tkrv×UVERworld | ナノ

0choir×佐野真一郎


いつだってそうだ。朝日は昇るし、時間は容赦なくすぎていく。貴重な休日、何もしなくたって、どこかに出かけたって、止まることなく刻々と進んでいくんだ。

普段から、貴重な休みに何もしないのは勿体無い!と思って家のことや好きなこと、やりたいことをする休みの日なのにこんなにも何もやる気が出ないのはいつぶりだろうか。昨晩、潜った布団の中から手探りで探した携帯。ボタンを一回押せば表示される時間を確認。午前中、まだ今から動けばいろいろできるというのにやっぱり気持ちが乗らないあたしは再び枕へ顔を埋めるのだ。


再び意識を無理やり沈ませたあたしの体感は狂っていて、今どのくらいの時間が経ったかなんてわからず、変に二度寝をしたせいで頭が若干痛い。かったるくも感じる体をモゾモゾと動かして、食欲もないしどうしようかな、なんて考える気力も動く気力もないくせに誰もいないのに形だけ考える素振りをする。このまま無意味に過ごす使い方は正直嫌だけれど、本当に何もできないんだから仕方ないじゃないかと己に言い聞かせる。まるで正当化するように繰り返した言い聞かせだって、段々と無意味に感じて気付けばそれもやめていた。シンと静まる室内に響くカチカチと音を立てる時計の秒針をBGMに無心の状態を決め込んでいたら、突然鳴ったインターホン。この家にいるのはあたしだけ、つまり自分が今ベッドから起き上がって出なければならないのだけれど、正直気持ちを奮い立たせて動く元気はない。居留守を決め込もうとしたけれど、インターホンが再び鳴る。なんなら、あたしが家にいる確信があるかのように、間隔をあけて何度も鳴るもんだから、あたしの方が気負けしてベッドから這い出ることとなる。念のため、モニターで外の人物を確認してみれば、そこに映るのは見慣れた人物。一瞬でも躊躇した心、でもその間も止まないインターホンにあたしは意を決して玄関へ向かうことにした。


「ご飯作りに来た」


扉を開けていたのは真一郎。ビニール袋を目に見える位置にまで持ち上げてニッコリ笑顔。あたしのテンションと心境に相反する真一郎のその表情にあたしは何も言えず押し黙ることしかできなかった。



「調子、どうなんだよ」
「…うん、まあ」


玄関で靴を脱いで、迷うことなく廊下を歩いていく真一郎の向かうのはキッチン。あたしの方が室内にいたはずなのに、靴を脱いだ後の真一郎の動きに躊躇がなかったせいで、気づけばあたしの方が真一郎の後ろを歩いるし、もうどっちが家主なんだか。真一郎はチラリとあたしの方を振り向きながら尋ねてくるけれど、あたしは居た堪れなくなってソッと視線を外す。真一郎の言っている調子っていうのは、最近の日常的な調子ではなく、体調的な調子の方。
それもそのはず、今日本来ならば会う予定をしていたはずなのに、昨日の夜、あたしの方から突然ドタキャンをしたのだ。理由は体調不良、と言っても熱とかそういう感じではなく優れないからゆっくりしたい、だから変更したいって伝えて終わった昨日のメール。真一郎は深く聞くことなく、わかったって言って終了だったし、正直油断していた。まさか家まで来るなんて。あたしは目線を泳がせてしまったが、実際に体調が優れないのも事実なので別にやましいことは何もない。何もないのだけれど、ドタキャンした手前、こうやってわざわざ来てくれて、心配してくれていたことにちょっとだけ良心が痛む。そんな心のうちを見透かされないように、と無駄な足掻きだとわかりつつも、着ていた部屋着の袖で口元を隠した。
キッチンのカウンターにドカッと乗せられたビニール袋、その中身はスポーツドリンクだったり、ゼリーだったり。完全に病人に差し入れるそれらが見え隠れしている。ここに来るためにわざわざ買って来てくれたんだなあって思ったら、本当に申し訳なくなった。真一郎は、それらを持てるだけ腕に抱えると冷蔵庫を開けてしまい込む。


「飯は、食ったのかよ」
「食べてない、寝てた」
「ハハッ、だよな」


真一郎は何も食べていない上に寝ていたことをわかっていて聞いてきたんだろう。部屋着のまま、しかもすっぴんで出たあたしの返事を聞いて、こんな時間なのに食べなかったことを注意することなく笑って済ましてくれる。本当はあたしが体調優れない理由も見破られてる気がするけれど、あえてそこには触れない。もしかしたら本当に気づいていなくて、あたしが勝手にそう思い込んで墓穴を掘ったらそれはそれでめんどくさいから、黙っていることを決めた。


