帰省と報告〜前編〜



都会では、紙にお互いの名前などを書いて提出すれば書類的な手続きは完了。書類には書かなければならないところがたくさんあって、間違えないようにしなきゃとか思って、無駄に気が張ってた気がする。

正直言って、今までが今までだったのであまり新鮮味はなかった。











「優希、大丈夫か?」
「平気…」
「ほら、水飲んどいたほうが」
「ありがと」


ここしばらく、燐はずっとこんな調子だった。仕事のない日には、あたしの代わりに色々なことを率先してやってくれるし、今だって一緒に電車などの乗り物に乗っての移動中だというのに、こまめに体調を気遣ってくれる。大丈夫だよ、と答えても飲み物だったり、ぷらぷらと一緒に歩いて気分転換させてくれたり。


世話焼きをしてくれる燐の優しさに浸りながらも、心の中の奥底では落ち着きのない緊張が張り巡らされていた。






足場の悪い、補正されていない道と言っていいのかわからない場所を通る。やや歩きにくさはあっても、そこまで負担ではなかった。けど、段々と乾く喉は思った以上に自分が緊張していることを自覚させる。


いよいよ目印となるものが見えてきて、燐の腕を掴んでいた手に必然的に力が込められる。


「…俺がいるから」
「うん…」


触れるだけのキスをして、あたしは今一度深呼吸を繰り返した。


恐怖と不安が張り巡らされる中、大丈夫と自分に言い聞かせる。


不意に「燐音様…!」という声がして、向こうにあたしたちの存在が知られ、いよいよ後戻りはできなくなる。そんなあたしの気持ちとは裏腹に、燐の姿を見つけ一人、一人、また一人と駆け寄ってくる人々は、口々に燐を見ては「燐音様」「戻られた」「おかえりなさいませ」なとと言葉を発する。


そう、あたしが故郷を追放され、初めて戻ってきたのだ。




「おい、水城はいるか」
「水城でしたら、多分櫓の方におります」


里の人々に目もくれず、燐は“水城”と言ってて内心ドキッとする。ギュッと腕を掴んでなるべく顔を見られないように下向き加減でいれば、里の人の一人があたしの方を覗き込むように見て「…あんた、まさか」と呟く。



「櫓の方に行く」
「燐音様!何故、この子がここにっ」
「話は後だ」
「しかし、この子はっ」


迷うことなく、方向転換をして足を進めようとする燐にその里の人は驚きの声を上げる。燐の腕を掴んでいたので必然的に引っ張られる形で、でも離れないようにぴったりとくっついていたあたしは燐にのめり込む形で足を止めた。


「…俺がそばに置いてるんだから、口出しはするな」


たったその一言、これだけで何かを言いかけていた里の人も「失礼しました」と言って何も言っては来なかった。



正直、周りを見る余裕なんてなかった。本来ここにはいてはいけない人間。なのに、あの日の約束を破ってあたしはまたここにいる。燐は櫓に向かうと言っていたけど、何年も足を踏み入れてなかったあたしは周りの風景を思う存分に見ることもできていなければ、今自分がどのあたりにいるかも、あまり理解できていなかった。



「燐音様、お帰りになられてたのですが」
「あぁ、所用で戻ってきた」


長い距離を歩いたように感じられたけど、多分実際にはそんなに距離は歩いてないはず。今日の中の移動距離で見てみれば一番短いはずだ。それなのに、いつもみたいにできない息継ぎとかクラクラする頭とかドクドクいう心臓は決して体調が悪いからではない。


「燐音様、そちらは…」
「今日は水城に用があって戻ってきたんだ」
「私にですか…?」


耳に入る声に体の力が変に入ってしまう。パクパクと口は動くのに言葉が出ない。


「大丈夫だから、顔上げて」


頭に乗せられた燐の手のひらの暖かさとかけられた言葉はまるでお守りのように染み込んでくる。あぁ、そうだ。あたしは一人じゃないんだ。だって、この里を出て行った一人の時とは違う、




「かあさま…」
「…優希…?」



久々に故郷に戻ってきて初めてしっかりと自分の目で捉えたのは記憶の中よりも歳を重ねた姿の母様だった。


「優希っっっ!!!」


気づけば母様の腕の中で母様の体温を感じながら、わんわんと泣いた。あぁ、あたしは本当に戻ってこれたんだという気持ちを抱えながら。

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