我儘お嬢のお気に入りは近所の長子女 | ナノ
記憶の中のお嬢はかわいい男の子なのに現実のお嬢はかっこいい男になっていた

あたしは六年生になった。小学生としての時間は一年を切っている。時間割は長くなったし、クラブ活動も委員会も始まった。必然的に帰る時間だって遅くなるようになって、あたしは以前のように会えなくなっていた。


「澪ちゃん」


もちろん、近所に住む癒しの豹馬に。だけど今日は運が良かったらしい。あたしが六年生になっているということは今の豹馬は六歳の学年のため、幼稚園で言う年長さん。本当に運が良いと幼稚園の制服を着ている豹馬が見れるんだけど、これはレア中のレア。幼稚園の制服特有の短パンに膝小僧が見えてる豹馬もこれまた私服と違ってかわいいのだけれど、今日は私服でも豹馬に会えたわけであたしも喜びのあまり思わず「ひょーま!」と呼んだら思ったより声が大きくて自分で自分に驚いてしまった。


「澪ちゃんおかえり」
「ただいま、ひょーま」


幼稚園に上がっても会えるタイミングが減っても豹馬は懐いてくれている。だから現にあたしがいつものように広げた両手の中に飛び込んできてくれるし、嬉しそうに笑いかけてくれる。おかえりって言ってくれるようになって、頬っぺたのムニムニ感は減ってしまったし、辿々しい喋り方だってしなくなってしまったし、しっかり地に足をつけて自立して歩くようになってしまったけれど、かわいいと思える豹馬は今も健在だ。


「澪ちゃん、きいて!」
「うん、何かな」
「かけっこした!」
「かけっこしたの?」
「そうだよ!それでね、さいしょにゴールしたの!」
「すごいじゃん〜!!!」


わしゃわしゃと頭を撫でて、両手で頬をウリウリとしてあげれば嬉しそうにへへっと笑う。豹馬はどうやら脚が速いらしい。らしい、っていうのは幼稚園児のためどのぐらいで走るのが平均とかわからないし、普段一緒に走ったりするわけでもない。でも、確かにみんなで外で遊ぶ時の豹馬はすばしっこかった気がする。
今日あったであろう喜ばしいことを報告してくれる豹馬の素直なかわいさに癒されていたら、「いっしょにあそぼ!」と誘われたのであたしは千切家にお邪魔することにした。


「お邪魔しまーす」
「あらあら、豹馬に付き合ってくれてありがとう」
「あたしも豹馬と遊びたいので!」
「澪ちゃんこっち」
「あ、まって」


お邪魔してすぐにおばさんに挨拶をする。けど、そんなのお構いなしに豹馬はあたしの手を引っ張るから、あたしも慌ただしく移動する。


「そういえば、サッカーの方は楽しい?」
「たのしい!」


豹馬は四歳になってからサッカーを始めたたことは知っていた。そしてサッカーに見事ハマっていることは聞いていたが、他者から聞くのと本人から聞くのは違う。実際に今も豹馬の家のリビングに飾られているサッカーボールを持っている豹馬の写真にたまたま目が留まり、尋ねてみたら意気揚々に話し出す。本当に楽しいこと、嬉しいことを生き生きと語ってくれる表情、仕草、熱量にあたしまで感化されて嬉しくなり、うんうんと耳を傾けながら「すごいね」「さすが〜!」と全力で褒めたたえた。すると豹馬は嬉しそうに受け止めて更に表情豊かに変化する。


「豹馬は将来サッカー選手かなぁ」
「おれ、サッカーせんしゅになりたい!」
「そうだよね、じゃあ全力で豹馬のこと応援しなきゃ!頑張れ〜って」
「おれ、がんばるよっ」


あたしがぼやいた将来の夢は案の定、豹馬がこの先に見ているものだった。大好きなことを夢にするのは子供なら誰だって一度はあるだろう。豹馬も例外なくそうであり、あたしのことを身を乗り出して真剣に訴えてくる。幼子の心ほど純粋無垢で、ただなりたいという気持ちだけを抱えて思い描く、そんな綺麗な気持ちは今しかないと思う。


「サッカー選手になった豹馬、楽しみだね」


豹馬のその気持ちをあたしは大切にしてあげたい。好きなことを純粋に好きと言える今の気持ちをそのまま持ち続けてほしいから。





浮上する意識。目蓋を上げたいけれど、体を包む心地よさにもう少し浸っていた気持ちもある。モゾモゾと体を動かして布団に潜った。
まだ目は開かない、けど意識はだいぶ覚醒し始めている。懐かしい夢を見た、幼い頃の記憶。あたしは近所に住む六個下の豹馬にお熱だった。だって、可愛いんだもの、ただひたすらに可愛かった。六つ下ってこともそうだけど、何より千切家のDNAは可愛いをギュッとされていて、人見知りもしなければまだ周りの影響をあまり受けていない幼稚園ぐらいまでは距離感だって近いし、性格だって素直で純粋でキラキラしててこのまま健やかに育ってくれと何度だって願ったものだ。


