我儘お嬢のお気に入りは近所の長子女 | ナノ
千切豹馬の本音

青檻に来てから何日が経ったか、なんて途中で数えるのをやめた。サッカーを諦めるために、と一度は思っていた気持ちもエゴイストたちのせいもあって、焚き付けられてしまった炎はもう消えることをしないだろう。


「千切ってさ、」


声をかけてきたのは同じチームである潔。サッカーを諦めようとした千切の気持ちを無視してサッカーがしたい、ストライカーになりたいという気持ちを焚き付けた張本人である。そんな彼もまた温厚そうな今の雰囲気とは裏腹に根っからのエゴイスト。だけど、今二人がいるのはフィールド上ではなく寝泊まりしている部屋のベッドの上。張り詰めた空気もなければ、風呂上がり就寝前という時間もあり、各々が完全にリラックスしながら好きに過ごしている時間である。


「脚のメンテナンスはわかるけど、他もめちゃくちゃ気を使ってるよな」
「他って」
「髪とか肌とか」


そんなの、誰だって気を使わないか?と思った千切だったが、「あー」と声を漏らしながら視線をずらして濁すだけ。


「確かに。人一倍気を遣ってるよな」
「まさしくお嬢」
「どんなだよ」


潔の話をいつから聞いていたのかわからないが話に入ってきたのは同じチームZの國神、そして蜂楽。まさしくってどんな使い方だ、という意味で千切は返すが蜂楽はニシシと笑っている。


「千切も女兄弟いるんだっけか」
「姉が一人」
「じゃあ、お姉さんの影響ってこと?」


國神には姉と妹がいるらしい。潔は一人っ子なのでピンとこない表情のまま、交わされる文脈から言葉を放つが千切はこれもまた歯切れ悪く濁す。


「何々、別に理由がありそう?!」
「大したことじゃないって」
「んじゃあ、何をそんなに渋ってるんだよ」


千切は「渋ってないし、大したことじゃない」と改めて首を横に振った。本来ならばここで終わってもおかしくないやりとりだけど、ガラにもなく千切が「…ただ」と口を開くもんだから、潔も國神も蜂楽も身を乗り出しそうな表情で千切からの次の言葉に耳を傾けた。







千切豹馬の記憶は遥か昔、まだ俺が幼い年齢まで遡る。昔の記憶はとても朧げだ。住み慣れた緑の多い地元、鹿児島。大人たちの言葉にはこっちでいう訛りがあって、空気は美味しいんだなと東京に来た今だから思える。少し移動すれば畑なんて珍しくない。そこで俺は生まれた。姉は表情豊かで、ハキハキした性格。姉と比較したら俺の方があまり表情変化がなかったと思うけど、姉がああだから弟は逆に育つのも珍しくないと思う。そんな俺も昔から決してそういう性格だったわけではない。もっと表情を変えていた時もあったし、感情的に…は今でもなることはあるけれど、そんな俺を可愛がってくれる人がいた。

月城澪。

姉の友達であり、近所に住む…幼馴染と言って良いのだろうか。何故、言って良いのかと悩むのか。それは彼女と自分の年齢が六つ差だからだ。姉とは違う分類の表情がコロコロ変わるタイプ。姉と同じように、澪には下の妹がいる長女であり、面倒見の良い人。「ひょーま!」といつだって会えたことを全身で喜んでくれていた。俺と歳が近い妹の方は俺と会ってもこんな反応は示さないし、むしろ今思えば姉が取られると思ってた部分もあった気がする。決して仲が悪いわけではないけれど、ちょっとした嫉妬心をたまに向けられてたと思っている。それぐらい澪は俺と会えることをいつだってとても嬉しそうにしてくれて、それがまた素直に嬉しかった。姉とは違う居心地の良さに結構甘えていたと思う。親曰く、澪が俺をめちゃくちゃ可愛がってくれていたけど、俺も俺で澪にすごく懐いていたという。親からすれば自分の子供を可愛がってくれるのは嬉しいだろうしな。

