我儘お嬢のお気に入りは近所の長子女 | ナノ
知らぬ間に豹馬と距離ができてしまったかもしれない

六年間通った小学校とのお別れは案外呆気なかった。というべきなのだろうか。ほぼほぼみんな一緒の中学に上がることは明確だったから泣きはしないし、それでも泣いちゃう子とか先生とかいて、あたしはつい笑っちゃった方。

そんな記憶ももう遥か彼方、って言ったら大袈裟だけど、記憶の中からすっかり薄れてしまった。

と、いうのも小学校を卒業したあたしは無事中学一年生になったから。小学校の頃とは違い、制服があって最初こそ窮屈さがあったけれど、日にちを重ねればそれも慣れてきた。見慣れなかった同級生の制服姿も、いつの間にか見慣れたものになっていたから、チグハグたった日常がそれだけ当たり前になったということなのだけれど、


学校に行く時に通る千切家の前、通るたびに家を見てしまうけれど、玄関の扉が開くこともなければ、家の前に誰かがいることもない。小六の時もだいぶすれ違いだと思っていたけれど、中学になってからそれはより一層…って感じ。


「元気かなぁ」


あたしが中学生になったということは、豹馬は小学一年生。大きな黒のランドセルを買ってもらって、嬉しそうに見せてくれたのはもう前のこと。幼稚園の制服姿から私服での登校になったし、あたしが少し前まで家を出ていたであろう時間にきっと豹馬は今出ている。あたしが中学生じゃなければ、同じ小学生ならきっと毎朝会えるチャンスはあっただろうけれど、何度も言うようにあたしは中学生。登校時間が小学校と違うし、なんなら方向だって違うから、タイミングがより一層合わなくなってしまった。だから、こうやって豹馬の家の前を通るたびに豹馬に会いたいな、って気持ちを募らせながら家を見つめるけれど、所詮独りよがり。この気持ちが豹馬に届くことはない。



この日はたまたまだった。学校が終わるのがちょっとだけ早くて、友達と寄り道しながらの帰り道。ダラダラと歩きながら学校でのこととかテレビのこととかを喋っている時、向かいからやってくるのは小学生の群れ。そっか、普段帰りには小学生を見ることがないから、この時間に帰ってる子が多いんだ…とぼんやり見つめる。小学生も一年生から六年生まであるし、学年によって帰ってくる時間も違うし、分散されてるからそうだよな〜と記憶に残った小学瀬の頃の思い出を振り返るけれど、案外薄れてしまって思い出せない。そうだっけか?と自問自答繰り返しながら、云々考えていた時、あたしは見つける。


「あ、豹馬!」


小学生の群れの中、会いたくて会いたくて、でも会えなくて悶々としていた気持ちが声に乗ったことにより、思ったよりも大きな声になってしまった。黄色いカバーをランドセルにつけてる小学一年生と主張する男の子たちの中に豹馬はいた。友達と喋りながら歩いていて、あたしが名前を呼んだから、視線があたしと交わる。幼稚園から小学生になった豹馬はちょっと大きくなった気がする雰囲気も身長も。

それでもあたしにとって豹馬は可愛い豹馬だから、久々に会えたことが嬉しくて速攻手を振る。

けど、豹馬は小さく手を上げてすぐに視線を外してしまう。

それを見たあたしは、実感した。あぁ、これが成長するということだ、と。
男の子と女の子は違う。女の子は小学生になっても変わらないけれど、男の子はやっぱり性別も違う年齢も違う、小学生に上がってしまえば環境も変わるから、昔みたいに気にせず駆け寄ってきてくれた豹馬はもういなかったことにちょっとした寂しさを覚えつつもあたしは仕方ない…と気持ちを噛み締めた。


家に帰り着いて早々、お母さんに「これ、千切さん家に持って行って」と言うもんだから、あたしは間伸びした返事で母に言われた袋を手に取る。豹馬はもう帰り着いてるよね、遊びに行っちゃったかな。もう小学生だし、会っても困っちゃうかな。とあれこれ考えてしまうし、考えがまとまる前に着いてしまった千切家の玄関。近くに住んでるんだから、すぐに着いてしまうのは当たり前で、あたしはとりあえずインターホンを一回押してみる。インターホン越しに聞こえてくる電子音としばらくして家の中から「はーい」と声がする。
玄関から顔を覗かせたのは、変わらない豹馬のお母さんだった。あたしを見るなり「澪ちゃん、こんにちは〜、どうしたの?」とニコニコ笑顔で迎えてくれる。あたしは母から持って行くように言われたものを手渡せば、ありがとうと言った後に袋の中を覗いて「まあまあ、こんなに」と笑っていた。


「澪ちゃん、制服姿も良いわね」
「ありがとうございます。そういえば、さっき豹馬と会ったんですけど、声かけても小さく手を上げてくれただけですぐにそっぽ向かれちゃったんですよね」
「そうなの?小学校に行くようになって、気恥ずかしさとか出てきちゃったかしら」


