我儘お嬢のお気に入りは近所の長子女 | ナノ
呼び捨てで呼ぶことを宣言した豹馬はかわいい体操着姿

今日は土曜日、朝はゆっくり寝ていられるはずだけど学校に行く平日と変わらない朝の時間に目が覚めた。普段からこんな時間に目が覚めるなんて、って思うところだけど今日はすんなりと目が覚める。階段を降りれば、お母さんが台所に立っていて、普段から朝食の準備が並んでいるテーブルの上に広げられた重箱たち。そこには綺麗に巻かれた卵焼きやウインナー、唐揚げやプチトマトとか。おにぎりもたくさん引き詰められてて、当事者じゃないのにワクワクしちゃう。


「お母さん、これ食べてもいい?」
「皿に乗ってるのは良いわよ」


お弁当に入りきらなかったおかずたちが重箱の横にある皿に盛られていて、ガスコンロの前で次のおかずを作っているお母さんに確認すれば分かっていたけどオッケーの返事が返ってきた。お昼にもまた食べられるけどそれはそれ、これはこれ。あたしは余ったのか余分に作ったのかわからないおにぎりとおかずを手に取って自分の朝食にする。


「玄関にシートと水筒置いてあるから、それ持っていってね」
「はーい」


朝食を済ませるあたしを余所にお母さんも行っている作業を止めずに声をかける。起きがけの時、玄関に置かれていたのはすでに確認済だ。あたしはテレビのチャンネルを適当に回しながら、テレビの上に表示されている各地の今日の天気を確認。熊本や宮崎じゃなくて鹿児島鹿児島と心の中で唱えていればパッと表示が切り替わった。


「晴れ!」
「そうよ〜だから日陰のところにしてね」
「うーん、それはどうかな」


天気は晴れ。降水確率もない、つまり天候に恵まれている。だからこそお母さんは日陰を求めるけれど、日陰を選ぶということは場所が良くない気もする。都合よく見えて日陰で快適!みたいな場所あったっけ、とあたしは薄れつつある記憶を遡りながらおかずを咀嚼した。

妹の妹の名前はあたしより後に起きたため、今頃洗面所で物音がするけれど、あたしはその間に朝ごはんを済ませて「ごちそうさま!」と言いながら使ったお皿を流しに持っていき、そのまま玄関に向かう。


「あたし先に行ってるよ〜」
「はーい」


一応、妹の名前にも声をかければ洗面所から大きな声で返事が戻ってきた。あたしが先に出ることも気にした様子もないのはさすが下の子マイペースって感じ。まあ、妹の名前が早めに出る意味もないし、良いんだけどね。あたしもやりたくてやってることだから。あたしは動きやすさと足への負担軽減を考慮してスニーカーを選択。暑さと日差し対策で出したキャップを被って玄関前にある全身鏡で確認。あたしは玄関に準備されていたトートバックを肩から掛けて「いってきまーす」と一言残して家を後にした。
朝だというのに、太陽がすでに出ていてこの時間でこの気温ならこれからさらに上がるのかな…と思ったり。一応うちわは持ってきたから対策はこれでなんとかなるといいな。久々に歩く小学校への通学路、卒業して一年も経ってないのに懐かしさがすごくある。ちょっと見ない間に景色も変わった気がするけど、実際どうなんだろうって思いながら足を進めた。ちらほらと見かけるのは同じように大きな荷物を持って歩く大人の男の人とか。きっと小学校に通う誰かのお父さんだろう、理由もきっとあたしと同じだろう。あとは小学校へ向かう小学生たちがいたり。みんな私服ではなく体操着姿だし、ランドセルも背負っていない。そう、今日は卒業校である小学校で運動会が行われる日だ。
運動会は好き、別に走ることが好きとかってわけじゃないけれど、嫌な競技に出るわけでなければ純粋に行事は好き。特に運動会は学年全体で行うダンス発表が好きだった。と、いうのも六年生は最終学年であるからこそ、練習への熱量も違ったし揃った時の気持ちよさと言ったら湧き上がるものがあった。好き嫌いのある行事だけど、あたしは運動会が好きだったと思えるのは最後に行った運動会がいい思い出だからだと思う。


