ハリポタ | ナノ

巻き込まれ逃亡劇  




さっきので今日の授業はお終い。使っていた教科書を束ねて、教室を後にする。一緒に授業を受けていた同級生たちがゾロゾロと廊下に流れ出て、私たちもその波に乗り移動する。


「ナマエ、この後どうするの?」
「あたしはちょっと弟のところに行こうかなって」


ザワザワする中、一緒に歩くナマエにこの後の予定を尋ねてみる。あたしより少し背丈の低いナマエは大切な友達だ。綺麗な黒髪に漆黒の瞳、控えめで努力家。慣れない国で頑張ってる姿はとても素敵だと思う。ナマエは一人で抱え込みやすい性格をしているから、こうやって日常的な会話で無理をしていないかとか、本人にバレないように聞いたりしている。


「あら、そうなの。何かあったの?」
「大したことじゃないんだけど、」


ナマエの話は好き。自分にはない新鮮な話を聞けるから。賑やかな廊下を移動しながら、ナマエの声に耳を傾けていれば当然周りのみんなの雰囲気が一変する。


周りにいた人間たちは立ち止まり、上を見ている様子。何があったのか、私もつられて立ち止まり上を見上げたら、横にいたナマエも一緒になって立ち止まったのがわかる。上の方が何だか騒がしい様子。だけど、何かが見えるわけではない。目を凝らして見るけれどやっぱり何も見えないし、みんなは何を思って見上げてるんだろうと思っていれば、上から唐突に聞こえたのはフィルチの怒声だった。


何を言ったかまでは聞き取れないけれど、あれは絶対にフィルチの怒声である、確信はある。だってあんな風に怒鳴る人、他にいないもの。では、何故フィルチが怒鳴っているのか。


もしかして、と思った瞬間だった。


上空から、黒い何かが視界に入る。遠目にあることと上の明るさのせいで、何かが何なのかは判断つかない。けれどその何かは段々と大きくなっていくし、なんならフィルチの怒声にかき消されていたのか、わからなかったけれど複数人の声が聞こえてきたじゃない。


この声はどこから?上から?なんて言ってるのか、耳を澄ませて変わらずずっと上を見上げてて、「いぇええええええい!!!」と楽しそうな声だと理解をし、その声がしかもポッターたちのものだと判断できた時には上からポッターたちが降ってきたではないか。箒に跨っているから、降ってきたんじゃない、降りてきたのだろう。現状の理解だけをして彼らの行動に対して感情がまだはっきりとしない頃、彼らは私たちの横を過ぎる。



「また何かをやったのかしら…?!」



現状理解と共に彼らの行動に対してやっと自分の感情が出てきた頃、隣にいたナマエに同意を求めるように言い放った言葉。ホント信じられない!いつもいつも騒ぎを起こして!そう思って、ナマエに意見を求めようと思った私だったけど、私は再び驚かされる。


だって今し方、ずっと横にいたナマエが忽然と姿を消していたのだから。














気持ち悪い、不快的な意味ではなく、どちらかというと乗り物酔い的な意味合い。突然反転した視界と突然引っ張られた感覚の後、自分の意思に反して猛スピードで体が揺さぶられながら移動していた。とりあえず目の前のものにギュッと掴んで目を閉じるけれど、訳が分からず動き、浮遊する体。意図しない現実のせいで三半規管がおかしくなったと思った。



「ここまで来ればフィルチも来ねぇだろ」
「いやー!傑作だったね!って、シリウス、いつのまにナマエを連れてきたんだい?」
「さっき見つけたから連れてきた」



やっと動きが止まった頃、あたしの頭はクラクラしていてやっぱり酔ってるような気持ち悪さが体を襲う。目が開けられず、しがみついたものに寄りかかっていれば、頭上から聞こえてきたのは聞き慣れたシリウスとジェームズの声。気持ち悪い、目が回る、連れてきたってどういうことだろう、と思いつつ、薄らと視界を開けばまず映ったのはカッターシャツ。そして、そのまま上に視線をずらせばすぐそこにはシリウスがいた。



