娘と一彩6



「んぅううう!」


晴れた日のこと。


蓮は足場のいい広場で駆けていた。





「蓮、走ると転ぶよっ」
「良いンじゃね、走らせてやれよ」




後ろを歩くあたしたちには目もくれずに、楽しそうにパタパタとする姿は可愛らしさと危なっかしさがあって内心ヒヤヒヤする。燐は好きにさせてやればいい、と笑ってるし言われた言葉の通りなんだけど、心配してしまうのは親心。



「蓮のことは僕が守るよっ!」
「ひちゃ、きちゃ!!!」



そんなあたしの気持ちを汲み取って蓮の後ろを追いかけてくれるひーくん。蓮は後ろからひーくんが駆けて来るのが面白かったらしくて、きゃあきゃあと黄色い声を上げながらバタバタと更に走り回る。





「んぅ?」




とある小窓がふと目に止まり、一気に興味はその小窓へと移り変わる。向こう側が見えるのに黒いプラスチックの扉窓をマジマジと覗き込んで何があるのかと興味津々。「んぅうう?」と言いながらお鼻までピッタリつけてしまって、側から見たら可愛くも面白い光景だ。


「ポップコーンの機械だなァ」


蓮が覗いていたのは、蓮よりも大きな機械。そして下の部分にある小窓は機械の一部。コイン投入口と一緒にフレーバー毎のボタンがあり、そのボタンを一つ押せばあの有名な国民的キャラクターがしゃべりながらポップコーンを作ってくれる機械である。

子供の興味関心を得るには充分の目の高さにボタンやキャラクターがあしらっており、その小窓だと思っている扉は出来立てポップコーンが取り出せる取り出し口だった。



『ポップコーンはいかが?』


機械から流れるキャラクターのセリフ。そしてキャラクターが持っているポップコーンがポンポンと飛び跳ねていた。



「蓮はこれが気になるのかな?」
「ひーちゃっ」
「これはポップコーンを作ってくれるんだよ、」



こうやって、と言いながらひーくんは自分の小銭を数枚取り出して投入した。蓮は何が起きているのか、不思議そうにただ見つめるだけ。「ほら、ちょっと待っててねって言ってるから僕と一緒に待ってよう!」なーんて、すっかり蓮を見てくれるお兄ちゃんだ。子供にとっては長く感じるかもしれない時間も、あたしたちからすればあっという間。蓮にはわからないだろうけど、残り時間のカウントも開始していた。


カウント数字が0になると、蓮がさっきまで覗いていた小窓の中がライトアップされていて、それに気づいた蓮は両手をパチパチと叩きながら興奮状態。


「ぴっか!ひちゃ、ぴっかよ!」
「ウム!ポップコーンができたようだね、熱いから僕が出してあげるよ」


出来立てのポップコーン、蓮に突然持たせるのも危なっかしいぐらいカップ一杯に入っているそれをひーくんが取り出す。その間も蓮はすっごくソワソワした様子で、でも出来る限り大人しくなることを努めながら食い入るように見つめていた。



「ほら、蓮。ポップコーンっていうお菓子なんだ!あーんだよ!」



ひーくんはカップ一杯に入ったポップコーンを一つ、掴むと蓮の前に差し出して口を開けるよう促す。蓮は言われたことを素直に聞き入れて口を開けるだけ。そこにひーくんがポイッと入れてあげれば、モグモグと咀嚼する。



「んぅっ!ひーちゃ、もいっこ!あー!」



どうやらポップコーンはお気に召したようだ。モグモグさせてすぐに無くなってしまったポップコーンが美味しかったようで、目をキラキラさせながらドタドタとその場で足踏みをして美味しいを全身で表現。そしてまた一つ食べたいとひーくんにおねだりするのだ。



「蓮、ポップコーン気に入ったみたいだね」
「ははっ、良かったな一彩。蓮、美味しいか?」
「んぅう!ぱっぱ!おいちーのっ!ひーちゃ、あー!」
「ウム!たくさんあるからね!」
「俺たちもポップコーン食うかァ」




二人が美味しそうに食べてる光景を見ていたら、食べたくなったであろう燐が気づけば機械にコインを投入していた。ひーくんたちはバターを選んでいたので、あたしたちは無難に塩味を選択。






二つ目のポップコーンが出来上がった頃、一つ目のポップコーンはカップ山盛り一杯に入っていた量からカップすり切りより少し少ないぐらいの量にまで減っていた。これなら蓮が持っても問題ないだろうと判断し、ひーくんが蓮にポップコーンのカップを渡してあげれば蓮は更にテンションを上げていた。



「せっかくだし、広場の方行こっか」



急遽手に入ったおやつを手にしてゆっくり食べても問題ない場所への移動をすることに。









「ぽっぽ!ぽっぽ!」



広場にやってきたあたしたちの前にたまたま歩いていた一匹の鳩。蓮はポップコーンのカップを持ったまま、案の定テクテク歩く鳩に興味が行ってしまい、バッと追いかけ始める。まあ、このぐらいの距離で場所なら…と周りには変に障害物もないし、と思って眺めていたが、蓮は楽しそうにキャッキャと走る。


それはもう鳩しか意識がいってないので、


ポップコーン溢れてるよ〜っ!!





