雨の日



※燐音視点


つまらない。

なんの変化もない、ただの作業をひたすらこなしていく。部屋の中でやらなければならないのは君主としての務めだと言われ、職務をこなすのも稽古をこなすのも慣れてきた。どんなに慣れたって、効率よく進められるようになったって、なんの感情も生まれない。だって、なんも変化もないのだから。


満たされない。



ポツポツ…、



壁や屋根に粒がぶつかる音がして、耳を澄ましてみる。ここで雨が降って来たことに気付く。



「雨、か…」



中からぼんやりと外を眺めれば、小さな雨粒が降る様子がわかった。こんな様子じゃ、これらの事をたとえ片付けたとしても外に行くのも難しいだろうな、と思って俺はため息を吐く。



俺の気持ちと同調するかのように、さらに雨粒は大きかなったようで、一気にザァザァと降り始めてしまった。完全に諦めるしかないと思って視線を逸らした瞬間、入口の方が突然騒がしくなる。



「りーんっ」



バタバタと足音がしたと思えば、いつのまにか座って作業をしていた俺の横に滑り込むかのように駆け寄り座り込む優希がいた。えへへ、と笑っている優希はいつもと何一つ変わらない安心感がそこにはあった。けど、その気持ちも一瞬にして消え去る。



「優希、おま、すっごい濡れて」

「ぅん?さっきここに来る途中、降り始めちゃったから濡れちゃった。あ、これね、母様からなんだよっ」




優希は自分の身なりを全く気にする様子もなく、ここに来た目的であろう手にしていたものの説明を始めようとする。けど、俺はそんなことより優希の方が気になって仕方ない。話を続ける優希をそのままにして、拭くもの…と内心呟きながらしまっていた棚から無造作に一枚取り出した。



「優希、風邪ひく」

「んぅ、へいきだよ」

「平気じゃない、ちゃんと拭かなきゃ」

「これね、りんがおいしいって言ってた、」



優希は俺の反応なんて見向きもせず喋り続けた。全く何故この雨の中来たのかとか、まず何故雨具を持たないまま来たのかとか、いつだって平気と言って自分が大変な思いをすると言うことを忘れているのか、学ばない優希。と、いうよりは頓着がない…訳でもないが、何事でも優先順位が俺なんだろう。これは自惚れでもなければ事実である。里のみんなだって何でもかんでも君主様。


言葉ばっかり、口ばっかり。


誰一人、俺という人格を見てくれない。


でも、いつだって優希は俺の言葉に耳を傾けて俺のことを見てくれる。


現に今持って来たものだって、以前水城のところで食べた時に俺がおいしいと言っていたもので、優希は「またりんのためにじゅんびするねっ」なんて言ってたな…と思い出す。あぁ、ただ単にその約束を守ってくれただけなんだろうな…という答えに行き着いて、俺はハァ…と小さくため息をついた。



「優希、ありがとう」

「うんっ」

「けど、優希がこんなに濡れて持って来てくれたとして、このせいで優希が風邪ひいたら俺は素直に喜べないよ」



濡れた髪を拭いていた手拭いは、どんどん湿気を含んで手の中でまとわりつくようになってきた。髪を拭いていたことにより、手拭いから覗く優希はキョトンとした表情で俺を見上げていて、その目があまりにもまっすぐできれいだった。



「りん、うれしくない…?」

「優希が風邪引いちゃうがもしれないからな」

「…ごめんなさい」



やっと俺の気持ちが伝わったのか、見るからにしょげた様子になる優希は伏せ目がちに顔を俯かせて素直に謝罪を口にする。あぁ、そう言う風にさせたい訳でもないんだけどな…。




「優希はもっと自分のことも気にかけて」

「ん…」



別にイヤじゃない、こんなにも気にかけてもらえて嬉しいんだ。だけど、そのせいで優希が自分を蔑ろにしてるのを見るのもイヤだ。本人はそんなつもりはないのかもしれないけれど、やっぱり見ていて全てがいい気分にはなれない。



「りんがお務めがんばってるから…」

「うん」

「あたしにできることしたくて」

「うん」

「母様がまた作るって言ってたから、あたしもお手伝いしたの早く渡したくて」

「そっか、ありがとな」



段々と小さくなる優希のように声まで小さくなってしまった。それが逆にかわいそうに思えて、泣かせたい訳でもなかった俺は優希のまだ湿り気のある髪の毛を撫でてやる。


「…くちゅんっ」

「ほらな」



小さなくしゃみをした優希。俺はだいぶ濡れた手拭いを持って立ち上がる。突然立ち上がったことに驚いたのか、優希は少しだけ不安そうに俺を見上げるもんだから、怒ってないよと伝えたくて笑みを浮かべる。



「俺の羽織持ってくるから、風邪ひかないようにしよう」

「…ん」

「それで、優希が持って来てくれたの一緒に食べよ」

「たべるっ」



優希は安心したように、えへへとまた笑った。外は雨でもこの笑顔だけで俺の周りは晴れやかになる。


つまらないと思っていた感情もまるでなかったかのように。

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