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体温×明司武臣


鏡に映る自分の顔を見てイヤになる。ひどく疲れた顔をしているが、ずっとこんな顔をしていたわけじゃない。それこそ数十分前までは、ニコニコと笑顔を貼り付けて愛嬌を振りまいていたし、相手を煽てて気分良くして悟られないように気を張っていた訳だから、そりゃ疲れるわ。昼夜逆転した生活は本来の生活と異なるリズムを無理やりやってせいで、感覚がおかしくなる。

朝焼けの空、なるべく視界に入らないようにして職場を後にした。

見慣れた建物、見慣れた道を歩き、途中何度も立ち寄ったことのある見慣れたコンビニに立ち寄って、適当にミネラルウォーターと紙パックの野菜ジュースを買った。食欲はない、疲労感の方が勝っていたから食べ物は買わなかった。小さなビニール袋に入れてもらい、あたしはそれをぶら下げて再び見慣れた道を歩き出す。すれ違う人々はこれから会社や学校へ向かうのだろう。眠そうな表情や無の表情ですれ違う人々はきちんと身なりを整えていて、これから1日を過ごすのは一目瞭然。朝日が昇る中、外の世界に出てこれから1日を過ごす人たち。

あたしとは違う時間を生きる人生。

羨ましいという感情は、とっくの前に何処かへ行ってしまった。




見慣れた扉の前に立って、カバンから取り出した鍵を差し込んで捻れば、ガチャリと施錠が解除される音が入ってくる。重さのある扉を開けて広がる薄暗い部屋の中、人の気配はない。シンと静まった室内に足を踏み入れれば、ひんやりとした床が肌から伝わって、少しだけゾワッとした。
無造作に置いたビニール袋と鞄。すぐさま、洗面所に行って手を洗いうがいをして、化粧も落として顔を洗った。全てを洗い流すように、なんならこのままお風呂に入りたい、だからお湯を出してリビングに戻ってみたら、あたしはさっきまでなかったはずの存在に気付いて、一気にテンションが下がり眉間に皺が寄る。



「なんでいるの」


誰もいない部屋だったはず。帰ってきてから電気をまだつけていない薄暗い部屋の中、当たり前のようにリビングに座り込んでいる姿にいつのまに、と思ったけれどその質問は野暮過ぎてやめた。


「武臣」


この部屋でやめて、と何度言ったって聞いてくれないタバコ。部屋に充満しつつある煙を手で軽く振り払いながら、睨みつければ覇気のない瞳がこちらを向く。


「なんだよ、来ちゃいけない理由でもあんのか」
「仕事帰りで疲れてるんだけど」
「ふーん」
「これから寝るんだから」
「んじゃ、添い寝してやるよ」
「いらない」


伸びきった髭に無造作な髪はだらしない。小汚い姿をした武臣は、ふっと薄ら笑いを浮かべていて、何をそんなに笑う余裕があるのだろうか。あぁもう帰ってきてからもこんな奴の相手なんて勘弁してほしいのに、そう思っても言葉にできないあたしは、やり場のない気持ちをため息と一緒に吐き出した。


「此処に来ないでって言ったでしょ」
「そうだっけか」
「覚えてないフリしないで」


武臣のそばにある灰皿、それはあたしが隠したはずのもの。ベランダの隅に置いておいたはずだ。それを見つけてくるなんてちゃっかりしているにも程があるのではないか。


「電話しても出ねぇから心配して来てやたんだろ」
「…嘘ばっかり」


タバコを灰皿に押し潰して立ち上がるのが視界の端に入る。見ないようにしていたはずなのに、武臣はこっちの気持ちとは裏腹に静かに歩み寄る。あんなに嫌だ来るなと言い続けていたはずなのに、いざ近づいてくる彼に対してあたしは逃げることはしなかった。

何も変わらない、昔感じた体温と何も変わらない。

そっと触れた手から伝わる体温に、あたしの中の何かが逆流した。



武臣とは昔からの付き合いだ。

ヤンチャだった時期はもちろん知っている。知った上であたしはこの明司武臣と付き合っていた。だから、武臣の交友関係だって武臣が隠していない限り色々把握していたと思っている。だから、幼馴染である佐野もチームを組むことになったワカもベンケイも必然的に顔を合わせ、お互いがお互いを認識していた。今思い返してみても、あの頃は本当に何もかもが楽しそうだった。あたしには入れない距離感と絆がそこには確かにあって、いつだってキラキラと過ごすみんなの笑顔は眩しくて羨ましくもあり、男と女の違いを何度も実感してきた。その気持ちにある程度踏ん切りがついた頃、チームは解散。

そこからだ、いろんな歯車が狂い始めたのは。

各々がそれぞれの道に進んでいく中、武臣だけは足踏みすらしなかった。ずっとその場に居座り続けた。佐野はバイク屋、ワカとベンケイはジムを始めたというのに、武臣だけは組んでいたチームの功績にずっとしがみついていて、あたしはただ堕ちていく彼を見ているだけ。いや、ただ見ていたわけではない。何度も何度も言い聞かせた。前に進むように説得した。一緒にって、支え合って、と思っていた。だけど、武臣はずっとしがみついたまま、頑なに動こうとはせず、足踏みさえせず、酒に溺れて金に溺れていった。結局、折れて離れたのはあたしの方だった。武臣に会わなくなり、連絡を自ら取らなくなった。

昔の功績や夢にしがみついて何があるっていうの。

他のみんなはそれぞれの道を歩み始めているというのに、何が得られるっていうの。

まだ、武臣自身が変化しようとして、前を進もうとしてくれていたなら、違っていたというのに。何も変わろうとしない武臣にあたしはついていけなくなって、離れていく決意をした。それなのに、武臣は何を察したのか、こうやってふらりと都合のいい時だけやってくる。やめて、来ないでと言ったって聞きやしない。それでもずっと口にしなかった一言がそこにはあって、きっとこうすればあたしが絶対に言わないと確信があるのだろう。

こういう狡賢さが、武臣にはあるから、あたしはいつだって振り払えないし抗えない。


「俺はなまえが好きだから心配なんだろ」


どの口が何を言ってるんだ。好きなら、心配なら、なんであんなにも大好きだったチームの彼らと会わないの?なんでみんなみたいに生きようとしないの。昔のチームの肩書きに何があるっていうの。

何もないから、あなたはこんなに無様になって、酒に溺れて金に溺れてしまったんじゃない。

そんなあなたを何とかしたくて稼ぐために始めた夜の仕事だって、今に意味を無くすと思っているのに、こうやって会いにきて離れないせいでやめられない。


そっと撫でるように触れられる指と絡み合って離せない視線。言葉に詰まって、声は出ない。そこまで出てきている言葉をまるでそのまま飲み込むように、唇で塞がれたそのキスは武臣がさっきまで吸っていたタバコの苦い味がした。
あたしは今日も「サヨナラ」も「別れよう」も自ら踏み出せず、この場の空気に流されて過ぎていくんだろう。武臣が履き慣れた薄汚れた靴もくたびれた服もあたしがあげたもの。それを見て、あたしはまんまと溺れていくんだ。


決して裏切らないお金というモノを使って、ここに来させているのは誰?


結局手放せないのはあたしの方なのかもしれない。



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