蓮が走るたびにドタバタとした足取り、揺れる全身によりポロッ、ポロッと溢れていくポップコーン。だけど、それに蓮は気付かない。


「…ぁ、ぽっぽいちゃった」


蓮が立ち止まったときには、鳩が飛び立ってしまったときで、蓮は少しだけ切なそうに鳩が飛んでいった方向を見つめる。と、いうのもあたしたちの位置から蓮の顔は見えないからだ。背中が切なさを物語っている。



と、思ったのも束の間だった。




「ま"っま"ぁ"あ"あ"あ"あ"っ」




気づいた時には蓮は大声で泣き出していた。
目から大粒の涙、鼻からは鼻水、口からぶぅうううと泣きながら出た涎。顔のありとあらゆる場所から出すほどに大泣きだった。


いつもなら、泣きながら駆け寄って来る蓮だが今回は訳が違う。



「ぶぶぶう"ぅぅっ」
「蓮、めっちゃくちゃ鳩に囲まれててンな!!!すっげェ顔…!」



不謹慎ながら、本人の意思はさておき状態でケラケラと笑う燐。


そう、蓮が落としたポップコーンをエサだと思ってやってきた鳩たちに蓮は見事囲まれてしまっていた。完全に身動きが取れなくなった蓮は、一度にこんなにもの鳩を見たことがないことと囲まれてしまったことへの恐怖心で立ちすくんで泣き叫ぶ。もはや絶叫だ。



「あ"ーーーーっや"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"っ」



蓮はぐっちゃぐちゃに泣き叫び、燐は軽くツボってしまったらしくて横で肩を震わせて笑ってる。燐が笑う理由もわからなくないが、今は泣き叫ぶ蓮の方が心配だ。鳩を掻き分けていかなければと思った矢先、先に動いてくれたのはひーくんだった。



「蓮!大丈夫かな、怖かったね」



鳩の群れに突っ込んだことにより、鳩がびっくりして蓮までの道が開けた。その瞬間に、蓮のところまで駆け寄るひーくん。鳩の群れの中に一人、陸の孤島状態で恐怖しかなかった蓮は、ぐっちゃぐちゃに泣いたその顔でわんわんと泣きながら「びぢゃぁ"あ"あ"あ"」と抱きついた。あーあ…、ひーくんの服を汚してしまった…と思いつつ、ひーくん自身は気にしてない様子で、蓮をあやしながらあたしのところまで連れてきてくれた。



「ま"っま"っう"ッ、ぐずっ」
「はいはい、蓮怖かったね。良かったねぇ、一彩お兄ちゃんが助けてくれて」
「…ぐずっ」



あたしの腕の中に縮こまって、思いっきり顔を埋める蓮からは嗚咽が聞こえる。勝手に走るなんて言わんこっちゃない…と思いつつも、子供の時はみんなこんなもんだよね…、と昔の自分を思い浮かべた。











あれから数分後。


子供というのは学習しているんだか、していないんだか。



「えいっ!」



蓮はすっかり泣き止んでいた。


蓮の後ろにしゃがんで蓮の様子を見守るひーくん。


蓮の手には変わらずポップコーンのカップ。



「ひちゃ!きちゃ!きちゃっ!!!」
「ウム!」



蓮が、ビビり散らかしてひーくんに催促すれば、ひーくんは任せて!と言わんばかりの返事と一緒に蓮を抱っこする。



「蓮、大丈夫かな」
「ん!ひちゃ!」



そうしたら、言葉の通り大丈夫だったらしい蓮は落ち着きを取り戻した。


と、言うのもあれから、蓮はあれだけビビり泣け叫んだにも関わらずポップコーンを鳩にあげていた。と、いうよりは投げつけているのかもしれない。


「えいっ!」


という掛け声とともに、投げつけるような上からの投球でポップコーンを鳩に向けて投げつけては、一瞬数歩逃げるもポップコーンに釣られて寄ってくる鳩にビビり散らかしてひーくんに助けを求めて抱っこしてもらう、までを繰り返していた。


蓮はひーくんがいたら無敵とでも思っているのかも。

良いように使われているはずのひーくんも立ったり座ったりを繰り返して大変なはずなのに楽しそうに蓮と触れ合っているので、せっかくだから動画に収めておいた。


そんなオフの日。

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