tkrv×UVERworld | ナノ

凛句×羽宮一虎


※俺の憧れの人の姉シリーズ
※原作沿い+12軸


「お久しぶりです、一虎くん」


務所から出たオレが初めて見たのは、黒い髪色にしている千冬だった。
千冬はオレの身元引き受け人になったという。身元引き受け人って家族以外でもなれんだ…って思ったけど、その前に千冬もオレなんかの身元引き受け人になるなんてどんな神経してるんだって思ったのが正直最初の印象だった。


「今日からオレの家でルームシェアをしますんで」
「えっ」
「拒否権はないんで」


次に受けた印象は、正気か?という気持ち。だって、千冬は今なんて言った?ルームシェアって本気なのか。オレの身元引受人になったことだけでも驚きなのに、ルームシェアって。変わりゆく景色も何一つ頭に残らないまま、悶々とした気持ちを抱えていれば千冬が「身元引き受け人の条件にルームシェアや仕事で関わりを持つってことが入っているからです」と言われて、なるほどって納得せざるを得なかった。
どの道をどのように通っているのかもわからず、連れてこられた見知らぬ土地。もしかしたら知っているかもしれないけれど、あまりにも周りの風景は変わりすぎてしまっていて、車のスピードで流れゆく認識だけでは到底オレには何一つ理解できなかった、というのが正解だろう。車を降りて、千冬の後ろを歩くオレは、信頼されているのか、逃げないという確信があるのか。完全に死角にいるオレに一度も見向きもせず歩み進める千冬の神経にやっぱり違和感を感じつつ、後ろめたさしかないオレは素直について行くだけ。千冬が止まったのはとある一室の扉の前で、ポケットから鍵を取り出して差し込み、回せばガチャという鍵が開く音がする。重い扉を開けて、「今日からここで一緒に生活ですよ」と千冬は言った。別に手錠をされてるわけでも、拘束具を身につけられているワケでもないのに、千冬の今言った一言は十分すぎるほどの枷のように感じさせられた。


胃が痛い…。


そっと腹をバレないように撫でながら、玄関へと足を踏み入れた。
中は小綺麗にされていて、割とシンプルな感じ。千冬は水色のカーテンをシャーっと開けて窓を開ける。外の光が入り、部屋が少しだけ明るく見えた。食器棚には色々な食器が並び、二人掛けのソファーとテレビがある。ここで千冬と暮らす…。


「ある程度、生活用品はありますが、着替えとか諸々必要なので買いに行かないと」
「うん…」


その当たり前のように話しかけてくることが、本音を隠したように見える表情が、全部全部怖いと感じた。
いっそのこと、罵られればよかったのに、千冬は一切そんなことをするわけでもなく、オレにここで生活するための理由をくれる。まず始めに家事をすることから。一人で暮らしていくための自立をここで養うように、と。ある程度慣れてきたら次は仕事だそうだ。そうやって物事を少しずつこなしていき、社会復帰をよりスムーズにするための算段を千冬なりに考えてくれたらしい。
最初こそ緊張して、全然周りが認識できていなかったこの家の中も、ある程度気持ちに余裕が出てこれば見方が変わる。廊下を通った際に扉は多分四つぐらいあった。一つはトイレ、一つはお風呂場として、多分残り二つは部屋だと仮定する。と、なれば一人暮らしにしては、ちょっと広すぎるそんな家に千冬は住んでいる。ペットショップ、やってるって言ってたな、と思ったけれど、やっぱり一人で住むとしても店をやるにしても、規格外な気がした。

だけど、オレには深く聞けるほどの勇気も間柄もなく、日々与えられた此処にいるための理由という名の決め事をこなしていく。掃除をして洗濯をし、ご飯を作る。材料は千冬と一緒に買いに行って、食材の見定め方とか教わった。最初こそ、あれがダメ、これがダメ、と注意を受けることも多かったオレだけど、失敗に失敗を繰り返しつつ、その言われる頻度は日々を重ねるごとに減っていく。

