娘と一彩3



※燐音視点


帰宅途中の一彩を連れて、今日は家に来る日。この時間はもしかして蓮は寝てるかもしんねェな…とか思ってた。

家に帰ってきて、いつものように玄関で先に靴を脱いで上がり込む一彩。俺はその後ろ姿を眺めながら、ゆっくりと靴を脱いでいた。いつも蓮に逃げられてる一彩は今日こそは!今日こそは!という気持ちで蓮に歩み寄ろうと意気込んでいるのが目に見えてわかるから、俺はそれを見てつい笑ってしまう。


いつもなら、大声で蓮に勢いよく突っ込んで行くはずなのに、今日は何故かそんな一彩の声もしなければ、一彩の登場に驚いて嘆く蓮の声も聞こえない。不思議に思って、部屋の中へ遅れて入っていけば、寝室の前でピタリと動きを止めている一彩の姿。それを見て、やっぱ蓮寝てたかァ…?と思い、後ろから覗いてみたけど、その光景に思わず噴き出しそうになってしまった。



「まっま〜んぅ〜ねんね〜」



ベッドの上にはスヤスヤ眠る優希の姿。その横には謎のリズムに乗せて歌う蓮がいた。おそらく蓮は昼寝から起きたのだろう、蓮がいたであろう場所には、かけられていたはずのタオルケットが無造作に放置されている。蓮を寝かしつけて、そのまま一緒に寝落ちたであろう優希は体半分を下にして、片腕はだらんと蓮がいたであろう場所に転がっていた。



「んぅぅぅう〜ね〜まっまぁ〜ねーんねぇ〜」



ほんと、なんの歌なのか全くわからねェけど、優希をポンポンしながら歌う蓮があまりにもおかしくて可愛い。しっかし、一彩はなんでここで動きを止めていたのか、と思い視線を一彩に移してみれば、すっごい目を輝かせながら蓮を見つめていた。


「んぅうう〜まっまぁ〜」

「…一彩?」
「兄さん!蓮が歌っているよっ!」



どうしたものかと思い、声をかけてみれば、バッと視線を俺に向けてきた。突然のことに一瞬ビックリしていたら、視界の端で同じように小さな体が飛び跳ねるのが見える。もしかして、と思って視線を戻せばさっきまで気持ちよさそうに歌っていた蓮がピタリと動きを止めて俺たちを見ている。その表情は此処に俺と一彩がいたことが予想外だったようで、今の現状が理解しきれていない様子。



「蓮!」



そんなことを気にもせず、一彩は蓮と目が合ったことを良いことに蓮の名前を呼べば、やっと思考回路が動いたのか再びビクリと体を震わす蓮。そして、いつもの感覚も戻ってきたのか寝ている優希に容赦なく飛び乗る始末。おかげで、寝ていた優希から「うッ」て呻き声が上がる。絶対今の苦しいヤツだな。



「まっまは、め〜っ!!!」
「蓮!歌ってたね!」
「め〜っ!んぅぅぅ」
「蓮!僕にも歌って欲しいよ!」



話の噛み合わなさが面白くて、俺の中でツボに入る。蓮は優希の上で足をばたつかせて、顔をぐりぐり押しつけてママを取られまいと必死だし、一彩は一彩で蓮に言い寄ってるし、一番被害を被っている優希といえば、身動き取れずいるため此処からじゃよく見えないけど、さすがに起きてはいるだろう。

















「ぶぅ…」
「で、蓮が歌ってるところをひーくんが見て蓮が驚いちゃったってこと?」
「ウム!驚かせるつもりはなかったんだけどね!」


変な起こされ方をした優希の膝の上にムスッとした表情で座る蓮。自分の寝ている間に起きていたことを整理する。



「蓮、お歌歌ってたの…?」
「んぅ」
「蓮、気持ちよさそうに歌ってたよなァ」



優希が蓮に問いかけるが、蓮は何故か指を口に咥えて目線を泳がせるだけ。だから、代わりに俺が答えてやれば、なんとも言えない表情で見られた。


「蓮」
「んぅ」


蓮の気持ちを何かしら汲み取ったであろう優希が、名前を呼びながらギュッと蓮を抱きしめる。すると、蓮は密着したことにより安心したのか表情を緩ませている。



「蓮」
「んぅ?」
「ひーくんもお歌聴きたいって」


めちゃくちゃ面白かった。蓮には悪いけど、さっきまで名前を呼ばれてすっごい嬉しそうな幸せそうな表情だったのに、一彩の名前をママの口から聞いた瞬間、ピシッと動きを固めてしまう。その目には「ママ、何言ってるの?」と言いたそうに見える。



「ウム!僕も蓮の聴きたいよ!」


一彩の言葉にギギギと言いそうなぎこちなさで首を一彩の方に向ける蓮。キラキラした一彩の瞳に耐えきれなかったのか、再び視線を逸らして優希に視線を戻す。



「んやぁっ」
「そっかぁ…いやなのかぁ」



嫌だと言って優希に抱きつく。優希はやっぱり、と言いたげな表情で笑いながらも抱きついてきた蓮をポンポンとあやす。



「蓮、ひーくんは蓮と仲良くしたいんだって」
「んぅぅぅう」
「蓮ちゃんはいい子だからね〜」
「んぅ…」



ぐぐもった声が優希の胸から漏れる。ギュッと優希のことを掴んで抱きついていたかと思えば、何か思い付いたのかムクっと顔を上げて優希の膝の上からスルリと降りて何処かへ行ってしまった。結局今日も蓮と歩み寄れなかった一彩がその後ろ姿を物寂しそうに見つめている。



「今日もダメだった…」
「ひーくん、ごめんね」
「いや、また次頑張るよ…!」



優希が謝って、一彩が次に向けて意気込むのはこれで何度目かねェ…?蓮のイヤイヤも筋金入りだな…全く誰に似たんだか。


そんなことを思い返していれば、ぽてぽてと足音が聞こえてくる。どうやら、蓮が戻ってきたらしく、見てみれば一彩からもらったお気に入りのウサギのぬいぐるみを抱えていた。


ぽてぽて…。



優希の前を素通りして、俺の前も素通りする蓮。珍し過ぎる行動に右から左へと流れるように見つめていれば、蓮はまさかの一彩の前で立ち止まった。



「…うちゃも、」


抱えるように持っていたウサギのぬいぐるみを自ら一彩に持ち上げて、たしかに蓮は呟いた。


「うちゃも、…あしょぶ」
「蓮…」


蓮が初めて自分から一彩に話しかけた。一彩はもちろん、俺も優希も突然のことに反応がついていけず、ポカンとした表情で見つめてしまったが、すぐに我に帰る。一彩はそれはまあ、すっげェ嬉しそうな表情で「ウム!!!」と頷く。それから、今までのやりとりが嘘のように一彩と遊ぶ蓮を見てホッとした。


俺と優希は良かったな、と言いながら。

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