ママとパパの話



ソファーで座りながら、太ももを枕にしながら眠る蓮の頭を撫でる。その腕にはお気に入りのウサギのぬいぐるみをちゃんと抱えていて、スヤスヤ眠るその寝顔がたまらなく癒される。



「ねえ燐…」
「ンー?」
「聞いた話、なんだけどさ」



隣に座る燐はいつものようにビールを呑みながらテレビを観ている。テレビに視線を向けたままの空返事が耳に届く。



「一つのボートに大切なパートナーと乗ってたとして、どちらかが犠牲にならなきゃ助からないってなったら自分が犠牲になるけど、それがパートナーと子供が乗っていて、どちらかしか助けられないって言われたら、パートナーを助けるって言われたの」




ピクリと動く燐の体。




「男の人は、パートナーがいればまた子供が作れるから。愛してる人を犠牲にはできないって言われたのね」




蓮が少しだけモゾ…っと動いた。




「その人の解釈だから全員が、って思ってないよ。たださ、人生何があるかわからないじゃない…」




蓮の髪の毛をかき上げれば、あどけない表情がよりはっきりと見えて自然と頬が緩む。



「あたしはね、大好きな燐との子供の蓮が大切だから、その話を聞いた時、燐には蓮を優先して欲しいな…って思ったの」




だって、もし蓮じゃなくて自分が残ったら、あたしは絶対立ち直れないもの。…って思った。




「まあ、もしもの話で勝手に思っただけなんだ、け…ど、」




本当にたまたまだった。たまたま仕事の合間にあった日常的な会話の中で出たネタで深い意味はなかった。けど、子供を持つ身としてそんな話を聞いて考えさせられるものもあったから、こういう時に伝えておこうって思っただけで、笑って終わらすつもりだったのに。燐の方を向いてみたら、燐はびっくりするぐらい苦虫を潰したような表情をしていて、言葉が詰まった。



「ンだよ、その話」
「何もないよ、何もないからの話」
「…そうかよ」



燐はグイッとビールを喉に流し込んで、黙ってしまう。なんとも言えない空気になってしまって、視線を逸らす。言わなきゃよかったかな…なんて思ったりもして。でも言葉にしないとわからないことだってあるし、元気な時に伝えておいた方が良いことだってあると思うから。




「俺は」




ぷにぷにの蓮の頬を撫でながら、どうしようかな…なんて思っていれば、突然燐の口が開く。



「俺だったら、蓮を助けて優希と一緒にいきたい」



息が詰まるかと思った。


一瞬何を言われたのかわからなくて、言葉の意味を咀嚼して。やっと理解できた時には、気づけばまた燐に視線を向けていた。



「蓮も大事、だけど優希も大切なんだよ…。二人とも助けてやりてェし、そうしたいけど、どちらか選ばなきゃならないんなら、蓮だけ生かして」
「…そんなことしたら、蓮が一人になっちゃう」
「言うと思ったよ…。やっぱ蓮を取るンかな…」



燐は困ったように笑みを浮かべながら、眠る蓮を見つめる。その表情は優しいパパの顔で、自分でこの話題を振っておきながら、だんだん息苦しくなってきた。



「ンだよ、優希が泣きそうな顔してンの…」
「…だって」
「自分から振った話題だろ」



燐から伸びる手がそっと頬に触れて、燐の体温が伝わってくる。それがまた胸の中をギュッと締め付ける。今のあたしは露骨なほどに感情を表情に出ているのだろう、燐はハハっと笑っていて完全に吹っ切れた様子。




「蓮残して…なんてつもりは、全くもってねェけどよ…、蓮が将来的に寂しくなんねェようにもう一人は欲しいな」
「…り、ん、」
「絶対親の方が先なんだからよォ…、その時のこと考えたら、な」




動くことを忘れたあたしの耳元にそっと顔を近づけて、燐は耳元で囁いた。



「パパはそう考えるけど、ママは?」



近すぎる位置で視線が絡み合う。その瞳は、もはや親の顔じゃない。けど、その表情でさえ、瞳の奥の熱だって、あたしにとっては胸を熱くさせるもの。さっきまで抱えていた気持ちも嘘のように塗り替えられていく。



「…ママもそう思う」



蓮に聞こえていたって、意味を理解できないのはわかっているはずなのに、今ここに燐と自分以外にも、ましてや娘がいると考えたら聞かせちゃいけない気がして、つい小声になって呟く。それでも燐の耳にはちゃんと届いてたみたいで、頬に触れるだけのキス。



「ンじゃ、蓮はベッドに移動な」



気づけばヒョイっと蓮を抱っこして移動しようとする燐。蓮を抱えたまま、寝床に連れて行こうとする瞬間、何か思ったのか、ふと振り向いてあたしと目が合う。



「優希のとこにすぐ行くからな」



こういう時、名前呼びする燐がズルくて顔が熱くなる…。きっとそれも燐にはバレてるんだろうなって思った。

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