ハリポタ | ナノ

静寂に潜む  





「アキラ」


俺の名前を呼ぶ声がする。


「アキラ」


優しい声。



懐かしく感じる女性の声を俺は知っている。



懐かしく、優しさを感じるのに聞き覚えのある声を俺はどこか冷めた感覚で受け止めてしまう。仕方ないだろう、だってこの声は今俺の夢の中で聞こえるんだから。浮上した意識を覚醒すべく重く閉ざされていた瞼を上げれば見慣れた部屋が視界に入ってくる。まだ寝ぼけた意識と重さが残る瞼を起こすために何度か瞬きを繰り返してみるが、なかなか覚醒しきれず一度は枕に顔を埋めた。




あれから暫くして、自分自身を奮い立たせ上体を起こす。部屋から出ていつものように移動したのは我が家のリビング。人気もなければ、部屋の中は静寂に包まれている。微かに聞こえてくるのは外で鳴いてる鳥のものだろうか。カーテンの隙間から溢れる陽の光。俺はそのカーテンを開けようかと見つめてみたが、ただなんとなくという理由でやめた。そしてそのまま洗面所に向かい、顔を洗うことにする。



顔を洗い、着替えも済ませたことによってだいぶ意識も覚醒してきた。冷蔵庫から適当に飲み物と卵を3個取り出して、フライパンをコンロにセット。卵は目玉焼き、それから食パンをトーストにして一人朝食を始める。


テレビはつけていない。


ただ一人でする朝食のこの時間、俺は決まって見ているものがある。


俺が今座っているテーブルに置かれた一つの写真立て。写真の中には小さな赤ちゃんを抱っこして幸せそうにはにかむ女性が写っている。赤ちゃんも写真に見えるように抱えている腕を傾けたり、頬にキスしたり。この女性がすごくこの子供を愛しているのは一目瞭然だった。



「…ごちそうさまでした」




誰もいないのに、つい呟いてしまうのはこの女性の写真があるからなのか。俺は空になった皿を重ねて流しに持っていく。ちなみに俺が食べていたテーブルには、俺が先程準備したもう一食分の朝食が並んだままだった。












自室とはまた別の部屋の前に立って、軽く扉をノックするが音沙汰はない。いつもの事ながら、いつもの事だからこそ自然と漏れるため息。


「…父さん、朝!起きて」


部屋の中にある大きなベッド。昔聞いたらクイーンサイズらしい。大きなサイズ感に似合わず、ベッドに寝転ぶ影は一人分。俺は軽く揺さぶって起床を促せば、条件反射のように寝ぼけた声が漏れ出す。



「父さん、いい加減起きてほしいんだけど、朝飯作ってあるから」
「…ん」



全く、動く気配がない。朝が弱いのはいつもの事だけど、さすがに勘弁してほしい。これもまたいつもの事だからこそ、俺は再びため息をついた。






リビングでソファーに腰掛け、テレビを適当に眺めていれば、廊下から物音がする。あれから暫くしてからのことだ。やっと起きたらしく、水道の水が流れる音がするから、今は多分顔でも洗ってるんだろうな。



「…おはよう、アキラ」
「おそよう、父さん」



数分後、リビングにやってきた父さんは大きなあくびを噛み締めてダラダラとしているもんだから、少しだけ意地悪く返してやった。俺の準備していた朝食の並ぶテーブルの前にいき、一人静かに食し始める。全く、この流れを日常茶飯事的に繰り返しているわけだが、ふと思う。どっちが親なんだか…と。内容の入ってこないテレビを見ながら、チラリと視線をずらせばまだ覚めきってない表情で日刊預言者新聞を読んでいる。伸び切った髭にボサボサの髪の毛。まあ、この家にいるのは他に俺だけだし、顔は洗ったようだから良いとして。



父さんは息子の俺が見ても、そこそこの見た目だと思う。今でこそ、ダラシない見た目だが今日は休みの日だからな。しかも職種は魔法省、闇祓いだ。家系は有名らしいけど、父さん自身が親と絶縁してるから、そんなのどうでもいい。



「父さん、ご飯食べたら支度して。今日はリーマスのところに行くんだろ」
「…あぁ、そうだったな」



俺も父さんも不仲ってわけではない、ただ口数が多くないだけ。静かな家の中もいつものこと過ぎて俺はあまり気にしてないけれど、父さんは何か思うことがあるみたいだ。前に父さんが何を吹き込んだのか、探りを入れたのかわからないけらど、ハリーがぎこちない口ぶりで何かを言ってきたけれど、残念ながら俺にはその真意が分からず有耶無耶になってしまった。



「おじさんから送られてきたお菓子も持っていって良いかな」
「アキラの好きにして良い」
「そう」



父さんがお菓子を食べることはないけれど、一応断りを入れようと思って聞いただけのこと。そっけないようにも取れる言葉は、仕方ない。だって父さんは甘いものが苦手だから、どうせ食べるのは俺だけ。なのに、おじさんは俺に大量のお菓子をくれる。この食べきれないほどのお菓子がリーマスのところに渡るのまで見越してるのかもしれない。



「じゃあ、これ持って行こう」
「アキラ…、それは多過ぎないか」
「そんなことないって。リーマスならペロリだよ」
「まあ…そうか」



父さんの方がリーマスとの付き合いが長いというのに。たしかに嵩張るものが多いせいで、荷物は多く見えるがリーマスは絶対喜んでくれる。どうせ家にあっても消化しきれないんだから良いんだ。お菓子を食べない父さんからすれば信じられない光景で、見てるだけでも少し気持ち悪そうにも見える。


洗い物をして、片付けを済ませ、お互いに身支度を整えて出かける準備完了。今一度、忘れ物はないかと確認のためにリビングの中をぐるりと一周目配せをする。






「ナマエ、行ってくるな」



父さんはテーブルの写真を手に取り、確かにそう呟いた。俺と二人の時には見せない優しい表情。いや、この言い方だと語弊がある。何度も言うが、俺と父さんは別に仲違いしてはいないし、関係も普通に良好だと思う。ただ、俺も父さんも感情をすごい出すわけじゃないから、身近で言うならばハリーのところは本当にいつだって賑やかだなって思わずにはいられない。

それぐらい普段俺と二人では寡黙な父さんが、写真に向けて微笑む姿を見て、いつの日だったか、ジェームズやリリーが寂しそうな表情をして見ていたの思い出す。




「アキラ、シリウスはすごくナマエを愛していたの」




幼いながらに聞かされた話は理解しているようで理解してないような感じだったけど、今ならわかる。




「父さん、行こう」
「あぁ」
「行ってきます、母さん」



俺の父、シリウス・ブラックは、俺の母であるナマエ・ブラックを心から大切に愛していたこと。だから、この世に俺が生まれてきたと言うことだ。


母さんに挨拶をして、リビングを出ると同時に父さんが杖を一振りしたことによって部屋の明かりが消える。薄暗い中で見える写真の中の母さんが俺たちに向かっていってらっしゃいと微笑んだ気がした。



どんなに見つめても、話しかけても声はない。


触れてもそれはただの無機質な写真。



動いている母さんは写真の中の昔の姿。



幼い俺を幸せそうに抱えている。



母さんは大切なものを守って亡くなった。


だから、俺は前を向かなきゃいけない。


母さんがそう願ってくれたから。


アキラ・ブラック。



それが俺の名前だ。


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