「ナマエ、大丈夫か?」



突然の浮遊感、高速移動、なんならグルグルとされたことにより気持ち悪くなってしまったあたしは多分酷い顔をしているはず。あたしの様子を見るなり、シリウスは心配そうに顔を覗き込んできた、軽く頬にキスを一つ落として。


「きもちわるい…」
「ナマエ可哀想に。シリウスに見つかっちゃって」
「あ?どういう意味だよっ」


素直に今の気持ちを答えれば、ジェームズがわざとらしい声でシリウスを咎める。ジェームズに言われたのが面白くないのか、シリウスは少しだけ声が不機嫌そう、そしてあたしのことをギュッとするのがわかった。



「フィルチから逃げるのに巻き込むのは良くないってことさ」
「…うるっせぇな」



二人のやりとりを聞き流しながら、やっと気持ち悪いのが落ち着いてきて、頭を軽く左右に振る。シリウスに「もっと気持ち悪くなんだろ」って止められたけど、さっきよりはだいぶ楽なことには間違いない。



「だいじょ、ぶ」



全然説得力ないけれど、本当だ。さっきに比べれば良くなった方である。次こそ覚醒した意識で、そういえばあたしは教室からの移動途中だったことを思い出し、いろんなものをどうしたっけと思って手元を見れば、無我夢中だったんだろう。しがみついていた腕の中、あたしとシリウスに挟まれた教科書類がちゃんとあってホッとする。あとは、問題はリリーだ。一緒にいたリリーが心配してない訳がない。


シリウスの腕から出て、自立しようと試みたけれど、それは呆気なく阻止される。


「やっべ、フィルチの野郎来やがった」


さっきからの会話でずっと聞き流していたけれど、どうやら二人はフィルチから逃げていたみたい。あたしの位置からは何も見えないけれど、確かにフィルチの怒声が反響して聞こえてくる。シリウスに再び抱き抱えられて、ジェームズと何やら二人で話しているけれど、あたしには今完全に二人のやらかした事に巻き込まれている事しかわからなかった。



「ナマエ、また移動すっけど良いか?」
「う、ん」



シリウスが優しく問いかける。ダメという選択肢はなかった。だってこのままでは意味もなくあたしも罰を受けかねないし、まず二人が何をやらかしたのかも知らないからそれは勘弁してほしい。シリウスのシャツをギュッと掴んで頷けば、優しい声色で「いい子だ」と言うもんだから、不覚にもドキッとしてしまった。



結局あれから、シリウスとジェームズは二手に分かれて逃げる選択をしたらしい。あたしはシリウスに抱えられながら箒で移動して、やってきたのは湖の辺りだった。まさか外まで逃げるとは。次は安全運転であたしに配慮した移動をしてくれて、降りる時もゆっくりとしてくれたシリウスの気遣いに感謝しつつも、元はと言えばシリウスのせいでもあるのだけれど。ここまで逃げなければならないなんて、本当に二人は何をしたのだろう。




「ごめんな」
「うん…?」



外の空気は美味しかった。芝生に足をつけて、座り込む。周りにはあまり人もいないから、静かだし、ここで休めばちゃんと体も休まりそう。だいぶ良くなった気持ち悪さももう暫くすれば完全に治るだろう。自分の中で自己解決していたから、突然シリウスの謝罪が何を指してのことか分からず、思わず聞き返してしまう。



「ジェームズの言うとおり、突然巻き込んで悪かった」


シリウスは罰が悪そうにあたしを見つめるから、多分今シリウスが犬の姿だったら絶対耳は垂れてると思う。シリウスはあたしに対してはとても素直、というか素直になろうとしているのがわかる。ずっと突っ張って生きてきたからこそ、彼の中での強い意志とか考え方があるのもわかるけど、シリウスに告白されて付き合うようになってから、シリウスは凄くあたしに合わせようとしてくれるのがわかる。合わせるという言い方も合ってるのかわからないけれど、異国で育ったあたしへの理解を深めようとしてくれているのだろう。あたしが気難しい性格をしているにも関わらず、凄く大切にしようとしてくれることもわかるし、あのシリウスがここまで柔らかくなるなんて、とジェームズは良く言ってたものだ。リリーは未だに信じられない顔をする。