小学校の校門を久々に潜ったけれど、こんなに小さかったっけ。中学に上がっていろんなものが変わって見える。今歩いてきた通学路も当時より道が狭く感じたし、もっと大きいと思ってた校門も案外普通…というか、あれって拍子抜けって感じかな。時間的にはまだ全然早い方。だから小学生も全然まばら。強いていうなら運動会実行委員であろう生徒たちや上級生っぽい子たちが早めに来ているのか、運動場のあちこちにいたりするぐらい。すでに昨日から準備されていたであろう校庭を眺めて、一般保護者席と在校生がこの後待機するであろう境目を確認。どのあたりに場所取りするべきかを考える。見やすさ優先か休む時の快適さ優先か。うーんと悩んだ末、見ている時間よりも待機時間の方もあるだろうってことであたしは休憩のしやすさを優先で場所を探すことにした。日陰で広さもそこそこ、今なら選び放題って思ったけれど、やっぱり経験者は違う。良いところっぽい場所はすでにレジャーシートが敷かれていてこの時間でも遅いのか、と学びになった。自分の時はお父さんもどのぐらいに来てたんだろうって思いつつ、ここで良いだろうっていう場所を見つけてそこにシートを広げる。ここでやっとこさ一段楽がつける、という一心で靴を脱いでシートの上に腰を下ろした。
シートの端っこに靴を並べて脱いで、他の隅には持ってきていた水筒も乗せて、そっちとは正反対の位置にあたしは足を伸ばしている。ボーッと周りを見つめる、建物の影になっていてうまい具合に日陰のこの場所は登校中の在校生が通る場所でもあった。みんな体操着に水筒を持ったり、人によっては手提げを持ってたり。これから一日がんばれ〜って気持ちを込めて通り過ぎる子達を眺めていたら、思わず「あ!」と反応してしまったのは声を出した後に気づいた行動だった。


「ひょーま!おはよう」
「おはよ」


あたしが見つけたのは“ちぎり”と名前の書かれた体操着姿の豹馬だ。友達と登校してきた豹馬もあたしに気づいて、わざわざ足を止めてくれる。体操着姿の豹馬もかわいいなんて内心思いながら見つめている間に、豹馬の友達が当たり前のように先に行ってしまって「え、いいの?」と思わず聞いてしまったが「うん」と一言。本人が良いなら良いけど…、あたしは豹馬におはようと言えたし、おはようって言ってもらえたからそれだけでも充分だったんだけど、わざわざ足を止めてくれたからあたしはそれに甘えてもうちょっとだけ話を続けることを選んだ。


「ひょーまは何色?」
「赤組」
「そっか、赤組か〜がんばってね!何に出るの?」
「ん、綱引きとか玉入れとか、あと対抗リレー」
「リレーって代表の?」
「そう」
「さすがひょーま!そっかすごい!」


足が速いのはわかっていたけれど、代表リレーに出るのはすごい。これは六年間、小学生をやっていたからわかる。豹馬は相変わらず落ち着いてるあたり通常運転。基本性格が落ち着いてることもあって、めちゃくちゃ興奮気味に自慢するとかそういうのはあまりしないけど、あたしがすごいって言ったらどことなく嬉しそうに表情を若干だけど緩ませていてそれがまたかわいくてあたしもつられて表情が緩んでしまう。


「澪じゃん!」


豹馬のかわいさを噛み締めていたタイミングで唐突に名前を呼ばれて驚きつつ、誰だ?って思って声のした方に視線を向ければ見知った顔にあたしは気が抜けてしまう。


「あ、おはよ〜」
「なになに、場所取り?」
「そうだよー」


近所に住む三個下の男の子。男の子っていうよりガキンチョってニュアンスの方が近いかもしれない。と、いうのも彼とあたしはよく遊ぶ仲だった。あたしが中学に上がってからはタイミングが合わなすぎて全然だし、別に二人でってわけはなく近所の子たち複数人でよく外で遊んだメンツの一人。歳下なのに性格的にも歳上だろうと歳下だろうと間合いの詰め方が上手い子だ。ふざけるしお茶らけるけど、嫌なことはしないし場の雰囲気をよく和ませてくれる。まあ、最初から歳上だろうと関係なしに呼び捨てにしてくる図々しさもあるのだけれど。



「なんだ、澪が小学生に戻ったのかと思った」
「なにそれ、留年したって言いたいの?そんなわけでないでしょ」
「わかんないじゃん」


ホント失礼なこと言ってくるけど、これもまた今までの距離感と間柄があるから許されること。ニシシと笑う彼は小五になってもあたしが中学生になっても何も変わらない。


「じゃね」
「はいはい、がんばってねー」


言いたいことだけ言っていなくなるなんて自由奔放だけれど、あたしは軽く受け流してしまうから彼もまたこんな接し方なのだろう。


「…澪ちゃん」
「ん、なーに?」


名前を呼ばれて普通に返事してしまったけれど、そうだった。豹馬がそばにいたではないか。完全に放置決め込んでしまった、と反省しながら豹馬を見たら口の端を少しだけ下げて結んだ状態で遠くを見つめていて、その表情の真意が読めなくって正直どうしよ、ってちょっとだけ思ってしまった。


