終わる、そして次へ



盆が過ぎて、暦上では長月に変わる頃。


ギリギリまだ夏だと言わんばかりのスケジュールで、あたしは浴衣を着ていた。浴衣を着ての仕事を終えて、戻ってきたESビル。今日はKnightsのみんなも他のアイドルとも一緒じゃない本当に一人での仕事だったこともあり、緊張しかなくってここに戻ってきた瞬間に見慣れた景色と安心感で一気に気が抜けてしまう。



夏が終わると言えど、ギリギリまだ夏。

それでも陽の沈みは早くなっていて、もう辺りは暗い夜となっていた。


マネージャーには事務所に向かってもらい、あたしはとりあえず息抜きがしたくて一人になる。向かった先は同じESの敷地内。だけど、普段陽が落ちてからは来ない場所。


---屋上にあるヘリポートだ。



重たい扉を押し開ければ、キィ…と鈍い音がしながらも夜風が舞い込みながら外の景色が視界に入る。



案の定、人影すらない夜の此処はあたし自身がアイドルの水城優希ではなく、外にいて唯一水城優希に戻れる数少ない場所だった。




「…星、見えないなぁ」



あいにくの曇りなのか。

空を見上げても何も見えないのは、おそらく雲で覆われているからだろう。




「星、見えるかと思ってたんだけどな…」



何時ぞやのひーくんとの会話で、此処でも故郷ほどじゃないけど星が見えるんだねって言葉が頭を過ぎる。


あたしもそう思ったことあったなあ…ぐらいにしか思ってなかったのは、自分が今後故郷に戻ることはないから、そう思ったことさえ忘れようと蓋していたからだろう。




こっちの生活にはだいぶ慣れていた。

何もかもが新鮮に感じていた頃もあったけど、それは所詮最初の頃だけの話で慣れというものは恐ろしい。いろんなことが全て生活の一部になり、当たり前になっていく。

便利な機械に囲まれての生活の中で、慣れてしまえば、なくなることの生活の方が信じられなさもある中で、たまにあるのだ。


ふとした瞬間、何もかも手放して、何もない状態で自然に帰りたくなる時が。


別に死を望んでいるとか、そういう意味合いではなく、ただ純粋にスマホも持たずに人とも触れずにただ自然の中に囲まれてボーッとして、自分が自然の一部に溶け込みたい、ただそれだけ。


幼い頃からの生活がそうだったからなのか、恋しくなってしまうんだ。





さすがESビルの屋上。


しかも、夜だ。


屋上にある柵の前まで近づいて、手すりを掴んで見上げるが星が見たくて来たのに星がない上に後ろから煽るように風が吹いていて、それがまた強いことに気付かされる。着ている浴衣の袖がバタバタと靡いて、三つ編みアップにしてポイントでつけてくれた簪でまとまっているとはいえ、さすがに風で煽られて崩れないか心配になる。



残暑、とは言え風が強ければ肌寒さも感じるわけで、となると長居をしてはいけない気がする。あたしのスマホはマネージャーに持たせたまま、つまり手ぶらだからあまりにも遅ければ心配するだろう。どこか満たされない気持ち、がっかりした心境を持って来た道をUターンしようと決めた時、さっきまで感じていた風がピタリと止まったことに気づく。風が止んだようにも感じるが、背後に何もない、けど違和感のようなものを感じて、気配を消した何かが後ろにあるんだと直感が言っていた。



都会かぶれと言われても仕方ないかもしれない。



こんなにも感覚が鈍っていたのか、と思ったら悲しくもなるけど、そんなことを思っている場合ではない。



解き放つためにやってきた屋上でまた緊張の糸を張り詰めるだなんて、しかも仕事終わりに…、


さいあくだ、


と心の中で呟いて恐る恐る、だけど背後のそれを刺激させないようにゆっくりと振り返って、




あたしは息を飲んだ。






「星、見えねェな」
「りん、?」




あたしの後ろにいたのは私服姿の燐だった。

びっくりして目を見開いて、穴が開くんじゃないかってぐらいマジマジと見つめてしまう。


燐はあたしの視線も気持ちも気にする様子をなく、さっきまでのあたしみたいに空をぼんやりと見上げているだけ。



「優希、星好きだもんなァ」
「ん、うん…」



そっか、燐なら確かにあたしの背後に気配を殺して来れるはず、と納得してしまった。


だって、此処は都会。


あたしたちの幼少期のような生活をしていた人の方が少ないはず。だから、気配を消す機会だってない人たちがほとんどの中で、こうやって完璧にやってくるなんて、そういう環境下にいた人じゃないと無理なはず。




