音楽が好きだ、どんな形でも奏でる音は人に影響を与える。
笑顔だっていい
幸せだっていい
共感だっていい
誰かの糧になるのも
誰かの勇気になるのも
誰かの支えになるのも
音楽の力だと思う。
言葉ではうまく伝えられないことだって、音に乗せて奏でて届けられる。
いつものようにライブハウスでのライブを終えて、愛用のストラトギターをケースにしまい肩にかける。黒いキャップを深く被り、黒いパーカーに身を包んで扉を開ければ、生ぬるいなんとも言えない外気が地上に続く階段より降りてくる。
一段一段、履き慣れたスニーカーでゆっくりと上がれば、見慣れた地上の景色に輝くネオン。まだ遅い時間ではないため、人通りもそこそこだ。
「愛生、聞いたか?」
「一体なんの話」
「MDMのこと」
気づけば、横には捺生がいてスマホの画面を見ながら歩いている。口にするのは、最近話題になっていたMDMのこと。ALKALOIDとCrazy:Bというユニットがいろいろあった話は、音楽界隈であれば嫌でも耳に入る話であり、ネットでもかなりホットなワードだ。
「知ってるも何も…」
*
「君、ライブに出ていたね」
それは突然だった。いつものように、相棒を肩に背負って歩いていたら声をかけられた。チラリと視線を送れば、見たことのある赤い髪にまず目が止まる。見慣れたそれは髪の色だけで、この顔は見慣れないものだった。
「君はバンドというものをしているのだろう?」
にこにこと浮かべるこの笑みも知らない。人畜無害という言葉がぴったりの彼は、普段見慣れたアイツからは絶対連想されないものだった。
「…どちら様」
「僕は天城一彩って言うんだ!先日、兄さんに連れられてバンドのライブってものを観たんだ!そこに君がいたのを覚えているよ!」
「天城」「兄さん」その二つの言葉で、納得した。どうやら彼は、あの天城の弟らしい。あんな兄にして、こんな弟ができるとはやっぱり兄弟はわからないものだ。
「そう」
「ウム!アイドルとは違った熱量があってとても興奮したよ!」
「それは良かった」
それじゃあ、と立ち去ろうとしたのにも関わらず、気づけば相棒をかけていない方の腕が引っ張られる。見れば天城弟に腕を掴まれていて、思わず眉間に皺を寄せずにはいられない。
「なに…」
「なんで君はそんなにも浮かない表情をしてるんだい?」
「元々こんな顔なんで」
「けど、ライブの時の君はかっこよかったよ」
思わず息を飲む。初対面なのに何を言ってるんだろう、と思った。
「ライブの時も君は笑ったりしてなかったけど、音を奏でる姿はとても熱量があって、何かを伝えようとしていて、とても惹き込まれるものがあった」
「何、言って」
「僕はアイドルだ、人を笑顔にするために歌い、踊る。しかしバンドのライブというものは、僕たちアイドルと同じ音楽で歌うのに、笑顔じゃなくてもみんなを魅了していた。僕も惹き込まれた、もっと知りたいと思ったんだ」
驚いた、あまりにもストレートに投げつけられる言葉に。面食らって言葉を失う。それでも彼は、こちらの反応なんて知ってか知らずか話すことをやめない。
「僕は君が知りたいんだ!」
バンドの世界にいて、音楽家は変わり者の集う場所だと思っていた。しかし、今まで以上に変わった奴が出てきたと思った。キラキラとした眩しい笑顔。自分にはない輝きと眩さ。普段なら、シカトをするか冷たくあしらってしまうのに、何故だろう。不思議と目が離せなくて、
「君の名前を教えてほしいな」
「…愛生」
気づけば名乗っていた。
これが天城一彩との出会い。
出会い
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