我儘お嬢のお気に入りは近所の長子女 | ナノ
かっこいい豹馬とかわいい豹馬、こんなのモテないわけがない

小学生になってからちょっとだけ余所余所しくなってしまった豹馬。あぁ、このまま距離を置かれるのかなぁと思っていたけれど、お使いで豹馬の家に行った日に豹馬と話す機会ができて、嬉しいことに気付けばまた話ができるようになっていた。

だから豹馬の家でおばさんが買ってあったというかりんとう饅頭を出してくれたので、ちゃっかりお茶も頂いて二人で一緒におやつの時間。モグモグと食べながら「おいしいね」と声をかければ「うん」と返してくれる。



「澪ちゃん」
「どうしたの?」


口の中に広がるあんこ特有の甘さをリセットするためにお茶に口をつけていたら、豹馬が神妙な面持ちであたしを見つめる。何か意味がありげそうなその表情に、あたしは豹馬が少しでも吐き出しやすいように表情を柔らかくすることを意識して次の言葉を待つ。


「澪ちゃんは告白したことある?」
「え?」


予想外の言葉に思わず聞き返してしまった。聞き間違い?と思って言われた言葉を何度も脳で理解しようとしていたら痺れを切らしたらしい豹馬が再度「告白したことあるの?」と聞いてくる。


「な、い…けど、どうしたの突然」


あたしの無言があると判断したのだろうか、豹馬の表情はスッキリしないものだったけれど、否定を口にしたら豹馬の表情が心なしか柔らかくなった気がする。


「澪ちゃんは告白するほど好きな人いないってこと?」
「ん、んん?え、豹馬、誰かに告白したいの?」
「ちがう」


あまりにも話が読めない。あと一口分残っているかりんとう饅頭、手にしたままだけどそれどころではない。豹馬、ついに好きな人でもできた?え?って思ってたらバッサリ否定されてしまう。じゃあ、なんで?



「…おれ、こくはくされた」
「え?!?!」


と思ってたら、あっさり教えてくれたけど、これまたびっくり。思わず大きな声が出てしまったけれど、豹馬も驚いた様子もなくお茶を啜ってる。


「誰に誰に?」
「クラスの子」
「うそ?!え、返事は…?」
「全員振った」
「そっかあ…」


あたしは素直に納得しかけて、残りのかりんとう饅頭を口にしようとしたけれど、返ってきた言葉に違和感を覚えたあたしは豹馬を再度見つめる。


「全員?」
「うん、クラスの半分ぐらいの女子に告白された」
「は、?!んぶ…」


ギョッとした。豹馬は涼しい顔してクラスの半分と確かに言った。豹馬は昔から可愛かった。とにかく可愛い、その言葉に尽きる。その上サッカーまで始めちゃって、これはモテるだろうなと思っていたけれど、予想を遥かに超えるものだ。クラスの半分に告白されたってどんな現状なのか予想できず言葉も詰まる。そっか、豹馬かわいいもんな…わかる。わかるけど、えっ、クラスの半分…とはまーた罪な男だな…、うちの学年でもそんな話聞いたことないよ…。


「豹馬、かっこいいってモテるんだろうな」


もし、豹馬が同級生だったら、かっこいいって思って好きになっちゃう気持ちはすごくわかる。あたしは小さい頃からの豹馬を知っているから、可愛いって気持ちが先行してしまうけれど、普通に同級生としてクラスメイトでいたら、毎日見かけて接点があって恋に落ちる瞬間はいくらでもあるだろう。


「おれ、かっこいい?」


ぼやいたあたしの言葉を豹馬が復唱することを今まで疑問に思ったことはなかったはずなのに、今回は何か違う。豹馬の食いつきと、あたしを見つめる目が幼い頃のそれとは明らかに違っていて鋭さがあり、豹馬には言えないけれど、怖気付くというべきか、圧倒されるとも取れる感情が一瞬でも芽生えてしまった。


「え、うん、かっこいいと思うよ、豹馬は足速いし、サッカーも上手だし」
「でも澪ちゃん、試合には見にきたことない」
「あはは、だから今度行くって約束したじゃん」
「早く見せたい」
「あたしも豹馬のかっこいいところ早く見たいな」
「澪ちゃん来て」
「え、ちょっと!」


もう強制的だった。突然、腕を引っ張られたせいで結局食べかけのかりんとう饅頭を持ったまま、バタバタと千切家の中を移動させられる。引っ張られて連れて来られたのはおばさんのところ。今すぐにでも聞いて行ける確約を取れってことかな、と解釈したあたしはおばさんに声をかける。すると「いいの?ぜひ来てほしいわ」と快く了承してくれた。嬉しくて勢いよく「ありがとうございます!」って返しちゃったし、久々に豹馬が後ろからだけど抱きついて来て「おれのこと、ちゃんとみてて!」って念押しするから、「もちろん!」と元気よくお返事してあげた。



