再会4



寝つきが悪い、深夜に目が覚めたのは珍しいことではない。また眠り直そうとするのがいつものことであり、普段はこの瞬間にスマホを見ることなんてまずしない。深夜の寝ぼけた状態でスマホなんて見ようものなら、目が冴えてしまって逆に寝付けなくなるからだ。

ただこの日は違った。

何故かはわからないけれど、自然と手が伸びていた。


最後にスマホを見たのは何時だったっけ。ポチポチと確認すれば、未読のメッセージがあるではないか。ぼんやりと寝ぼけながら開き、内容を見て一気に脳が冴えてしまった。あぁ、これで今日はもう眠れなさそうだ。













「兄さん!!!」

ESビルに着いて、早々に出会したのは一彩だった。あぁ、このタイミングで会うなんて…と思いつつ、普段なら回れ右をして逃げる俺だが、今日ばかりは逃げてる暇はない。


「兄さん!椎名さんに聞いたよ、最近ボーッとしてる事が多いらしいんだが、兄さんどこか具合でも悪いの?」

ニキのやつ…余計なこと言いやがって覚えてろよ…と小さく舌打ちをした。そんなことお構いなしに、スタスタと歩く俺の横にピッタリとくっついて歩く一彩のやつは俺を心配そうな表情で覗いてくる。


「別に、具合は悪くねェから、ほっとけ」
「そうなのかい?なら、いいけど…兄さん…気付いてる…?」


何がだよ、と思いつつ今の今まで合わせなかった一彩に視線をやれば、一彩は更に不安そうな表情を浮かべて、言おうか言わまいか口をパクパクさせている。コイツがこんな風になるのも珍しい。けれど、そんなことを気にしてる場合でもない。


「兄さん、すごく苦しそうな表情をしているよ」


一彩のその言葉を聞くまでは。
思わず止まる足の動き。それに釣られて止まる一彩。今まで気づかなかったが、今の言葉で肺に新鮮な酸素が入る感覚がした。ずっと両手は握り拳になっていて、手のひらなんて汗ばんでいるではないか。今の今までちゃんと呼吸はしてたのか?と思うぐらい余裕がなかったことを悟る。



「なァ、一彩…」
「兄さん…?」
「一彩は…、優希のこと今でも好きか…?」


久々に一彩の前で優希を出した。ピクリと動く一彩の体。互いにこの優希を出すことをずっと避けていたから、まさかここで俺が名前を出すなんて思わなかったんだろう。少しの沈黙、自分で質問しておいて、俺がすごく不安になる。


「大好きだよ、姉さんは僕の大切な姉さんだからね…、」



一彩は困ったように眉尻を下げながら、でも、笑ってそう答えた。きっと思い出しているのだろう、昔の記憶を。その言葉を、その表情を見て「そっか…」と納得する。正直今の自分の表情に自信がない俺は、そのまま、一彩の頭をわしゃわしゃと思いっきり撫でてやった。すると一彩は「兄さん…?」と不思議そうにまた俺を見つめてくる。

「やっぱお前は俺の弟だな」


俺の中で何かが吹っ切れた気がした。
















メッセージに書かれた応接室の部屋番号と今目の前にいる部屋番号を見比べる。間違いはない。メッセージに時間は書かれていない。ただ、あるのはここで待っているという内容だけ。送り主の名前がメッセージに記されてはいないけれど、誰だか察しはついている。



扉の前で俺は、目を閉じて深く深呼吸をした。緊張で手が震えそうなのを、なんとか平常心で震えないように意識した。

ドアノブを捻れば、本当にここが指定された場所なのか、と疑問に思う。部屋の中は真っ暗だからだ。しかし、入り口のところにはきちんと使用中の札になっている。そのまま中に入れば、そんな不安も少しだけ掻き消されていく。



応接室にあるソファーの足元には履いていたであろう靴が無造作に転がり、両膝を抱えて蹲る塊が視界を捉えた。顔が見えなくても、その存在が誰なのか、なんてわかっている。静かに歩み寄っているのに、内心自分の心臓の音があまりにもうるさすぎて嫌になる。

その塊の目の前について、俺はまず塊をそっと撫でた。撫でたものは後頭部であり、びくりと体が揺れる。確実に俺という存在に気付いているはずなのに、顔は上げようとしない。あげない上に拒否も何もしないことを良いことにソファーの肘置きに俺は腰掛けて、そのまま頭を撫で続ける。



(あぁ、こんなに小さかったっけ…)



昔はほとんど同じだった。目線の高さも、体の大きさも、手の大きさだって。


「なァ、俺のそばにいるの…嫌になった…?」


我ながら意地悪な質問だと思う。撫でてる頭が勢いよく首を左右に振られた。その反応に俺は心のどこかでホッとするのを感じた。


「あいつも…一彩も今大きくなったんだ…、俺と同じ今はアイドルやってる…。一彩は、知らないンだ…、いや、知ってるかもしれない、けど…俺からは何も言えてない…、お前が出て行った理由…、ずっとそばにいたのに、いた俺でさえ…」



全てをわかってはいないから。


撫でていた頭から、サラサラと流れる髪に指を通す。あの日久々に姿を見た時には気づかなかったけれど、里の決まりで、長く伸ばしてあった髪はあの頃より短くなったなと思う。すくった髪をそのまま上げてそっと口付ける。




「…たし…」

前回見つけた時は声を聞くことさえできなかった。だけど、調べに調べまくって機械から紡ぎ出された時に聞いた声と同じ澄んだ声が耳に入ってくる。


「燐が…否定されるのがいやだった…」


ぽつりぽつりと彼女は語り出す。


(あの日の出来事に、終止符を)

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