎて逆に声が出ない。
「まっま…、んぅ…?」
「…蓮…」
ペタペタとあたしの顔に触れる蓮は、あたしの顔を見て凄く不安そうな表情をしていて、蓮の瞳に映る自分があまりにも酷い顔をしていたことに気づく。だけど、それ以上に探していた蓮が無事なことが嬉しくて、ギュッと抱きしめた。
誰かの腕に抱き抱えられていたその腕から解いて。
「蓮っ、良かった…」
「んぅ…、」
「あ、蓮…大丈夫だよ」
蓮まで泣きそうな表情をさせてしまったことにようやく気づいて、背中をポンポンと叩いてあやせば、静かにあたしの胸にうずくまる。
「どういうことですか…!何故、蓮ちゃんをあなたが…!」
蓮の存在に気を取られて、気づかなかった。あたしたちの目の前で、司くんが声を荒げていたのは、蓮をさっきまで抱っこしていた人に対してで。そう言えば誰が、それを認識していなかったあたしは視線を向けてこれまた驚いた。
「凛月先輩!ちゃんと説明して下さい!」
そこにいたのは司くん達と同じKnightsの凛月くんだった。
凛月くんは、いつものように掴みどころのない笑みを浮かべて、え〜?なんて声を漏らす。
「ソファーで寝ようとしたら、蓮が先に寝てたんだよねぇ」
…凛月くんの話はこうだった。
ニューディにやってきた凛月くんは、ソファーで寝ようとしていたら、そこには既にスヤスヤと眠る蓮。なので、他の場所に移動しようかと思っていたら、「んぅ…まっま…」と蓮が目を覚ます。
「あれ、蓮起きちゃったの?」
「…んぅ…、りっちゃ、?」
「そうそう、凛月くんだよ〜」
「まっま…」
蓮は泣きはしなかったけど、見慣れない場所で周りにママがいなかったことに不安を覚えた様子だったから、抱っこして事務所内を歩いていれば、打ち合わせ中の優希を見つけた。けど、話に真剣だった優希を見て、「ママ、仕事中だね〜。蓮、俺と散歩しよっか」と伝え、蓮も「あい」と肯定してくれたので散歩してきたとのこと。
「りっちゃ」
「ねー、蓮」
蓮は凛月くんの名前を呼び、凛月くんも嬉しそうに蓮の名を呼んだ。
「蓮ちゃんが泣かなかったのも、嫌がらなかったのも凛月ちゃんだったからなのね」
「しかし、勝手に連れて行っては優希お姉さまが心配します!ダメですよ、凛月先輩!」
ナルちゃんは2人の様子を見て納得した様子。だけど、それをいけないことだと正論を振りかざす司くん。痛いところを突かれた凛月くんと言えば面白くなさそうな表情を浮かべている。そっか、
「凛月くんで良かった、ありがとう」
蓮を見ててくれて。
連れ出したのが凛月くんで良かった。
「けど、今度から一言かけてね」
「はーい」
凛月くんも蓮のためにやってくれた訳だからね。
そこは素直に感謝を込めて。
「りっちゃ、」
「なに、蓮」
「あーがと」
「ん、どーいたしまして」
蓮もこう言ってる訳だし。
本当に、良かった。
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