「澪ちゃん、呼び捨てにされてるの?」
「え、あ、うん」
「なんで」
「なんで、って…、なんでかなぁ」


あれ、豹馬は知らなかったっけ?確かに二人が話してるところはあまり見ないかも。同じ近所に住む者同士だけど、豹馬は落ち着いてるしサッカーやってるから遊ぶ時いなかったかなんて今までのことを思い出しつつ、疑問に思わずにきた今更すぎる案件についての質問にあたしはハッキリと答えられない。だって向こうも理由はないだろうし、それが当たり前であって。


「うーん、」
「おれも澪って呼ぶ」
「うん?!」
「だめ?」
「だめじゃないけど、」


豹馬がまっすぐあたしを見つめてくる。普段からあたしを見上げる形なのに、あたしがシートに座ってるからあたしが豹馬を見上げているわけで。豹馬の視線があまりにもまっすぐで、「なんで」って思ってもその理由を聞けなかった。今し方、なんでかなと答えたばっかりのあたし。理由はないかもしれないし、真似したかったのかもしれない。男の子ってちゃん付けより呼び捨てがかっこいいとか良いなって思ってるのかも?と思ったりもして気にすることをやめた。


「いいよ、ひょーまの好きなように呼んで」
「うん」


いや、気にしないようにした。が正しいかもしれない。


「澪」
「…なーに?」


いいよと言った手前、さっそく呼び捨てで呼ばれることに違和感しかないけれど、それを許可したのもあたしだから慣れるしかない。なるべく平常心、平常心と心の中で言い聞かせる。


「おれの走るところ、ちゃんと見てて。一位取るから」


けど、そんなことを知る由もない豹馬はさらに追い討ちをかけるように強い意志で宣言するからあたしは息を呑む。


「う、ん」


おかげで返事が詰まってしまったけれど、豹馬は満足したようでふんわりと嬉しそうに笑うから、滅多に見れない豹馬の表情に追い打ちをかけられ心臓が飛び跳ねた。



「じゃあ、おれ行くね」
「ひょ、ひょーま!」


何事もなかったように教室へと向かおうとする豹馬。咄嗟に名前を呼んだから声がちょっと裏返ったし、豹馬はキョトン顔で振り向いてくれたからあたしは声を大にして発する。


「おうえん!してるから!がんばってね!」
「まかせて」


まるでサッカーの試合で活躍した時のように、豹馬は満面の笑みでピースしてくれた。年相応の表情を見せてくれるかわいい豹馬。普段のクールっぽい雰囲気も豹馬らしくて好きだけど、やっぱりこういう豹馬があたしは大好きだ。あたしが見れる豹馬の一面。お姉ちゃんの特権ってやつ?ふふっ、嬉しいな。







午前の部はあっという間に終了だ。朝会ったこともあり、休憩スペースで確保していたこの場所を知っていた豹馬が一言を上手く避けながらすぐにやってきて「澪!」と名前を呼ぶもんだから、そうだったとならないあたしはちょっとだけ動揺するけど、表にまでは出さなかったと思う。


「おつかれ〜!ひょーま!」


あたしが自然と掲げた右手の平に豹馬の右手の平が重なってパチンとハイタッチ。
というのもプログラムにあった午前最後の目玉である低学年による対抗リレーは大盛り上がりだった。リレーの選手に選ばれた各学年の生徒たちが学年を問わずにバトンを繋ぐ競技。その中で豹馬はトップバッターを務めていた。スタートの合図と共に、一気に走り抜ける豹馬は誰もが釘付けになったこと間違い無いだろう。一年生で初手から周りを置いていく姿、こんな子が一年生にいたのかと驚きと動揺。きっと心を奪われた女子もたくさんいるだろう。


「ひょーま、すっごいかっこよかった!」
「言ったでしょ、おれ一番取るって」
「本当に!ぶっちぎりだったね〜!」


ハイタッチして重なった手をギュッとしたまま、あたしが大声を上げても気にならないぐらい周りも昼休憩のためザワついてて声がかき消されるレベルだったから、あたしは気にせず興奮の熱を豹馬に伝える。


「まさか最初に出てくるなんて思わなかったな、緊張したでしょ」
「別に」
「その自信、さすがひょーま」


あ、さすがに熱量与えすぎたかなとも思った。けど、豹馬がちょっと照れくさそうにいう別に、はまんざらでもないやつってわかってる。いっぱい豹馬の出番見てたよ、と伝えれば豹馬はどことなく表情が嬉しそうだし、心なしか頬も赤い気がするから照れ隠しかな。そんなこんなでやりとりをしていたら、お母さんたちが合流して戻ってきたので一旦このやりとりは終了。
そして今、あたしが朝から取ったこの場所は朝と違い、色とりどりのおかずとおにぎりやお稲荷さんが並べられている。


