※リーマス視点
図書室にいる時だった。本を広げて読書をしていた僕。一冊の本を読み終えて、ふと息を吐き出す。さて、次はどうしようかな、と思っていた時近くにいた他の生徒の話し声が耳に入ってきた。
「ねえ、見れたって本当?」
「本当!すっごい可愛かったんだから」
他愛もない会話。うるさくなく、コソコソと声を潜めての会話だし、内容もただの雑多。マダムにバレなければ良いかな、程度の認識だった。
「黒い犬がね、丸まって寝てる黒猫にずっと寄り添ってて寝てるの」
この会話を聞くまでは。
「たまに黒猫の毛繕いなのか、自分の鼻で整えててあげててね、見てて癒されたわ」
「犬の方が大きいんでしょう?」
「えぇ、黒猫は普通ぐらいの綺麗な毛並みだったし、黒い犬の方が大型犬ぐらいね」
黒い犬と黒猫、この特徴を言われて思い浮かぶのは僕もよく思い知ってるあの二匹。ちょうどあの二匹も大型犬だし、黒猫の毛並みはとても美しい。
「けど、本当にダメ。近づこうとしたら、すぐ犬の方が起きちゃって」
「吠えられたの?」
「吠えはしないけど、そのまま黒猫の首根っこ咥えてどっか行っちゃったわ」
「人に懐かない黒犬と黒猫の噂、本当だったのね」
「懐かないのは犬の方かも、猫は常に寝てるもの」
ガッカリした声色。チラリと話している彼女たちを見れば、肩をすくめて残念そうな表情を浮かべている。僕はその言葉を聞いて、なるほどねと納得させられたけど、「黒猫のこと、自分の子供と思ってるっぽかった」って言う発言には噴き出しそうになった。
「迷いの森の近くに出るのは、間違いないけどね」
この言葉を聞いて、僕は図書室を後にした。
校内を移動して外に出る。広すぎる緑と眩しすぎるほどの光を注ぐ太陽に一瞬だけ目が眩んで細めた。行き先は決まっている。方向を目的の方へと切り替えて、歩み始める。
ホグワーツから離れるたびに、人気は減って辺りはどんどん緑が多い茂った景色が広がっていく。深い森、僕たちは迷いの森と呼ぶそれが見えてきて、左右を見渡してみれば少し離れたところに黒い塊を見つけた。草を踏み込んで歩くたびに、ザッザッとなる足音。元より、コソコソと来たつもりはないため、気にしてはいなかったけど、茂みを踏む音が届いたようだ。丸まって寝ていた黒い犬の方の耳がピクリと動いて閉じていた瞼が開く。話によれば近寄る仕草を見せれば、黒犬はこの後場所を移動してしまう、ということだったが僕のことを認識しても逃げなかった。そのまま足を止めずに歩み寄れば、遠目よりはっきりと視界に入ってきた黒犬の傍に更に小さく丸まっている黒猫。
「噂になっているよ、迷いの森のそばにいる黒い犬と猫ってね」
近づいて、そばに腰を下ろして話しかけてみる。黒犬の方がジッと僕を見つめているだけで動かない。
「黒猫のこと、自分の子供と思ってるのかなって言っていたけど、そうなのかな?」
帰ってくる返事なんてわかっていた。わかっていたけど、面白いから言葉にしたただけ。すると、心なしが黒犬はムッとした雰囲気を醸し出してソッと黒猫を動かさないように動き出す。
「んなわけねぇだろ」
「だよね、でも側からはそう見えるみたいだよ、シリウス」
黒犬のいたところに現れたのは黒い髪を靡かせたグレーの瞳、僕もよく知る親友のシリウスだ。黒犬の姿の時よりも露骨にムスッとした雰囲気を表情にまで出しながらそこに座り込む。
「何しに来たんだよ、リーマスは」
「うん、面白い話も聞いたから伝えようなかって思って来ただけだよ」
「…そうかよ」
シリウスの腕の中にはスヤスヤと眠る黒猫。こんなに僕たちが話していても気にしないこの黒猫をシリウスは優しく撫でてやると気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
「ぐっすり寝てるね」
「まあな」
「僕も撫でて良いかな?」
「ふざけんな」
「冗談なのに」
シリウスはわかりやすいよね。ナマエのことになるといつだってそうだ。今だって、ドスの効いた声で僕をキッとした瞳で見てくる。全く、冗談だと言うのに全部真に受けるんだから。その余裕のなさが面白くて、ついね。
「ゆっくりしてたのによ」
「どうせまたシリウスのせいだと思うんだけどね」
「うるせぇな」
まるで僕が悪いみたいだね。でも違うでしょ、僕は何もしていない。確かに二人がのんびりしているところにやってきたけどさ。全く、健全な年頃なのはわかるけど、ナマエも大変だよね。
「コイツは俺のだから」
「知ってるよ」
そう言って黒猫をギュッと抱きしめて顔を埋めるシリウス。さすがの彼女も気づいたのだろう、くすぐったそうに身を捩ったあと閉じていた瞼を上げてシリウスを見つめる。
「あんまり目立つとバレちゃうよ」
「俺がそんなヘマはしねぇよ」
「現に噂になってるから、一応注意しなね」
シリウスは黒猫を抱えたまま、めんどくさそうに頭を掻きながらわかったよ…と呟く。黒猫をそっと地面に下ろしたシリウスは周りを見渡して人がいないことを確認すると再び黒犬へと姿を戻す。ミャアと黒猫が一鳴きすればシリウスが黒猫の顔に自分の鼻を擦り付けてじゃれあい始める。普通にしていれば動物たちの戯れにしか見えないんだけどね、普通じゃないから素直にそうは見えずに苦笑いが自然と溢れる。
「じゃあ、僕は寮に戻るから気をつけてね、シリウス、ナマエ」
ホグワーツの噂、
迷いの森の近くで見かける黒い犬と黒猫の話。
仲睦まじく寄り添って昼寝をする二匹、黒い犬が黒猫を守るように寄り添って寝ている、人を誰も近づけないって話だ。
まるで、黒い犬が黒猫の親のつもりではないか、という話だけど訂正しよう。
黒い犬は黒猫の番犬だ、ってね。
二匹は種類こそ異なるけれど、そこにあるのは純粋な愛だってことだ。
まあ、僕たちはいつだって近くでそれを本来の姿でたくさん見てるんだけどね。
ジェームズが知ったらそれこそ嫌がりそうだから、もう少しバレないように僕の口からは黙っていてあげよう。