「まだ食ってねぇって思ってたから」
「…真一郎、包丁使えないよね?」
「あ?使えなくたって飯ぐらい作れるって!」


ガサガサと袋の中身が半分ぐらい減った頃、あたしは真一郎がここにやってきた時の第一声を思い出す。ご飯を作りに来た、と言っていた。あたしの記憶が間違いでなければ、真一郎にご飯を作ることができるのか?真一郎の家ではおじいちゃんと妹がご飯を作っていると聞いたし、料理はからっきしダメだと自分で前に言っていただろう。それなのにご飯を作りに来たって不安しかないんだけど、そう思ってなるべくオブラートに包んで声をかけてみるが、真一郎はあたしの心のうちを見透かしたらしい。
結局あの後すぐに真一郎から「万全じゃねぇんだから、大人しくしてろって」と言われてキッチンを追い出されてしまう。確かにあのまま一緒にいたら、逆に真一郎の心遣いを踏み躙りそうだから、あたしは不安を抱えながらも真一郎の言葉の通り大人しくキッチンから離れることにした。リビングにあるソファーは真一郎が来た時に一緒に座れるようにって買っておいた二人がけのもの。そこに膝を抱えて座り、適当にテレビのチャンネルを回して見るけれど、これといって引かれるものは無い。ボーッとしたまま、テレビを眺めながらキッチンに意識が度々飛ぶけれど、あたしがそっちに行くことは許されず。しかも不思議なのは案外静かすぎて、本当にご飯ご飯作っているの?ってことだ。ただ静かに料理をしているって感じではない、本当に無音なのだ。しかしキッチンにいるのは確かだし、でも真一郎って包丁持てないし。ってことは何、インスタントラーメンでも作ってるのでは?と行き着く答えに病人だと思っている彼女に流石にそれはないだろう…と否定する。けど、強く思えない自分もいるから、なんとも言えないのだけれど。


「できた!なまえ、鍋敷き!」
「鍋敷き…?」


静寂さは突然破られて、真一郎ができたと共に言い放ったのは鍋敷きという単語。突拍子もない言葉にあたしはオウム返する。動いて良いものか、と考えていたら「タオルでも良いからなんか敷くもの二つ〜!」って言うもんだから、言われた通り鍋敷き代わりになるものを出しに行く。鍋敷き必要なものって何作ったの?て思ったけれど、それは真一郎が持って来たものを見て納得した。


「熱いから気をつけろよ」
「ありがと」


真一郎がキッチンミトンをつけて持って来たのはアルミ鍋に入ったうどん。なるほどね、作ったのは鍋焼きうどんってわけだ。あたしが用意しておいた鍋敷き代わりのそれに一つ乗せてキッチンへと戻り、すぐにもう一つ持ってきてテーブルに乗せる。モクモクと上がる湯気は、この鍋焼きうどんが出来立てであることを立証していて、あたしがぼんやりと見つめている間に箸とレンゲも持って来てくれたから至り尽くせり過ぎる。


「美味そうだろ?」
「うん。でも、これ熱するだけだよね」
「包丁なしでも作れるし、色々入ってるし美味いから良いんだよ」



つい言ってしまった。だってこれ、コンビニとかで冷凍食品コーナーにあるアルミ鍋に入ったままのガスコンロで熱すれば食べられるうどんだ。たしかにこれなら具材は入っているし、包丁も使わず美味しくできる。インスタントじゃないだけマシだし、なるほどなと感心してしまうが、思わず言わずにはいられなかった。だから、つい言ってしまったが、真一郎は拗ねるわけでもなく美味しいから良いんだと返してくる。それにちょっとだけ安堵しつつ、わざわざ買ってここまで来てくれたことに感謝しながら、「いただきます」と呟いて、頂くことにする。


「おいしい」
「だろ、食えるだけで良いからちゃんと食えよな」
「うん」


出来立てで熱々、しっかり味の染み込んだうどんは美味しかった。うどんを一本一本ゆっくりと啜りつつ、ネギや鶏肉をたまにつまんだり。心なしか体の中もジンワリとしてきて、冷めていたはずの気持ちがちょっとずつだけど満たされていくのを実感する。



「仕事、最近どうなんだよ」
「…どうって、まあ…」


うどんを三分の一、食べ終えた頃だ。話題に出てきたのは仕事のこと。あたしは上手い言葉も出ず、歯切れ悪く動かしていた箸を持つ手もだってあからさまに動かせず。真一郎は半分ぐらい減ったうどんを咀嚼しながら、あたしの言葉を待っている。


「それなりにやってるよ」
「そっか」


出た言葉は曖昧なものだった。それだけを吐き出して、再びうどんを口に運んで、あえて発言できない状態を作る。それを見た真一郎は深く追求せずに同じように食べ始める。


仕事に関しては何も言えなかった。元々、忙しくてやりがいがあると思ってはいたけれど、ここ最近伸び悩みというか上手くいかない小さな出来事がポツポツあって。やってあげたことが報われなかったり、自分のやったことが認められなかったり、それでも自分でそれなりに気持ちを切り替えて来た。だけど、昨日自分にとって大きなミスがあって、それで心がポキっと折れてしまった。何かをすれば気分転換になるのかもしれない。なんなら今日こそ真一郎に会っていれば塞がんないで腐らずに入れたんだと思う。けど、それ以上に気持ちが塞いでしまってダメだったんだ。このままだときっと嫌な奴になってしまうと思って、あたしは今日の予定をドタキャンすることにした。だから今日、体調が優れないというのも全部精神的なもの。とりあえず何処も具合は悪くないからこそ、こうやって来てくれた真一郎の優しさに泣きそうになりつつ、申し訳なくなった。


