高校には行ったけど、思い入れなんてほとんどない。必要最低限で卒業できるように過ごして、ほとんどをバイトとバンドで過ごしてきた。だから、楽しい、煌びやかな青春時代とか無縁だったなと思う。まだあの人がいたなら、そんなことも思わなかったんだろうけど、いくらそんなことを考えたって過去は戻らなければ、過去はやり直せないんだ。
「ドラムとベースはリズム隊って言って、バンドの軸。ドラムがいなければテンポは掴めないしベースがなければビートが分からない」
「ふむ、テンポ、ビートとはなんだい?」
「テンポは速さ。ビートは拍子。手拍子するとわかりやすいけど、力の強弱があって手拍子するこの音とかをビートって言うんだよ」
だからメロディーを担うギターだけじゃ音は出せないし、ベースとドラムがあるから旋律が奏でられるって訳。と説明をすれば、天城弟は分かったのか分かってないのか、あんまり分からないけど、理解した!とにこやかに言葉を返す。
天城弟の質問により、今日はバンドの役割について説明をすることに。何故か天城弟はカタカナ言葉も疎くて、説明するのにも苦労する。どの言い回しなら通じるのか話してみなきゃ判らないからだ。しかし、まあなんとか伝わっているなら、良いのだけれど。
「僕たちアイドルも楽器の演奏があって歌って踊れるんだけど、そういう役割があったんだね」
バンドに興味を持ってもらえるのは純粋に嬉しい。バンドはボーカルだけじゃなくて楽器のそれぞれも主役になれるから。言葉を使わないで人に音でカタチを届けることができる。そこがバンドの良さだと思う。
「愛生の説明はとてもわかりやすいよ」
「…そう」
「ウム!この前はギターについて知れたし、今日もバンドについて知ることができたからね!」
本当に何を説明しても、素直に興味を持って聞いてくれる天城弟は説明する身としても、気分がいい。
ウンウン頷く天城弟を横目に、ペットボトルのキャップを捻って水分を摂る。喉から流れる水分はずっと話していたことにより乾いた喉を潤わせてくれる。
「そういえば、愛生」
何かを思い出したように口を開く天城弟。何か、また気になる点でも出てきたのだろう。次は何の質問なんだか…と思っていれば、次の言葉に自分だけが時が止まったように感じる。
「なんで愛生は、バンドをやり始めたんだい?」
塞いでいた記憶の扉を叩かれる。
開けたくないと塞ぎ込んでいた記憶。
違う、忘れてはいけないと思った記憶。
天城弟は何も知らない、何も知らないで聞いてきてるんだ。
けど、
「…天城弟には関係ない」
自分から出た言葉はびっくりするぐらい冷たく冷めたものだった。まさかこんな言葉が出てくると思わなかったであろう天城弟も目をパチクリとさせながら、こちらを見つめてくる。その視線があまりにも居た堪れなくて、居心地が悪く感じ、黙ったままその場を後にした。
逃げ出したんだ
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