◆◆◆



外での試合だからおばさんのアドバイスの元、水分持参、日差し対策で日焼け止めは塗ったし帽子もオッケー。試合が行われると言われたグラウンドに来てみれば、たくさんのサッカーをやっている男の子たちがいて、みーんな豹馬と同じ仲間かぁ…と感心してしまう。正直、こういうのって部活動ぐらいでしか同じことをしている集団を見ないから、クラブ的なところの活動は新鮮だった。やることは同じサッカーであっても、年齢層も違えば周りに観に来ている保護者がいるという点も違う。部活の場合は練習風景しか見れないから、こんな風に人がいること自体新鮮。


「あ、ひょーま!」


そして、ユニフォームを着ている豹馬を見るのも新鮮だった。たまに見かけたことのある練習着とは違い、試合のためのユニフォーム。豹馬のそれには大きく目立つようにプリントされている9の文字。これが豹馬の番号だと、脳みそにあたしは何度も繰り返し暗唱をして刻み込む。一度だけ、試合が始まる前に豹馬と目が合った。思わずいつものノリでニコニコ手を振ってしまったけれど、やってからまずったと顔が引き攣る。豹馬はこれから試合であり、真剣な時なのにニコニコと浮かれて手を振るなんて、しかも周りにはチームメイトの子たちもいるわけで、見ず知らずの明らかに血縁者ではないあたしがこんなことしたら、豹馬からしたら迷惑かもしれないし、恥ずかしいかもしれない。


だけど豹馬はそんなに高くない位置だけれど、手を上げて小さく一、二振りだけ振り返してくれた。どんなに小さくてもさりげなくでも、あたしにとっては返してくれた事実が嬉しくて、「ひょーま…!」と声を上げずにはいられない。それを見ていたおばさんが「ふふっ、よかったわね」とニコニコ同調してくれたから、更にあたしの気持ちは昂っていく。

サッカーについて詳しいルールを知らないあたしだけれど、試合を見ていて引き込まれずにはいられなかった。聞いていた話の通り、豹馬は試合中ボールを自分のものにすればあれよあれよという間に敵チームの子たちを抜かしてコート内を駆けていく。脚の速さが圧倒的に違って、名前が完全に体を表していると思ったほど。豹馬は圧倒的な素早さで人の波を掻い潜り、ボールを取られることなく敵ゴールまで蹴りながら移動する。豹馬のすごいところは速さだけではない、速さなら対して兼ね備えたボールテクニックがあるからすごいのだ。



初めての現地でのサッカー観戦はあっという間だった。もう、ひたすらに食い入るように見つめてしまって、瞬きを忘れるほど。気づいたら目が乾いてしまったし、休憩や交代のホイッスルが鳴るたびに我に返ることを繰り返していた気がする。


「ひょーま!おつかれさま〜!!!」


試合を終えてからのミーティングも終えて解散となった豹馬が来るなり、興奮の冷めやまないあたしはそのままの勢いで今日一日の敬意を払う。豹馬は試合の後だというのに、どこか落ち着いた様子ではあるけれど、いっぱいシュートを決めていたこともあり、表情はどこかご満悦だ。


「ひょーま、すっごいかっこよかった!」


試合中の豹馬の方がシュートを決めて周りが盛り上がる中、本当に嬉しそうな表情を浮かべていたし、こちらを見てピースしてくれた瞬間だってあった。その時はもう可愛い、とにかく嬉しそうな豹馬が可愛い。でも、シュートまでのグラウンドを駆け巡る姿は贔屓目なしにしてもかっこよかった。


「本当に?」
「うん、すっごいかっこよかったよ〜もう目が離せなかったもん!」


素直に聞き入れないで、本当に?って聞き直すなんてわかってて聞いてる?そうしたら、策士かな、豹馬はずるい子だなぁってなっちゃうけど、あたしは豹馬だから本音であることを熱を込めて言葉にして吐き出した。脚が早くて決める時は決める男、千切豹馬。うん、かっこいい、惚れ惚れしてしまう。同級生だったら、みんなイチコロだろう。


「じゃあ、また来てくれる?」
「もちろん〜!またいっぱい豹馬の応援する!」


フィールド上ではかっこよかった豹馬も好きだけど、上目遣いでこうやって甘え上手に聞いてくる豹馬も好きだな、さすが弟属性。わかってらっしゃる…、こんなの肯定一択。


「約束だよ」


あたしは豹馬が許してくれるのなら、次もまた喜んで来ようじゃないか、そういう気持ちでしかないから豹馬が嬉しそうにハニカム表情にギュンと心臓をさせる。
あぁ、今日はかっこいい豹馬も可愛い豹馬もいっぱい見れて幸せである。

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