娘と一彩



とある日のこと。



「姉さん!蓮!お邪魔するよっ!」
「いらっしゃい、ひーくん」


勢いよく開いた扉から入ってきたのは、燐と同じ髪色に同じ瞳の色をした弟のひーくん。今日は遊びに来る予定でいたので、驚くほどでもなく、相変わらず元気そうでホッとする。パタパタと慣れ親しんだこの家の中を歩いてまずは洗面所に行き手洗いうがいをする音が聞こえて来る。そこから、やっと準備が整って移動するひーくんは、いつものように蓮の元へ。



「やぁ!蓮!元気かな!」
「…ぶぅ」


いつものように両手を広げて蓮に挨拶してくれるひーくんだけど、人見知りをするようになってからの蓮と言えば、何故かひーくんを嫌がる素振りばかり。今だって、遊んでいたウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてプイッとそっぽを向いてしまう。


「蓮、僕と一緒に遊ぼう…!」
「んぅ…やぁっ!」


蓮のイヤイヤな態度に負けることなく、いつだって真っ直ぐ接してくれるひーくん。これがまた健気過ぎて逆に申し訳なくレベルだ。基本人を嫌がることはしない蓮だけど、何故かひーくんだけがダメらしい。



「ごめんね、いつもいつも」
「良いんだ。きっと蓮と仲良くなれるはずだから!」



だって、大好きな兄さんと姉さんの子どもだからね。なんて眩しい笑顔で返してくれるひーくん。本当になんて良い子なんだろう…って嬉しくなる。まあ、小さい子は幼い頃訳も分からず怖がることとか嫌がってしまうことも珍しくないからな、と思うしかないのだ。



「そうだ、ひーくんにレモンケーキ作ってあるの」
「レモン!」


場の空気を変えるべく、ひーくんの大好きなレモンを使ったケーキがあることを伝えれば、案の定嬉しそうな反応を示してくれてホッとする。今からお茶の準備するね、なんて言いながら席を外せば、ひーくんも「手伝うよ!」って言いながらついてきてくれた。蓮にもおやつの時間にしてあげようと思って、キッチンで準備していれば突然リビングの方から聞こえたのは蓮の泣き声で。慌てて戻ってみれば、一人泣き喚く蓮の姿。



「蓮、どうしたの?どこかぶつけちゃった?」
「あ"あ"ぁ"あ"あ"ん"」
「…蓮」



わんわん泣き喚く蓮は、見たところ何かをぶつけた様子もなければ、本当に何もなさ過ぎて原因がわからない。お腹が痛いのか、他に何か原因があるのかな、と思っても蓮はただひたすら泣き喚くだけ。とにかく少しでも収まればと思って、両手を広げてみれば、素直に抱きついて顔を埋めてしまった。ギュッと服を握られて、グズグズと啜り泣くのが伝わってくる。



「姉さん、蓮はどっか具合悪いのかい?」
「うーん…それがわかんなくって…」



蓮のことが心配になって、ひーくんもそばに来てくれたのは嬉しいんだけど、何故原因がわからないのだ。よしよしと、背中を撫でてあげることしかできず、もどかしくなる。











結局、あれから蓮は抱っこしてあげていれば大人しくなった。落ち着いたのか原因が解決したのかはわからないけれど、ずっと浮かない表情をしていても心配でしかないのでとりあえずそのままで。ひーくんも心配だからって燐が戻るまでいてくれることになったのだけれど。



「蓮、大丈夫かい?」
「んぅぅ」



チラッとたまに顔を覗かせたと思って声をかけても、すぐに顔を埋めてしまうこの繰り返しで。どうしたものかと悩みは解決せず。蓮の不安もひーくんにストレスも与えたくなくって、なんとかため息を堪えるもあたしにだって不安とストレスはのし掛かるわけで内心心細くなる。



「蓮の調子どうだァ?」
「兄さん!」



連絡を入れておいていた燐が帰ってきてくれて、それだけで気持ちが軽くなった。燐は急いで帰ってきてくれたみたいで、少しだけ息切れしてるのがわかる。蓮は燐の声を聞いて少しだけピクリと動いた気がする。



「蓮はどうなんだよ」
「もう、ずっとこんな感じで動かないの…」


燐は何か考えがあるのか、神妙な顔つきで歩み寄る。目の前でしゃがんでそっと蓮の頭を撫でてあげれば、少しだけ蓮の頭が動いて燐を視界に捉えた。



「蓮」
「…ぱっぱ」



数時間ぶりに、蓮の声を聞いた気がする。か細い声で、確かにパパと呟いたのがわかる。燐はパパと言ってもらえたことに安心したようで、ふっと笑みを浮かべて更に頭を優しく撫で回した。



「蓮、大丈夫だぞ」
「…燐?」
「蓮、ママもパパも蓮と一緒だからな」




突然何を言い出してるのかがわからなくて、あたしもひーくんもただ燐のことを見つめるだけ。だけど蓮は、パパの言葉を聞いて「んぅ…」と反応を示す。




「蓮は一彩にママが取られると思ったんだよ」



ほらおいで、なんて言いながら蓮を抱っこしてあげたかと思えば、燐からの突然の言葉にあたしは何を言われたのか、言葉の意味がすぐには咀嚼しきれず時が止まったように感じてしまう。



「蓮、一彩のことが元々苦手だろ」
「兄さん、僕は蓮のこと嫌がることは」
「知ってる」


ひーくんも、予想外の言葉に面食らった表情で必死に言葉を紡ごうとするが、それを燐は制止する。燐の腕の中で、頬を擦り寄せて親指を口に咥えたまま小さくなる蓮の瞳は揺れていた。



「今日だって、蓮が泣き出したの2人が離れた時だったよな?」
「うん…」
「蓮は、ママが一彩と一緒にどっか行っちまったと思ったんだろうな」
「蓮…」



燐の言葉を聞いて、蓮が不安や淋しさを感じていたことに気づかされる。子どもが指をしゃぶる理由は淋しさの表れと聞いたことがあるけど、それはあながち間違いではないんだなと実感させられ、同時にきゅっと自分の中で気づいてあげられてなかったことが悔しい。



「蓮、ごめんね。気づかなくって」
「まっま…」
「ママは、蓮のこと置いていかないから、ね」













あれからすっかり機嫌も直してくれた蓮を燐に預けてあたしは夕飯の支度に取り掛かる。ひーくんは手伝いをしてくれようとしたけれど、さっきのことがあったばっかりだから、燐と一緒に待っててと声をかけた。


「蓮と仲良くなるにはどうすればいいんだろう、兄さん」
「とりあえず、蓮の前で優希に抱きつくことをやめるんだな」



側から見れば、燐の膝の上でウサギのぬいぐるみと夢中で遊ぶ蓮。そして兄弟揃って仲良く話をしているようにしか見えないので、まさか燐が蓮がひーくんを嫌がる理由とか気づいていたとは。そんな話を繰り広げていただなんて、本当に思ってもみなかった。

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