この家で生活する上で千冬に言い付けられたことがいくつかあるが、そのうちの一つだけが明確ではないものだった。


「一虎くんに家事全般をとりあえずお願いしますが、この部屋だけは何もしないでください、まず入らないでください」


ここに来た日、千冬に言われた言葉。家の中を案内されている最中、今までの説明とは打って変わる内容がとても印象深い。それもそうだ、何もしないでくれと言った上で、入らないでくれと念を押してきたのだから。オレは「わかった」と一言それしか言えなかった。深く追求はできない。結局この部屋の中は謎のままだ。家事をしていて、たまに思う。この部屋の中の掃除はいいのか、とか、換気しなくていいのか、とか。他の部屋の家事をするようになって気になり始めたオレはだいぶ進歩だと思う。オレも千冬も、もう一つの部屋で眠り、日常的な生活はリビングで行うから支障は何もないのだけれど。ふとした時、オレは引っ掛かりを覚える。

この家に来てすぐ、日用品で必要なものは揃えようと言った千冬。確かにその後買い物に行ったが、買ったものといえば、身の回りの衣類や歯ブラシなどの消耗品。常に千冬への罪悪感と後ろめたさ、いつまで経っても直視できないオレは伏せ目がちに日々を過ごしてきたせいで気づかなかったが、気づかなかったことに一つ気づくと、また一つと発見が後を尽きない。
例えば、食器でも洗面所で歯磨きの際に使うコップも二つあった。暖色系と寒色系のコップが二つ。千冬には「これ使ってくださいね」と言われた寒色系の青みかかった方を使うように言われていた。次にテレビの横や棚のところに置かれた小さい小物が女っぽいということ。動物をモチーフにしたものたちが置かれていて、千冬の趣味といえばそうかもしれないけれど、気になるといえば気になる。最後に引っかかるのは、リビングに置かれた花瓶に生けられる花だった。千冬は仕事の帰りにたまに花を持って帰ってくる。その花は毎回同じでオレンジ色の花びらが多いやつ。
千冬に一回尋ねたら「もらったんで」と一言、ピシャリと言われて終了したんだっけ。だから、オレもその時深く追求することをやめたんだった。
オレは千冬によって今ここに、少しずつ社会に戻るだめの準備を繰り返し過ごして行けている。だけど、本当にそれでいいのか?千冬はオレを恨んでいるはずだ、オレが憎くて仕方ないはず。それなのに、そんな様子は一切見せないで、毎日一緒に過ごして。オレが出所してくるまでの千冬はどうやって生きてきたというんだ…。
いろんなことを考えたら一気に心拍が上昇するのがわかった。呼吸が苦しい、オレは…、オレは…。

これが果たして何の気持ちなのかわからない、不安なのか、それとも恐怖なのか。気づけばオレは開けてはいけないと言われている部屋の前に立っていて、ぎゅっと胸の辺りを握り占める。カラカラになった口の中の唾を飲み込んで、一度も触れたことのない開けてはいけないと言われたはずのドアノブに手をかけた。


「ッえ」


開けてみた部屋は予想外の光景が広がっていた。落ち着いた淡いピンクっぽいカーテンに絨毯か引かれていて、部屋の壁に沿って置かれた皺ひとつ寄っていないシーツのついたベッド。部屋の真ん中に置かれたローテーブル、その上にはたくさんの写真立てが置かれていた。


「こ、れ…」


部屋には踏み入れられなかったけど、この位置からでもわかる写真を見てオレは言葉を失う。目の前が真っ白になって、冷や汗が噴き出して、喉はカラカラに枯れて、そして。


「何してるの」


びくりと体が震えた。この家にはオレしかいないはずなのに、突然聞こえた第二の声。この声が千冬だったらどれだけ良かっただろうか。言いたいことを色々と言われてオレはひたすら謝るだけ。それなのに、聞こえてきた声は千冬どころか、男のものですらない。慌てて振り向いた先にいたのは、見覚えのある面影を残した女がオレを射抜くようにジッと見つめていた。オレはこの女を知っている。