「真一郎は、最近どうなの」


自分の話題は今しちゃいけない。きっとボロが出るし、そうすると真一郎に心配をかけるから、あえて真一郎に話をさせるように話題を切り替えた。


「仕事?」
「そう、仕事」


真一郎は、自分自身でバイク屋を営んでいる。この年齢でバイク屋をやるなんて、経営をしたことがないあたしでも大変なのは一目瞭然。むしろ、目に見えない苦労の方がたくさんあると思う。何から何まで自分でやるなんて、並大抵の努力じゃ成し得ないし、家のことも大変なのはわかっているからこそ尊敬してしまう。だけど、真一郎はいつだって大変な素振りを出さずにいるから、逆にどうやって乗り越えてるのか知りたいぐらいだった。


「まあ、ボチボチ?」
「なにそれ」


まるではぐらかされたようで、あたしは失笑しか出ない。はっきりしない真一郎の言葉は今に始まったことではないけれど、この曖昧さはさっきあたしがやったばっかりだからお互い様故に強く言い返せない。


「いろんな奴のおかげで、紹介者が増えて落ち着いて来たって感じだな」
「ふーん、ワカくんとかってこと?」
「おう。ワカたちのジムにオレの店のポスター貼ってくれてんだって」


バイク屋といえば、買いに行くとか故障したとか、後は備品とかメンテで行く時のイメージ。実際にそういうことしてるって言っていたけれど、となれば固定客とか新規を集めるのも大変だと思う。毎日、どれだけの利用があるとか考えるだけでも嫌になるけれど、真一郎は顔が広い。ワカくんと言えば真一郎の昔からの仲間の一人であり、ジムを経営しているのは知っている。ジムにポスターと言われて、なるほどなってなった。ジムならいろんな人の利用だって多いだろうし、バイクが好きとか乗りたいとか逆に利用していて困り事があった時に書いてあったら行こうかなって思うかもしれない。聞いていれば、他にも昔馴染みのお仲間さんたちが結構口コミってやつをしてくれてるんだとか。


「真一郎は本当人望があるね」
「ありがたいことにな」
「嬉しいことじゃん、ご縁は大切にしなきゃ」


苦労をしているはずなのに、いつだって明るく過ごす真一郎は本当にできた男だ。昔からのお仲間さんたちに慕われているのも知っているが、こうやって仲間の手助けがあってってそういう風にしてもらえるだけの男だということになる。ヤンチャしていた時は相当やってたし、おかげで弟の万次郎たちもとっても元気で健やかにヤンチャしている。


「じゃあ、これから更に真一郎は忙しくなるのかな」
「それは嬉しい限りだけどな〜」


なんとなく、上の空な一言。


「いろんな人に出会えるのは嬉しいことだけど、それで忙しくなるのもな」
「そう」
「自分のやりたいことばっかやって来たしな」
「うん」
「これから先なまえとの時間を最優先するつもりだし」


何か思うことがあるのだろろうと思っていた。だから、突然言われた言葉にあたしは詰まる。


「人生100年だとしても全員に会えるわけじゃねぇし会える人たちの縁、なまえの言う通りやっぱ大事にしねぇとな」


ニシシと笑う真一郎。大変なこともへこたれずに笑って乗り切る彼に何度心惹かれただろう。だけど、


「真一郎。それって、プロポーズ…?」
「ん…?あ」


これから先、あたしとの時間を最優先するって言葉。シンプルな真一郎の言ったその言葉、これから先ってどれだけ先のことなのか、最優先するって重くも聞こえる言葉なのにあたしは嫌じゃなかった。


「ま、まあそれは改めて…つーか、さ」
「そっか」
「おう…」
「真一郎が相手なら喜んで」
「…え、ま!?」


ガタッと思わず立ち上がる真一郎。さっきまで無意識に言葉を吐き出したかと思えば、指摘されて歯切れ悪かったのに、本当に飽きない人だ。改めてって言ったからあたしもこれ以上いうつもりは無いけれど、ふふっと笑って誤魔化してうどんを再び咀嚼する。
仕事で嫌なことばっかりで、精神的に来るものがあった。小さな上手くいかないことが積み重なっているだけでなんとか自己解決していたけれど、大きなミスでポキッと折れたメンタル。真一郎の方がきっと大変な思いをしているだろうから、絶対彼には吐き出したくなくて、でも会ったらうまく自分をコントロールできないだろうなって思っていたはずなのに。すっと人の心に入ってきて、寄り添ってくれる真一郎。自然と優しさや安心感を与えてくれるからこそ、彼は人に好かれるんだろうなって改めて実感した。


「真一郎、」
「ん?」
「今日はありがとう。ごめんね」
「いいって。気にすんな」
「うん、来てくれて嬉しかった」


これからの人生、まだまだ大変なこと、嫌なこと、理不尽なこといっぱいあると思うけど、真一郎が横にいるならばあたしはそれだけで幸せだと思えるだろう。



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