サッカーを始めて、小学校に上がってから、俺の中での意識が変わった。幼稚園の時の感覚と何かが変わっていくのは肌で感じていたけれど、それが何なのかと言われたら感覚的なもので言葉で言い表すのは難しい。ただ、わかるのはずっと通いたかった小学校に行けるようになった時、澪は小学校に通わなくなったということだった。幼稚園に通っていた時は俺の方が先に帰ってきて遊んでいたら澪が帰ってきて遊ぶことはよくあった。澪や姉が小学校の方向から帰ってくるから、いつか自分もこの道を歩いてなんて思っていたのに、いざ行けるようになった時、澪は中学に上がったせいで通学路が変わってしまったし、ずっと私服しか見たことがなかったのに見慣れない制服姿を見せつけられて、自分の知らない姿に戸惑いを覚えた記憶。けどそれは見た目の話。澪の本質は何も変わってなくて、すぐに安堵したんだっけ。


それでも澪のせいではないところで、悩み、戸惑い、不貞腐れたくなることは何度もあった。例えば澪との年齢差が埋まらなくてモヤモヤするのは割とあること。幼い頃、小学生ぐらいは近所の子供たちで遊ぶのはよくある話。そこに男女も年齢も関係なくわちゃわちゃとするもの。と、なればいろんな奴がいるわけで、澪は持ち前のキャラもあってか俺以外の男子とも喋ることは珍しくなかった。喋るというより、本当にワイワイしてる感じ。俺は既にサッカーにのめり込み始めてて、人より一緒に遊ぶって機会も少なければ性格的に中心に入っていくタイプではなかった。だから、気付いた時には澪が俺よりは歳上だけど澪にとっては歳下の男子に名前を呼び捨てにされていることを知った時は驚きと俺だってちゃん付けだというのに、という気持ちが沸々と湧き上がる。そいつは澪との年齢差を越えて縮めていた距離感が羨ましくあり、妬ましくも感じた俺はムキになって俺も澪って呼ぶ、と公言した。澪は目を白黒させて、突然どうしたの?という表情だったけれど、豹馬の好きにしていいよと了承してくれた。それ以来、俺は澪のことを呼び捨てに呼んでいる。

互いに歳を重ねても、家が近所であり他の家よりも親同士含めて付き合いが多いこと、俺には姉がいること、澪が俺を可愛がってくれることもあって、会える日が減ろうとも精神的な距離までが離れていくことはなかった。
本当にたまにでもタイミングが合えば家に遊びに来るし、サッカーの試合にだって観に来てくれる。


「豹馬は足も速い、サッカーもできるしかっこいいと思うよ」


そういえば、澪がサッカーを観に来てくれたきっかけは俺がクラスの半分ぐらいの女子から告白された話をしたときだった。突然授業中に告白してきたのが一人、それをきっかけにどんどん増える女子の数。俺をその時は一気に振って終了。
正直、色恋についてピンときてなかったし興味がなかったというのが正解だろう。
だけど、澪の姿を見て、一緒におやつを食べながら思ってしまった。澪も女子だ、しかも俺よりも六つも上ならば、澪自身もクラスの女子みたいに告白したことがあるんじゃないか、好きな奴っていうのがいるんじゃないかと。姉ちゃんが観てるドラマとか少女漫画とかがそういうのばっかだったから、俺自身が興味がなくても、女子は違う。
ずっと俺を見てくれてた澪。近所の他のやつとは接し方が明らかに違ってて、それが俺の中を満たしてくれる。だけど、無意識的にそれがなくなるんじゃないかと思ってしまった俺は澪に好きな奴がいるのかどうかが知りたくて、告白したことがあるかを尋ねていた。

澪からの答えはノーだった。

今思えば、何故告白したことがあるか、と聞いてしまったのだろうか。告白したことがないだけで、好きな奴がいたかもしれないけど、幼い頃の俺はそこまで頭がまだ回っていなかったし、今更知ってもな。

ノーだった答えに俺は満足してたし、そのあと澪から言われた「かっこいい」の単語に俺の意識が全部持っていかれてたから余計だろう。今の今まで、澪からは「かわいい」とたくさん言われてきた。澪から発せられる俺に対する形容詞が「かわいい」だけでなく「かっこいい」に切り替わった瞬間でもあり、それを俺は聞き逃さずにしっかりと聞き直す。