「あ、え、あ」


声がうまく紡ぎ出せず、視界が震える。違う、オレの体がより震えているんだ。酸素が上手く肺に回らない。頭が考えることをしてくれない。オレは部屋の鍵を閉めていなかったっけ、まず鍵を開けたか?千冬が仕事に行った時は?どうだったのか、何もわからない。


「オレ、っ、お、れっ」


何もわからないオレはその場に座り込み、頭を床につけることしかできなかった。


「抜き打ちで来てみたから、そりゃ驚くよね」


顔は見られない、千冬と再会した時もそうだったけど、それ以上に顔を合わせられないと思った相手がここにいる。


「顔上げてよ、話しよう。一虎」


忘れもしない、場地の姉であるなまえだった。



なまえは部屋に上がり、当たり前のようにケトルに水を入れてスイッチを入れ、その間に慣れた手つきで棚からインスタントコーヒーの入った瓶を出し、食器棚を迷うことなく開けてマグカップを二つ取り出した。全ての動きがスムーズで迷いが何一つない。カチッと音と共に沸騰したであろうケトルからお湯を注いで入れてくれたコーヒーを片方、オレの前に差し出してくれる。ちなみにここまでの流れも全部オレは一度もなまえの顔は見られていない。全部首から下の動きだけを視界の端に入れて見ていただけ。
嘱託用のテーブル椅子に向かい合うようになまえが腰掛けて、一口自分で入れたコーヒーを啜った。


「ご飯、味付けよくなったらしいね。掃除とか洗濯も良くなってきたって」


何を言われているのかわからないオレは何一つ声を発せないでいる。ご飯、掃除?洗濯って何。ぐるぐると言われた言葉をリピートする。


「一虎はさ、会いたくなかったでしょ」
「ッ…」
「まさか、ここに来るなんて思わないよね。でも、ここ、あたしの家でもあるから」


ドクンと心臓が大きな音を立てて脈を打った。やっぱり、そうだった。千冬が開けるなと言ったあの部屋をなまえは自分の部屋だと言った時点で薄々理解はしていた。あの部屋で見た写真は、千冬となまえが一緒に写ってるものばかりだったから。


「正直、あたしは一生もう会いたくないって思ってた」
「…な、ら」
「なんでって感じだよね」


なまえは笑いもせず、ずっと澄ました顔だった。千冬とは違う、張り詰めた空気。


「だって、千冬に身元引き受け人のこと、背中押したのあたしだから」
「は、…」


多分ここで初めてちゃんとなまえの顔を見た気がする。目が合ったと言えるだろう。なまえはまた一口、コーヒーを啜ってポツポツと語り出す。


「千冬、すっごい圭介のこと大好きでさ。自分だってやりたいことあっただろうに、圭介の夢叶えるための勉強して、ペットショップまで開いたんだよね。それだけでもすごいのにさ、なんでそうしたと思う」
「…場、地が好きだから…」
「そうだね。じゃあ、なんで千冬は一虎のこと引き取ったと思う?」
「…それ、は…」
「そこはわかんないか…、そこまでわかってるのに。千冬も言えないだろうから代わりに言うけど。一虎のためなんだよ」


なまえの口から出たオレの名前は今回が初めてじゃないのに、今日の中だけでも何回か呼んでいたはずなのに、この時だけは何か違うものを感じた。


「千冬は圭介を本当に尊敬してた、信頼してた。だからずっと圭介ならどうするか、を第一に考えてきてた。圭介ならきっと、って思ったんだろうね。一虎を見離さない。最後までそうしたように。ここまで貫き通せるのも凄いし、ある意味千冬もバカだもんね。あたしは尊敬するよ…。千冬はさ、言ってたよ」


場地さんがあの時、自分で自分の腹をブッ刺して、一虎くんにはやられないと言った。
場地さんは一虎くんにこれ以上、負い目を感じないようにしたかったんだと思う。
場地さんの中で、一虎くんは大切な仲間だから、何とかしてあげたかったんだ、と。