おばさんはクスクスと笑いながら、「ひょーま」と家の中に向かって声を上げる。


「澪ちゃん、来てるわよ〜」
「え、良いですよっ」
「そうー?せっかくじゃない」


本当に持ってきて帰るつもりだったから、申し訳ない。ずっと会いたかった豹馬にさっき会えたけど、会いたい気持ちとは裏腹に会えてもあんな感じなら…とまだあたしの心に受けた気持ちは晴れていない。傷付く…まではいかないし、凹むほどまでもいかないけれど、寂しさがまだ拭いきれないのだ。


「あ、来た来た」
「ひょーま…」


正直、豹馬は来てくれないと思っていたから驚き半分嬉しさ半分。おばさんの後ろから控えめに表れたのはさっき見かけたばかりの豹馬だ。無表情ながら、気配をなるべく押し殺してやってきてこんなに静かだったっけ、とあまりにもの変貌ぶりにちょっと驚きしかない。


「どうしたの?澪ちゃんよ」
「…」
「あ、制服姿が見慣れなくて緊張しちゃった?」
「え?」


おばさんも意外だったのか、豹馬に声をかけるが言葉を発してくれず。どうしたものか、と考えていたらおばさんの一言にあたしが驚いて声を上げてしまった。ちなみに豹馬は分かりやすく目を見開いておばさんを見つめていたから、もしかしてもしかすると、本当に?


「豹馬、学校楽しい?」
「…うん」


良かった…!豹馬から返事があった!ちょっと小さい声だったけど、返事がもらえたことが嬉しい。


「そっかぁ。サッカーはどう?」
「サッカースクール行くようになった」
「そうなんだ…!」


おばさんの言う通り、豹馬は照れによる緊張を覚えてたのかな。最初こそぎこちなかったけれど、あたしの方から質問を繰り返すことによって少しずつだけど雰囲気が段々丸くなり、豹馬の表情も少しずつ柔らかくなっていく。


「この前、ドリブルで他の子たち抜いてゴールしたんだ」
「ドリブルで抜いたって、」
「おれがドリブルしながら走ってゴール入れて点入れたってこと」
「えっ、それ豹馬できたの?すごいじゃん…!」


正直、サッカーは詳しいわけではない。豹馬が言った言葉を咀嚼しながら復唱してみれば、それを聞いていた豹馬が噛み砕いてくれたおかげでスッと理解することができた。その瞬間、改めて頭の中で想像してみたけれど、豹馬すごくない?!え、小学校一年生でそういうことってできるもの?すごいよね?と自問自答を繰り返しながら、隠しきれていない興奮を曝け出した状態で豹馬を見れば、ご満悦って顔。堪えてるっぽいけど、頬が締まり切れてなくって緩んでるのを堪えてる豹馬が可愛いんだけど。


「試合中の豹馬、すごいんだろうなぁ…」


あたしが知っている豹馬は普段の姿だけ。サッカーを習ってるって知っていてもその光景を見たことは一度もない。家のまえでサッカーボールを蹴ってるのを見たことあるぐらい。豹馬からいくらお話を聞いてもそれはあたしの中の想像であり妄想であり現実ではない。


「…澪ちゃん、」
「なーに?」
「澪ちゃん、見に来てよ」
「え、?」
「試合、見に来てよ」


実際いつ何処で試合がされているとかわからなければ、部外者であるあたしが行きたいと言って良いものかもわからず、例え見に行きたいと思っても…と思っていたら、まるで棚からぼた餅。豹馬の表情はあまり変わりないけれど、今の言葉は都合のいい幻聴とかではないだろうか?


「試合?」
「うん」
「見に行って良いの?」
「うん」
「…あたし家族じゃないよ?」
「おれのすごいところ見てほしい」


豹馬には相当な自信があるらしい。おれのすごいところ見てほしいって。あたしの方が身長があるから、あたしを見上げる形で真っ直ぐ見つめてくる豹馬の口から出た言葉は真剣そのものだ。家族じゃない問題は豹馬にとって関係ないらしい、そりゃそうだ。そんな事情あるのかどうかも知らないもんね。


「試合、どこでやるかわかんないんだけど」
「おしえるから、来てよ」
「本当にいいの?」
「うん」
「あたし行くの嫌じゃない?」
「いやだったら、言わない」


豹馬の言葉が純粋に嬉しい。いやなら言わない、そうだよね。ってことはやっぱり帰り道の豹馬の反応は小学生に上がったことによる精神的な成長であって、今言ってくれてることが本音だと思ったら嬉しい他ない。だって豹馬の気持ちは離れていなかったということだから安心だし嬉しいし、もうこれだけで表情が緩んでしまう。


「場所はおばさんに聞けば良いかな」
「うん」
「じゃあ、喜んで行く…!豹馬の勇姿が見たいな」
「約束」


あたしは小指を出して豹馬の小指に絡めて、ゆびきりげんまんをした。と言っても歌うのはあたしだけだけど。


「おれ、がんばるから」
「いっぱい応援するね」
「ぜったいだよっ」
「ぜったい、約束ね」


破るつもりもないけれど、約束だから。と改めて口にすれば豹馬がはにかんでくれた。あ〜豹馬が可愛い…!!本当に嫌われてなくって良かった…!

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