「好きなもの食べてね」
「はーい」


レジャーシートの上には月城家と千切家の二家族が円を囲むようにて座っていた。お母さんは広げたお弁当を是非とも食べて、と千切家に声をかけていてちーちゃんが嬉しそうに声を上げる。


「妹の名前も豹馬くんも午後もあるからいっぱい食べないと」
「んー」


あたしの右には妹の名前が黙々と摘んだおかずを食べている。この子も豹馬と違う落ち着きがあるんだよね、下の子ってみんなこうなのかなって思うけど、まあ近所のアイツも下の子なのにタイプが違うからそうとも言えないのは立証されてる。


「澪ちゃん朝早くからありがとう」
「いえいえ」
「おかげでみんなで食べれて楽しいわ」
「ならよかったです…!」


千切のおばさんからの感謝の言葉は何回目だろう。場所取りして早々合流した後も言ってくれたのに、ふふっと笑うおばさんかわいいなーなんて。ちなみにお父さんズは二人揃って肩を並べて話してたりするんだけれど、二人の話は聞いててもよくわからないので聞こえないふり。


「ひょーまは相変わらずすごかったなぁ」
「足速いものね」
「ん」


なのであたしたち女子組と豹馬で話すのはいつものこと。というよりは豹馬は完全に聞き手な気もするけど、話題は自然とみんなで午前最後にあった対抗リレーについて。


「澪、ちゃんと見ててくれた?」
「うん、見てたからすごいなって思えたんだもん」


あたしの左隣に座ってる豹馬が食べかけのおにぎりを持ったままチラリとあたしを見てくる。終わった直後にも話したのに再度確認してくる豹馬は相当自分の中で見て欲しかったポイントのようだ。確かにすごかったから何度でも讃えてあげたくなる功績を叩き出してるのでその気持ちもわかる。
あ、豹馬の手にしてるおにぎり、具の中身はおかかだ。おかか美味しいよね、甘口醤油で作ったおかかは最高!


「ちょっと」
「なに」
「なんでお姉ちゃんのこと呼び捨てにしてるの」


と、呑気なことを思っていたら、妹の名前が珍しく口を開く。しかも、どこかピリついてる?ような口調でだ。あたしを挟んで妹の名前は豹馬を視線で射抜くし豹馬もまたそれを無表情で返すから、挟まれてるあたしは少々居心地がよろしくない。うん、なんでこの二人はこうなのかな。


「澪がいいって言った」
「なにそれ」
「まあまあ、近所の他の子たちも呼び捨てにしてるからいいじゃん。豹馬もおんなじように呼びたかったんだって」
「へえ〜豹馬そうなの?」


豹馬はピシャリとハッキリと物申すし、それに対して妹の名前はさらに面白くなさそう。二人のピリついた空気を打破したくてあたしなりの解釈を述べた言葉だったけど、反応したのはニヤニヤ顔のちーちゃん。結局、豹馬はダンマリを決め込んでおにぎりを食べ続けてこの話題は終了となった。


うん、せっかくのご飯タイムなのにピリピリがちょっと居心地悪い。運動会ってもっと楽しいものじゃなかったっけ?







豹馬(小学一年生)
サッカー少年として謳歌してる日々。
なので近所の子と遊ぶよりもサッカーしにいってる。
けど、月城家とは家族絡みでのお付き合いが継続されているため、頻度は多少減っても澪たちとはよく会う方だし話す方。逆を言えばそれ以外の近しい子たちとの接点があまりないし、本人も別にそれでいいと思ってる節がある。
今回、近所の他の男子が澪を呼び捨てにしてるのを知ったために自分も呼び捨て宣言する。


妹の名前(小学三年生)
デフォルト名は尚。
澪の四つ下の妹でベタべタしないが内心はきちんと姉のことは慕ってる。
なので姉が豹馬ばっかりかわいいかわいいとしてるのが面白くない。ちょっとした嫉妬心と対抗心がある。


近所の男の子(小学四年生)
澪の三つ下。上にお兄ちゃんがいるヤンチャボーイ。歳上歳下男女隔てなく話しかけてくるし普通にワイワイ遊ぶ末っ子気質。
豹馬の持ち前の性格故にこちらもあまり距離を縮めてない上にサッカーに没頭してることもあり、豹馬とだけはあまり接点がなかったりする。近所に住む友達は年齢問わず基本呼び捨てしてるということを豹馬が知らない。

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