「ここまで圭介のこと考えられる千冬が凄いなって思った。それと同時に圭介は本当にいい仲間に会えたんだなって思たら誇りに感じた。そんな圭介の、10年経っても同じ熱量でいるってすっごく大変なのにさ、変わらずにいる千冬がホントすごいよ。そんな千冬がやりたいって、決めたからあたしはやらしてあげることにした」


なまえの笑った顔、どこか寂しそうに、だけどふんわりとした優しい表情。何年ぶりに見ただろうか、彼女の笑みを。もう見られない、見ることはないと思っていたから、喉の奥がグッと何かが込み上げる。なまえは言った、今でも忘れない、打ち明けられた時の千冬の真剣な表情…、と。


「まあ、やりたいって言いつつ、あたしに相談して来た時、流石に酷な頼み事だなって思ってた部分もあったみたいで最後の方は言葉濁してたんだけどね」
「…そ、か」


全てが合致した。空白だった年月、オレの知り得ない時間はこんな風に過ぎて行ったんだ、と。場地は亡くなっても尚、ずっとそばにいてくれていたんだと思い知らされる。それは千冬やなまえを通して、オレのことを一人にはしないように、と。



「一虎、アンタはあたしを見るたびに思い出せばいい。自分のしたことを。決して許されることじゃない、その罪をあたしを見るたびに思い出して生きて言ってほしい」
「…うん」
「そして、千冬と一緒に圭介のやりたかったこと、いっぱいやってあげて」
「、なまえ」


泣いてはいけない、オレはそれだけのことをして、被害者の家族であるなまえの前で泣く資格はないと思っていたはずなのに。なまえが言った千冬と一緒に場地のやりたかったことをやってほしい、という言葉を聞いた瞬間、心の中で堰き止めていた何かがブワッと溢れ出す。それは、なまえがここに来て初めてオレに向かって笑ってくれたからか、場地のことを思った言葉を聞いたからか、違う…、違くないかもしれないけれど。なまえの表情もかけてくれた言葉もそうだけど、何より罪を思い出して背負っていけと言いつつも、結局はオレという存在を最後の最後には責めずに認めてくれた言葉だったから、オレの中の感情が溢れ出してそれは水となり目から溢れていた。


「じゃないと、圭介の気持ちが報われないもの」
「ごめ、ッ、なまえッ、ば、じ…ッごめ、ッなさい」
「圭介は不器用だけど、好きだから、大切だったから一虎のそばにいたってこと忘れないでよ」


オレはずっとボロボロに泣いた、気が済むまで泣き続けた。その様子をなまえは困ったように笑って、オレのしたいようにしてくれるその姿はまるで姉ちゃんみたいだな、って思った。本当はなまえが泣くべきなのに、なんてオレは弱いのだろうか。そしてこんな人生を歩んで来てしまったオレに周りはなんて優しいのだろうか、と自分の悲観的な人生の中でも優しい仲間と居場所があることに感謝して再び涙が溢れる。

いつの間にか千冬が帰ってきて「え、なまえさんッ!?」って驚いてたし、泣いてるオレを見るなり「一虎くんも何で!?」って声を荒らげていた。なまえは千冬にも黙って本当に来たらしい、とここで初めて発覚する。


「ここ、あたしの家だもん」
「そうだけど…!だって実家にしばらくいるって…!」
「言ったけど、ここに来ないとは言ってないもんね」
「〜〜〜なまえさんッ!?」


千冬もなまえに振り回されてるみたいで、つい笑ってしまった。あぁ、こういうところは場地っぽい、場地の母ちゃんを思い出して懐かしくなる。本当、オレはバカなことをしたなと思い返しながら、これから場地の家族には真摯に向き合っていこうと改めて思うことができた。


そういえば、千冬がいつも持ってきてたあのオレンジの花はガーベラと言うらしい。ガーベラの花言葉は希望や前身。その中でオレンジ色のガーベラは我慢強さ、忍耐強さという意味もあるとか。
その花を用意していたのはなまえで、千冬に渡して家に持ち帰るように言ってたらしい。なまえは最初、オレにはもう会いたくないと言っていたのにな…。

これから苦難しかないであろうオレへ負けずに前へ進めというなまえの本音を垣間見た瞬間だった。



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