「ビックリしたけど、大丈夫」


シリウスがあまりにも申し訳なさそうにするから、これを許さない訳がない。そりゃ、突然攫われてジェットコースターのようにグルグルと回転しながらも移動させられたら、気持ちの整理も理解もできずにいたけれど、決して怒ったわけではない。相変わらずの二人にはちょっと呆れたけれど、シリウスが楽しそうにしてるならいいかなって思ってしまうあたしも完全に盲目だろう。




「この後はどうするの?」
「なーんも。フィルチを撒くつもりだったからな、適当に寮に戻るさ」



シリウスはそう言って芝生にゴロンと寝転んでしまった。肌を掠めるそよ風が心地よく、シリウスのサラサラな黒髪が揺れる。



「…ナマエは何かあったのか?」
「ちょっと、弟のところ行こうと思ってたんだけどね」
「…わりぃ」



あたしの視線を感じて閉じていた瞳がこちらを捉える。グレーの瞳と目が合い、あたしはさっきまでしようと思ってたことを呟けば再びシリウスが申し訳なさそうに謝った。ふふっ、謝るならばやらなければ良いのに。そう思った言葉を飲み込んで、あたしもゴロンとシリウスの横に寝転び寄り添う。



「たいした用事があったわけでもないから、良いよ」
「そうか」
「うん、シリウスと一緒にいれる方が嬉しいから」



さっきまでピッタリとくっついていたはずだけれど、改めて寄り添って思うのはシリウスの傍が落ち着くということだ。あんだけ気持ち悪いと思っていたのは、移動の仕方のせいであって、実際に安全運転でいればシリウスの懐はとても心地よい。安心できるし、気張ることなく、むしろ気が抜ける場所。安定したリズムだけれど、少しだけ早まる鼓動とか、シリウスも緊張してるのかなって思ったりもして。あのシリウスがあたしでこんな風に思ってくれるのか、と感じられて心が躍るのは言わないけれど。



「あ、でも、ちょっと許すのやめようかな」
「は?」


冷静になって改めて考えを直してみて、行き着いた答え。今まで大丈夫、良いのを繰り返したけれど一回取りやめにしようかな。と思ったのはちょっとした悪戯心。突然の許すことを取り下げる言葉にシリウスはびっくりして声が上擦っていた。思わず噴き出しそうになったけど、頑張ってそれを堪えてシリウスを見つめる。



「酔って疲れちゃったから、アニマルセラピーを所望します」
「…つまり?」
「シリウスが犬の姿になってくれたら許してあげる」



シリウスに所望したのは黒犬の姿になること。あたしと悪戯仕掛人しか知らない秘密。ここには周りに人影もないし、周りを気にせずなっても問題ないはず。本来ならリーマスのためになるものだけれど、こんな日があったって良いだろう。シリウスは何を言われるんだろうって表情をしていたから、あたしの言葉に面食らったように目を見開いて固まってしまった。そしてシリウスは無言のまま何かを考えたあと、周りを確認すると犬の姿へ。



「ふふっ、もふもふ」



大人しくおすわりをしている犬の姿のシリウスを撫でる。犬の姿になっても中身はシリウスなのは理解している。だけど、犬になってしまえば喋れないし、もしここで誰か来てもあたしはただ単に犬と遊んでるだけの人。なので、思いっきり堪能したって構わないはず。シリウスのなんとも言えない目は見て見ぬふり。


「かわいいっ」


本当に不本意だろうけど、我慢してほしい。シリウスの頭を顎を撫でて、肉球をぷにぷに触って。おでこをくっつけて、ふわふわの毛並みを楽しんで。シリウスから触れられないことをいい事に好き放題やっていれば、ペロリと唇を舐められた。



「…シリウス、ちょっとお昼寝しよっか」



もちろんその姿のままで。



そう言ったら、シリウスの耳が案の定垂れてしまってあたしは噴き出した。


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