「優希、感覚鈍ったな」
「へ、」
「俺が後ろに来ても気づかねェからよ」
「だ、って、燐が気配殺してくるから…」



クツクツと笑う燐に、あたしは思ったことを投げかけるけど、正直図星だった。燐は昔から気配を消すのが上手かった。男の人たちは狩りに出るため、必然的にできるようにならなければならないのは当たり前。だけど、それでも近づいて来た燐に昔なら気づいていたあたしは何か直感的なものが働いていたのかもしれない。



「ここは少なからず、安全地帯だもんなァ。仕方ねェっしょ」



触れるだけの口づけを一つ落として、頬を撫でられる。燐から言って来た割にはあまり深い意味もないと思うけど、少しだけ胸の中がモヤついた。



「…なんで、燐は此処にいるの?」
「たまたま、優希のマネージャーと会ってな。屋上にいるって聞いて来たンだよ」
「そっか」
「マネージャーが、気にせずゆっくりして来いって」



マネージャーはあたしがスマホを持ってないから、燐に伝えたんだろう。燐と会わせることによって、ゆっくりする時間をくれたのかもしれない。そう都合のいいように解釈する。



「優希、」
「ん…?」
「星の代わりにイイもん、見せてやンよ」



イイもの…?ってなんだろう。

首を傾げてみるが、ピンとこない。

含み笑いを浮かべている燐はその一言で何も言ってくれない。


なんだろう、なんて呑気に受け止めていれば、突然背後で大きな音と夜空がパッと明るくなった。



突然のことに驚いて振り向いたぐらいに後ろにいる燐の「始まった」って言葉が耳に入る。



「…わぁッ」



空に一番近い位置にいる屋上から見えるのは、大きく色鮮やかに打ち上げられた花火たち。

赤、緑、橙、水色、桃、黄、青…

いろんな色が組み合わさって、綺麗な形が何もない夜空をバックに音を立てながら代わる代わる打ち上げられていく。



「今日、打ち上げ花火やる予定だったらしくてなァ、マネージャーがゆっくり見てこいってよ」



そっと腕を回されてあたしは後ろから燐に抱きしめられるように収まった。大きな打ち上げ花火の音がするけれど、それ以上に至近距離でいるため燐の言葉がはっきりと耳に入ってくる。



「故郷いる頃は、たくさんの星が見れてたけど…、こんな花火を一緒に見れなかったから、やっぱこの生活も良かったな…」
「うん…、でも、」






「燐と一緒なら、それだけで充分だよ」



と呟いた言葉は花火によってかき消されてると思っていたけど、燐の耳にはしっかり入っていたようで、チラリと見てみれば一瞬だけど面食らった表情を浮かべるもすぐにその表情は消えて笑みを浮かべた。そしてそのままあたしの首筋に燐の唇が触れるから、燐の照れ隠しかもしれない。



「優希の浴衣姿見られてラッキーだったわ」
「一応、仕事のための格好なんだけどね」
「それでもイイっしょ。花火大会に浴衣、みやびだねェ」
「燐がそういうなら」



あたしもこうやって燐と会えてラッキーってやつだ。仕事じゃない瞬間に、こうやってあたしを見つけて来てくれて、のんびりとあたしである時に燐が燐でしかない瞬間に会える時が一番の癒しだと思うから。
燐と一緒だから、肌寒く感じていた夜風も燐の体温が伝わることによって、気にならなくなって来た。なんなら、気持ち的な意味合いでもポカポカして来て心地よい。



「夏が終わるけど、一緒に夏らしい時間過ごせて良かった」




たった僅かでも、季節的な時間を一緒に過ごせて癒されて、満たされる。


あぁ、夏が終わるんだな、と改めて実感させられた。

けど、今のあたしには燐が一緒だから、次の季節もまた楽しみだな、って思った。




(48時間14万発花火大会お疲れ様でした)

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