だけど、人生そんなに甘くない。



才能を開花させた豹馬はサッカーにのめり込んで行ったし、本当にサッカー選手になると思ってた。豹馬自身は「世界一のストライカーになる」と言っていて、サッカー選手のその先を見つめるようになっていて、あたしは夢を膨らまして全力で熱を注ぐ豹馬が大好きだった。
だけど、それは続かない夢となる。豹馬が怪我をした、右膝の靭帯を断裂。おばさんは元気をなくし、あの時の豹馬ほど見ていて辛かった時はない。



部屋の何処かで物音がしたのが聞こえてくる。多分、玄関の扉の音だ。それからしばらくして寝室の扉が開く気配を察知する。わずかに聞こえる床を擦る音は歩く足音。浮上しているのにあたしの意識は覚醒しきっていないため、動かずにいる。ちなみに狸寝入りではない、起きる気がないだけだ。
あたしが寝ているベッドの横で足音であろう擦れる音がぴたりと止んだかと思えば、布団の上から重石がズッシリと掛けられる。動きたくても動けない、息だって上手く吸い込めない。


「いつまで狸寝入りしてんだよ」
「んんっ…」
「往生際悪いな」
「ち、がう…まだ起きれてないだけ」
「何が違うんだよ」


頭上のすぐ割と近くで声が聞こえてくる。どこか楽しそうな雰囲気が声に乗っかっているし、顔を見なくてもわかる。きっといたずらっ子のような笑みを浮かべていそう。


「ん、動けないから…」


できる範囲で体をモゾモゾとさせようとするけれど、ほとんど動かせないから絞り出した声で訴えてみれば、重石がフワッとなくなって一気に気道が通る。布団の中で寝返り一回、それから伸びをして、少しだけ布団から顔を出すと再度至近距離に何かを感じる。


「口はやだ…」
「だったら、早く起きろ」
「んー…」


至近距離で感じたのは吐息であり、顔に髪がかかる。ちょっとだけ顔を逸らしたあたしの頭を一撫でして、閉じていた目蓋に生暖かく柔らかい感触が一瞬だけ触れた。
寝起きのチューはやだっていっつも言ってるから、多分今の行動だって本気じゃないだろう。気持ち的にも意識的にもやっと動く気になったあたしはまだ重たいけれど、目蓋を上げてみたら夢で見た姿よりも全然大人びている豹馬がこちらを見下ろして呆れたように、でも優しく微笑んでいる。


「はよ、澪」
「おはよ…豹馬」


夢の中で見た豹馬も記憶にある豹馬もあんなに素直で可愛かったのにな、と豹馬の顔をボーッと目を離せずにいる。


「なんだよ」
「小さい頃の豹馬は可愛かったのになぁ…って思って」
「…今の俺じゃ不服?」


視線に気づいたのか、やっぱり動かないあたしに痺れを切らしたのか豹馬が問いかけてくる。だから思ってたことを素直に言葉に出したら、豹馬は髪をかき上げて見下ろしてくる姿が妖美で息が詰まる。あぁもう、あんなに可愛かったのになぁ、あざとくなっちゃって。


「滅相もございません」
「なら良いじゃん。腹減ったからさっさと起きて飯食おう。じゃないと、」


何度目だろう、豹馬が再度あたしの上に身を乗り出して、いつもよりちょっとだけ低いトーンで呟く「飯の代わりに澪食うぞ」と。


「んもう…、起きるから。豹馬は元気すぎ、若いなぁ」
「若さじゃねぇだろ、こちとらスポーツマンなんだけど」
「そうでした」


起きてと促したのは豹馬なんだから、と手で軽く肩を押し退ければちょっとだけ面白くなさそうな表情を浮かべられた。ギラリと光る瞳の奥が本気なやつだったから退かすのは当たり前でしょ、と思ったけどこれ以上はあたしが不利になるだけだから何も言うまい。


夢で思い出したわけではないけれど、幼少期の頃はもちろんのこと故障した頃までの豹馬はこんなことを全く言う子ではなかった。当時は色々とタイミング悪くあたしも、豹馬のそばにいられなくてその後の話は聞いてしか知らないけれど、豹馬が再びこんな風に楽しそうに表情豊かになったのはブルーロックに行ってからなのは間違いない。
幼い頃のように楽しそうにサッカーに打ち込んで、なんならブルーロックに行ってからの方が表情が幼い頃のよう豊かになったと思う。可愛い可愛いと思ってずっと愛でて応援していた豹馬はいつの間にか男の子から男になっていて、気づけば絆されていたあたしは赤豹にいつから狙われて捕食の機会を伺われていたのだろうか。


「澪はさ、昔の俺の方が良かったわけ?」
「何それ」
「昔の話ばっかりするじゃん」
「だって可愛かったからね、豹馬」


ベッドから起き上がって、二人で寝室を出ようと移動する。開けっぱなしだった扉の部屋と廊下の境ぐらいで豹馬が珍しく聞いてくる言葉にあたしはクスリと笑ってしまう。


「可愛いから好きとかじゃないよ、」


結局そうなのだ。最初は可愛さを理由に愛でていただけなのかも。もしくは可愛い好きがいつの間にか気持ちが膨らみすぎてなくてはならない存在になってしまっていたか。


「豹馬だから良かったの」


理由なんてわからないけど、あたしはなんだかんだ千切豹馬という男にずっと昔から捕まっていたことだけは明確な真実だった。

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