椎名ニキの遭遇
※椎名視点
今日はCrazy:Bのみんなで打ち合わせの日。
会議室のテーブルに集まっての話し合いも終わり、僕はもうお腹ペコペコっす!燐音くんが伸びをしたらしくって「んんー」って声が耳に入ってくる。この後はみんなでご飯って話してたし、早く行きたいっす〜!だけど、意とは逆にお腹が減り過ぎて動かない体をテーブルにだらんと預けてしまう。
「優希、何してっかなァ…」
顔を伏せていたこともあり、より耳の神経が澄んでいたんだと思う。ポツリと呟いたその声を僕は聞き逃さなかったし、聞こえないフリもできなくて、思わず全ての動きが停止してしまう。完全に顔を上げるタイミングを見失ってしまった。
「珍しいですね、優希さんと最近お会いしてないのですか」
HiMERUくんも聞いていたようで、燐音くんの言葉に反応して声をかける。
「なんか仕事の方が忙しいみたいでよ。新曲制作で遅くまでスタジオこもってるらしいんだよな」
燐音くんは遠くを見るような、上の空みたいな声だった。それを聞いたこはくちゃんも「なんや、大変やんなぁ」と答えているのを耳にしながら、僕は先日の光景を思い出す。僕が見たのは確かに優希ちゃんだったし、どっちも男の人といたっす。しかも燐音くんの言うことが本当なら、あの日街中で見たのは…?
みんなでご飯に行って、たっくさん食べたっす!
やっと満たされたお腹の中、まだ物足りなさというか、スッキリしないけど、とりあえず体力回復はできたから今の僕の必要最低限なラインまで戻れただけ良い方っす。
「ニキん家で呑むかァ」
「えっ、燐音くん今から来るんすか?!」
HiMERUくんとこはくちゃんとバイバイして、燐音くんと2人歩く帰り道。お店を出てから僕は食材の調達のためにスーパーに行きたくて、寄り道することを選んだら燐音くんもついてきたのはよくあることなんで気にしてなかったんすけど。
野菜売り場でレタスを選んでいたら、燐音くんが突然そう呟くから驚いた。昔はよくあることだったけど、優希ちゃんと出会ってから燐音くんからすれば再会してからっすけど、燐音くんは優希ちゃんとの時間も大切にするようになったから。
「んだよ、行っちゃ悪ぃかよ。ひっさびさにニキの家でダラダラすんのもいいだろ〜」
燐音くんはジト目で僕を見る。その口調はおちゃらけつつ軽口を叩いてるんすけど、多分優希ちゃんに会えない寂しさを感じてるんだろうなって思った。
「仕方ないっすね…。じゃあ、おつまみでも作るっすよ」
僕はあの日見た光景が脳裏に浮かびながらも、その事を飲み込んでしまったのは僕の中で正解がわからないから。だから、その後ろめたさを隠すように僕は燐音くんの言葉を受け入れることしかできなかった。
だから、この後も燐音くんの食べたいものを聞いて、お酒を買って、家に帰っておつまみを作って一緒にお酒を呑みながらまた食べる、そうするはずだったんすよ…。
「優希…」
スーパーで買ったものが入った買い物袋二つ、僕と燐音くんがそれぞれ片手に一つずつもって外に出て歩いてすぐのことだった。
燐音くんは行く先を見て、ポツリと呟く。
それまで何の話してたっけ、って思ったぐらいには僕の気が動転していたんだと思う。頭の中が真っ白になって、僕も燐音くんも足を止めたせいで静寂に包まれる。
「ん…」
静かな夜の空気に乗って耳に入るのは優希ちゃんの声。
だけど、僕たちと目が合ったのは優希ちゃんじゃない。
僕たちの視線の先にいるのは顔を赤らめて目を閉じている優希ちゃん。意識がはっきりしないのか、足元がおぼつかないのか、一緒にいる男の人に介抱されてやっと立ってるって感じだった。優希ちゃんたちがいるのは何度も通ったことのある居酒屋さんで、明らかにここで呑んで酔ったんだろうなって感じで。居酒屋さんの電灯が男と優希ちゃんの顔を照らしているから、嫌でもはっきり見えた。僕は知っている、この男はあの日、優希ちゃんと一緒に居たやつだ、と。
じゃりっと隣で砂利を踏む音がしてハッとする。
まずいまずいまずい、と頭の中でサイレンのようにこの言葉がこだまする。
バッと首を振って燐音くんの方を見たけど、燐音くんは無の表情で目の前を見て、気づいた時には歩み寄っていた。
僕はこういう時の対処法を知らない。
えぇっ、HiMERUくんとこはくちゃん戻ってきて欲しいっす…!!!
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