再会2



「坊、堪忍なぁ。燐音はんが、どうしてもって言いてたもんやから…」
「ふふん、こはくんからのお願いですからね、」


気にしないでください、と司くんの少しご満悦そうな声が耳に入ってくる。何もない時に聞いていれば、司くんのお兄さんっぽい姿は珍しいなってなっていたけれど、正直それどころではない。

ギュッと力が込められて少し痛い気もするけれど、それよりも何が正解なのかわからない。声が出ない、口が動かない。


「優希だよな」


早く何か言わなければならないのに、否定もできない。肯定はしちゃダメだ。したら、今までの行動は水の泡になる。


「ちょっと、優希…?」



何も言わないあたしを不信に思った泉くんの声が耳に入ってきた。その瞬間に、ハッとして、あたしは思わず掴まれた腕を思い切り振り外した。


そしてその場から逃げ出した。





(っっっなんで…っ…、なんでっ…)





(燐がここにいるの)












どうやってここまで来たかわからない、というかここはどこだっけ。あぁ、そうだった。あたしは逃げて来たんだった。

ビルの非常階段をひたすらか駆け上った。降りた方が早いとも思ったけど、何故か上ってた。息が切れて、酸素がうまく肺に届かずに、気付いたら動けなくなって座り込んで蹲っていたんだった。


「優希…」


やっと見つけた、そう言って聞こえて来た声は、さっきあたしの腕を掴んだ人…じゃない。


「優希…びっくりしたんだぞ…?」


レオくんだ。そう言ってあたしの横に座ったであろう、レオくんの体温が伝わってくる。
懐かしい、昔彼と出会ったときも、こうやってそばに居てくれたな。


レオくんは、顔を上げないままのあたしに、誰も追って来てないこと、他のみんなは練習してること、こはくんは急にあたしが逃げたりしたから、困惑して謝っていたことを話してくれた。

(…燐は…)


この中で出てこなかったのは、あたしの腕を掴んでいた彼、天城燐音のことである。


「アイツだろ、優希が言ってたやつ」


ぽつりと呟くレオくん、

うん、そうだよ…と声には出さずに返事をした。


あたしの忘れられない人

会いたくて会えない人

あたしが嘘をついた人


昔もこれからも大好きな人

















「なあ、燐音はん…ホンマに知り合いだったんか…?」


えらい血相変えて逃げおったやん…と半信半疑な声で俺に話しかけてくるこはくちゃん。


こはくちゃんに無理を言ってKnightsのスケジュールを教えてもらい、レッスン室にお邪魔させてもらっていた。でもそれはほんと数分前までのことであり、今はそのレッスン室から既にお暇している。ポケットに両手を突っ込み、ESビルの廊下を歩く俺たち。すれ違うスタッフであろう奴らが、俺の顔を見るなり、ビビったりなんとも言えない表情をしているが、そんなのどうだっていい。


「燐音はん…そんな顔しとったら、また逃げられるで…」


こはくちゃんの呆れた声が耳に入る。

ふと横にあるガラスに目線をやれば、そこに映るのはこはくちゃんの言う通り、めちゃくちゃ煮え切らない表情の自分が映る。


「ほんと…ひでえ顔だな…」


逃げられた、逃げられたけど、俺は捕まえなければならない。アイツを、優希を。



(優希…あんな細かったっけ…あんな…小さかったか…)


昔は同じ目線だった。

みんなが燐音様と俺を呼ぶ中で、彼女だけは俺を燐と呼んだ。

俺がその呼び方を許したから、トクベツな呼び方。トクベツな存在。

大変な稽古も業務も頑張れたのは彼女のおかげ。


(俺が優希を連れ出してなかったら…)



あの日のことを悔やんでも悔やみきれない、過去は変えられない。


だからこそ、次は繋ぎ止めなければならない。

だからこそ、彼女の本意を知らなければならない。


(約束…しただろ…、なあ…優希)

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