椎名ニキの疑問
※椎名視点
「天城、帰るなら連れて帰って」
バックバンドの彼女に燐音くんはそう言われて、酔いの回った優希ちゃんを連れて帰ることに。持っていた買い物袋は僕が2つ両手にぶら下げて、燐音くんは優希ちゃんをおぶった状態で一緒に歩く。
数分前まで修羅場でも起きるんじゃないかと思ってたのも嘘みたいだ。変に気を回し過ぎてまたお腹が減ってきたっす。
「んー、じゃあ、あの日のもそうだったんすかね」
「何がだよ」
終わったことなのに、僕の中で一つの引っ掛かりが取れなくて、お腹が減るのに頭の中は気になってしまったことを考える。燐音くんが反応してから、これもマズイかも、なんて思ったけど燐音くんとバチッと目が合った時点で誤魔化しなんて効かないのは分かっているから、僕は渋々口を開く。
「さっきの話とは別でシナモンのシフトが入ってた日の買い出しで、優希ちゃん見かけたんすよ」
「そんで?」
ちょっと今の燐音くんの声が威圧的に聞こえたのは僕の思い込みじゃないはず。
「さっきのギターの子、そんなに身長高くなかったじゃないっすか。でもその時に見かけたの優希ちゃんより全然身長高くって、帽子にマスクしてたんで顔まで見れなかったんすけど、黒髪で、えっ、と…すっごい仲良さそう…みたいな感じだったんすよ…」
「へえ」
言えなかった、さすがにキスしてるのは言えなかったっす。だけど上手い言い回しも浮かばなかったせいでめちゃくちゃ歯切れが悪くなっちゃったっす…!この後の返しで色々言われる!と思ってたけど、意外にも燐音くんは意味ありげに返事をしただけ。
そのあと特にこの話についての会話もなく、燐音くんは僕の家に行く予定から優希ちゃんを送っていくと言ってしまい、解散となってしまった。買い物袋は僕が二つとも持って帰ることになったのは良いんすよ。そんなことより、
あれ、気にしてない?
むしろ、あれっすか、優希ちゃん起きてからこそ修羅場っすか…?
後日談。
優希と出かけるために、身支度をしていた時にふと思い出したのはこの前の出来事。
全身鏡の前で身だしなみの最終チェックをしている優希の後ろに立てば、鏡越しに目が合った。
「そういやァ、この前のアレ、ニキに見られてたんだよな」
「この前の…?」
「今日みたいに出かけたっしょ、前によ」
優希は一瞬なんのこと?と言いたげに首を傾げていたが、優希はクスクス笑いながら鏡越しから、俺へと直接視線を移す。その表情は今日みたいという単語を聞いて察したらしい。
「黒髪の燐、見られちゃったの?」
「あァ」
「そっか」
何か思うことはあったかもしれない、けどその言葉を紡ぐ前に優希の唇は塞いでやった。
優しく応えてくれる優希に目を細めながら、チラリと鏡を見ればそこに映るのは普段の自分と違う、黒いワックスで染め上げた黒髪の自分。
ははっ、周りを騙すためにやってたけど、ニキの奴が見事勘違いしてたなァ。
まぁ上手くいってるなら、それで良いっしょ。
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