サッカーは俺が好きだと思ったからしてること。

人をぶち抜く快感、ゴールが決められた時の湧き上がる興奮、全てが俺のためのもの。

俺が俺自身のためにしていることを家族ではない澪が喜んで応援してくれることが何よりも嬉しかった。サッカーだけではない、澪は俺自身という存在をいつだって認めて受け入れてくれた。中学に上がった澪に戸惑った俺が素気なくなってしまった時だって、澪はどこか寂しそうにシュンとしながらも現実を受け入れようとしてたし、母さんのせいあっていつも通りに戻ったあとも、澪は何も気にしてない様子で俺に話しかけてきてくれる。澪はいつだって俺の性格も行いも全て知って理解した上で俺自身を認めて受け入れてくれていたし、多少の我儘だって怒らない。むしろ良いよと言ってくれる澪は優しすぎるぐらいだ。



他の奴らはただ俺を「かっこいい」ともてはやすだけ。活躍しているから俺を持ち上げているのはわかっていたし、それ以前に俺とそいつの心の距離は遠いどころか壁だってあるから、フーンと聞き流して終わるだけ。


でも澪は違う。


家族じゃないのに、家族の次に近い位置でずっといたからかもしれない。澪の性格が上の子特有の甘やかし上手なのもあるだろうし、なんでも褒めて応援してくれてこっちの気持ちを底上げするのがとにかく上手かったから。

この感情がいつから変化したのかはわからない。


俺を可愛がってくれる澪が他の人に取られるんじゃないかと思ったから?

澪が俺をかわいいではなくかっこいいと言ってくれるようになったから?

歳を重ねていくにつれて、異性として自覚したから?


もしかしたら最初からそうだったのかもしれない。

この気持ちが他の奴らが感じる好きという感覚なのかと言われたら違うかもしれないけれど、これがきっと俺の中での好きに間違いないのだけは言い切れる。


そんな澪が言っていた「ちーちゃんもかわいいけど、豹馬もかわいいから血筋を感じるよね」と。血筋とは、と思っていたけれど、悪い意味ではないのは理解している。姉ちゃんもケアに気をつけていた身近で見てきてたし、澪が言うならということで意識し始めなのがきっかけだ。



「昔から俺のことかわいいって言ってた奴だったし、そいつが言うならって感じでケアするの当たり前になってた」


まあ、そういう意図じゃなかったと思うけど。

ここで俺の回想は終了。つい、ベラベラと喋ってしまった俺は周りの奴らの表情を見て、は?ってなってしまった。


「なんだよ」
「千切の我儘お嬢ってさ、」
「そのお姉さんのせいじゃん」
「ハァ?」
「ちぎりん、めちゃくちゃかわいいかわいいされてたんだね」


せいってなんだよ、悪い言い方みてぇだな。と思ったけど、最後の一言で否定できなかったから俺は確かにと納得するしかない。


「あのさ、千切の好きなタイプって」
「唐突な質問だな」
「穏やかで理解のある人」
「もうそのお姉さんのことじゃん!」
「つーか、澪じゃねぇと無理」
「うわっはっきりと開き直ってきた」


肌のケアも髪のケアも気をつけるし、いつかここを出てから、澪にかっこいいだろって胸張って出向けるように。

コイツらに俺が故障する前に澪は上京してしまっていること、その後に足を故障してしまったこと、たまたま帰省していた澪と会った時には既に自分が塞ぎ込んでいたことの話はしていない。

あの時、サッカーができなくなった俺を周りはどんどん距離を置いていった。澪もきっと同じだと思ってしまって、当たったにも関わらず澪はリハビリを頑張ったことを認めてくれて、受け入れてくれた。前みたいにサッカーができるわけではない俺を見離さないでいてくれた。

だけど、やっぱり以前のようなサッカーができないのは自分にとって悔しい他なく。
どうせ自分は鹿児島、澪は東京という距離だ。会いたいと思ったとしても会おうとしなければ、簡単に会える距離ではない。ならば、このままサッカーを諦めて澪の気持ちも諦めようと決めてここに来たのに、焚き付けられてしまった炎が今も胸の中にある。千切は思った、これは澪も諦めるなと言うことだろうと。

だから決めた。

諦めていたサッカーがまたできるようきなったように、歳の差も何も気にせずに澪を絶対に手に入れてやると。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -