発覚と告白
※帰省と報告以前の話
浮上する意識。耳元で鳴り響くアラームを手探りで探して消してから、もそもそとスマホで今の時間を確認した。何度か鳴っては消していたようで、スヌーズで何度目かのアラームだったことに気づく。
「んんっ…」
別にすごく朝が強いとか、目覚めは必ずいいわけではないけれど、悪くもなかったはずなのに、最近は日々眠くて仕方ない。仕事は至って普通通り、というよりは何か大きな案件があるわけでもないので、忙しすぎるとか不安要素があるわけではなかった。それなら、疲れ過ぎて眠いわけでもないはずなのに、一体どこから来る睡魔なのだろう。
「…起きなきゃ…」
今考えても仕方のないことなので、とりあえず動くことを決めた。にしても、やっぱり眠い…。
仕事の移動中も、写真撮影の合間も暇があれば気づいたら寝ようとしていた。具合が悪いのかと声もかけられるが、大丈夫とだけ答える。ただひたすらに眠いだけ。最初は眠り姫か、なんて言われていたけれど、ここ最近こんな調子が続いてるせいで、周りも段々と心配の表情や雰囲気が出始める。
今日の仕事が終わってマネージャーの車で移動するために乗り込んで、また眠れる…なんて思って目を閉じた。着いたら起こしてくれるはずだから、と思って安心して意識を飛ばしていたあたしが次に声をかけられて目を開けたその場所は予想外の場所だった。
あれだけ眠い眠いと思っていたはずなのに、嘘みたいに目は冴えていた。だからと言って、何か不安などがあるのかと思えばそういうわけでもなく、というよりは頭の中は何を考えればいいのかわからない状態である。
だって、まだ実感が湧かないから。
それでも時は止まってくれるわけでもない。時間はすっかり帰り着く予定よりも大幅に遅くなった。家に帰り着いて、扉を開ければ出る前には暗かったはずの部屋に灯る明かり。玄関には見慣れた靴があって、息を飲む。
「おかえり、遅かったな」
鍵を開ける音を聞いてだろう。ふらりと玄関に出迎えに来てくれた燐。靴も脱がずにぼーっと立ち尽くしていたあたしにチュッとキスを一つ。その瞬間に僅かながらアルコールの匂いがして、燐が呑んでいたのを悟った。そして、
「ンだよ、どうした」
「…なんでもない」
キスされてすぐに思わず嫌な顔をしたなと自分でも気付く。けど仕方ない、完全に無意識的にしてしまったもので、今までこんなことしたことなかったから、燐は眉間に皺を寄せて不審な表情を浮かべる。
「嫌だった…?」
「…ちが…う」
嫌じゃないことを伝えたくて、可能な限り首を横に振った。けど、そんな意思とは真逆でまだ残る香りが後を引いていて、思わず口元を押さえる。それがまた燐に誤解を招いたようで、どんどん表情は悪くなるばかり。
「ごめっ…、おねが…い、マウスウォッシュでゆすいできて…」
「はぁ?」
「おねがい…っ」
燐は言われるがまま洗面所に行ってくれたので、とりあえず言われたことはやってくれるだろう。込み上げるそれが治らず動けずにいたら、ことを終えたであろう燐がまた玄関に戻ってきたので、あたしはそこに座ってと促す。訳もわからずながらも、燐はそこに座ってくれた。あたしの雰囲気を感じ取ってなのか、ちゃんと正座をしてくれたので、あたしも靴を脱いでその場に正座で向かい合うように座り込む。
「…」
「燐…」
「あンだよ…」
完全にあたしの行動のせいで、ムスッとした表情のまま、声色だって低い。そんな表情だって、そんな声色だってさせたくないのに、うまく伝えられなくて、「ごめんね」と口にすればガッと肩を思いきり掴まれる。
「どういう意味で言ってンの」
「ッ…」
「なァ…」
ぐっと力を込められたのがわかる。けど、あたしはそのまま前に体を倒して、燐の胸元に顔を埋めた。目を閉じて一度深く息を吸い込めば、燐の匂いが鼻をくすぐって安心感をくれる。
「りん…」
「…」
「…大好き…」
「…優希」
「ねえ…りん…」
「ン…」
「あのね…、赤ちゃんできたの」
ギュッと燐の服を掴む。
「燐、パパだよ」
埋めていた顔を擦り付けて、燐の胸元に耳を当てれば燐の鼓動が聞こえてくる。
「燐、あたしね、ママになるの」
心地よい、安心する燐の鼓動に目を伏せた。確かに燐はそこにいて、あたしもここにいる。そして今はまだ、何もわからないけれど、あたしの中にあたしたちと同じ命がある。
「…燐、」
寄りかかってい上半身を起こして燐の頬にそっと手を添える。
「燐…、泣いてるの…?」
「ッ、」
燐の目からつうっと伝って溢れる涙の跡。そっと指で拭えば、燐はハッとしたように奥歯を噛み締めてあたしを力一杯その腕に閉じ込める。肩に顔を埋めて、大きな体なのに今の燐はまるで小さい子供のように。
「ッ優希…」
「…ん」
「結婚しよ」
「燐…」
「ちゃんと籍いれよ…、ンで、帰ろ」
「俺たちの故郷に」
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