古今と未来



画面に流れるのは男性が歩くシーン。上着のポケットに手を入れて歩くその人の後ろからやってきた女性に突然後ろからくっつくほどの急接近してきたことに驚いて、視線を捉えている。女性はいたずらそうな笑みを浮かべて、男性のポケットから取り出したであろう鍵を指で弾いていた。



そこで画面は切り替わってしまったが、今流れているのは音楽番組の新曲情報コーナー。さっきまで流れていたのは、とあるアーティストのMV。それに出ていた女性は水城優希であり、つまりは自分。そう、これはアーティストサイドより依頼を受けて出たMVで、曲も恋愛ソングだったためにそのカップルの彼女役としての出演をしたのだ。歌詞に則ったシチュエーションで、その出来上がりも確認はしていたけど、こうやって改めて見るのは、なんだかむず痒さがあるのは自分だけだろうか。ぼんやりと見ていれば、突然横に重さを感じたかと思えば、首筋に少しだけ強い痛みを与えられて、何事かと視線をやれば視界いっぱいに広がる赤。



「り、ん…?」



それがあって振り向ききれなかった自分の顔。名前を呼べば、自分の肩口、首元に埋まっていた頭が動いてターコイズブルーの瞳と目が合う。その瞳は珍しくギラついていて、頭が離れた時、自分の首から燐が噛み付いていたことを理解する。だって、燐の口とあたしの首を唾液がツーっと繋いでいたのがプツンと切れたのが見えたから。




「り、」




もう一回、名前を呼んでみれば次は両手で頬を包んで口を塞がれる。突然のことに息すらままらない中、燐は角度を変えて何度も求めてくるから、苦しくなって燐の腕を掴む。



「ンッ、ふっ」



燐はやめる素振りなんか少しもなくて、なんなら後頭部に手を回されて逃げられないようにする。ソファーに座ってたあたしたち、燐から求められ過ぎて嫌じゃないけど息苦しいを理由に身を捩って引こうとするも、燐もついてくるから、燐の唇が離れた時には燐に押し倒されているような形になってしまった。肩で息を吸い込み、乱れた呼吸を何とか直そうとする。天井をバックにジッとあたしを見下ろしている燐の表情はやっぱり何度言えない表情。



「今の曲、」
「うん…?」
「恋愛モノだけど、当たり前に慣れ過ぎて不安になるやつだろ」



そう、さっきの曲は幸せな恋愛ソングではない。付き合ってからしばらく経ったカップルの二人の歌で男性視点。一緒にいることが当たり前になって、好きとか愛してるとか言葉にしなくなったけど、気持ちがなくなったわけではない。いろんな当たり前の中で、少しの変化があった時に、男性の中で別れる結末にならないように、と思うものだ。




「不安になっちゃったの…?」




そう呟けば、一瞬だけ燐の瞳が揺れた。


その歌の意図をわかって、燐は不安になってしまったのだろうか。


幼い頃からずっと一緒にいたあたしたち。



離れていた時期があっても、一緒にいるのことが当たり前な訳で、別れる選択肢はないのだけれど、燐はいろんなことを考えてしまう人だから。つい、思考がそうなってしまってもおかしくない。自分には前科もあるから尚更かな…。



なんて思っていれば、「わるい…」と呟く燐。






「ちがう、MVってわかってンのに、妬いた」





そう言われてやっと理解した。燐は、MVとはわかっているけど相手の人との距離が嫌だったんだ。さっき流れたMVには出なかったけど、一曲通して見てみればキスシーンこそはないけれど、結構距離の近いものばっかりだった。この反応をするからに一通り観ているんだろうな。それを思い出してなのか、露骨に何とも言えない表情の燐が珍しくて、燐は面白くないだろうけど、可愛いなと思ってしまう。




「なんで、笑うんだよ…」
「だって…、」



あたしがクスクス笑ったから、燐は不貞腐れたような声を出して、また首筋に顔を埋めだす。




「うれしいなって」




首筋に燐の唇が触れてくすぐったい。鮮やかな赤い髪をそっと撫でながら言葉を紡ぐ。




「燐があたしの前ではこうやって自分を出してくれるの」




燐はいつだって君主であるために、お兄ちゃんであるために、Crazy:Bのリーダーであるためにその時その時の自分の在り方を作って来ていた。時には望まないことだって、辛いことだって、それが最善だと思えば自分を作り上げてきていたのを知っている。




「燐の居場所になれてるんだなって実感するから」



あたしのそばでは、燐は背伸びも仮面もしていない燐としていられる、そうやっていれると思ってくれるんだなと実感するんだ。その瞬間、首筋にチクっとした痛みを感じて燐がそっと上体を起こした。




「優希が」
「うん、」
「優希が俺の居場所を作ってくれてンだろ」
「そうかな」
「そうだろ、」



初めて会った時から、って言葉を添えて。


燐はいつだって初めて出会った時のことを言う。こうやって、何かあるとすぐ言うんだから。正直、初めましての記憶ってあたしの中ではないんだけれど、ただただ燐のそばにいたいと思うことが当たり前だったから、そのために生きてただけなんだけどね。





「燐」
「ン…?」
「今も昔も全部燐のだよ」




一瞬、燐の時が止まったのがわかる。目をパチクリさせた後、ハァ〜〜〜と長いため息をついた後、「優希ってそういうところあるよな…」って呟いた。




「そういうところって」
「…ン、優希のそういうところが好きだから良いンだけどよ」



そう言った燐の顔は赤かったから、あたしはまたクスクスと笑った。

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