佐野家の猛獣使い | ナノ
■ 実は新成人です

三が日はイザナと万次郎に呼び戻されて、ゆっくりできなかった。佐野家に行って真ちゃんにも新年の挨拶をしたけれど、二人のおかげで破茶滅茶だった。そんな年明けをやり直すべく、改めてお邪魔した佐野家。そこであたしはみんなと一緒に食卓を囲んでいる。


「そういえば、名前ちゃん今度の休みだろ?」


エマちゃんの作ったおかずを箸で取り、パクリと口に運んだ瞬間、真ちゃんに話しかけられる。何が?って思っていたら、続けて言われた言葉にあぁと納得した。


「成人式だろ、今年」
「あ、うん」
「成人式?」
「待って、名前成人式出んの?」


成人式、その単語に納得したあたしとは裏腹に、驚きと予想外って顔に書いてあるイザナと万次郎があたしを見つめてくる。え、待ってはこっちのセリフなんだけど。


「そうだよ、今年新成人」


改めて二人にあたしが今二十歳であること踏まえ、新成人の年であることをを伝えれば、イザナは眉間に皺を寄せて口をポカンと開けてるし、万次郎なんてなんでか指折り数え始めている。


「名前って二十歳か!」
「そう、ちなみに今年二十一の年ね」


万次郎、あたしの年齢忘れてたの?それはそれでちょっと驚いた。まあ、年齢を覚えていて何があるって話になっちゃうんだけど。あたしたちは年齢を気にしていたらダメだと思っているから、あえて年齢の話をしてこなかったのだけれど、逆にそれが仇となったのかもしれない。


「名前、振袖着るんでしょ?」
「うん、だから前日から実家に帰るし、成人式の日は早起きしなきゃ」
「楽しみだな。同窓会とかやるんだろ?」
「そうそう、卒業してから会ってない同級生とも久々に会うんだよね」
「ウチ、名前の振袖姿見たいな〜」
「写真撮ったら見せるね」


エマちゃんと真ちゃんにポンポンと投げかけられる質問たちを交互に返す。真ちゃんは成人式を経験しているから、懐かしいな〜なんてぼやいているし、エマは振袖に興味を示していて、やっぱり女の子らしい着目点だなって思った。楽しい会話に花を咲かせていたけれど、ここであたしはハッとしてずっと黙ったままのイザナと万次郎に視線を送る。


「二人とも、その日は大人しくしててね。来ちゃダメだよ」


さすがにないかな、と思ったけれど念のため。そう念のため、言葉にしたら、二人ともピタリと動きを止めてしまうから、あまりにもあからさますぎて、こっちが何か詰まりそうになる。当たり前でしょ、成人式に二人が来たらどうなるか、考えただけでも頭が痛い。なのであたしは再度二人に言った。


「来ちゃダメだよ、二人とも」


最後まで、うんともすんとも言わない二人だったけど、再度念を押すことにしてこの話題はここで終了。ちなみに真ちゃんは苦笑いだし、エマは呆れた表情で二人を見ていた。



成人式当日は朝から大忙しだった。
早起きをしてからメイクをし、着付けのために予約していた美容院に行ったり。まずはヘアセットから。髪をアップにして、髪飾りをサイドに当てがい、「こんな感じでいいかな?」と言われたのであたしは「はい」と答えれば、それがきちんとセットされた。ヘアメイクが終われば次は着付け。前持って持ち込んでいた今回着るための振袖たちは、美容院の着替えるスペースに広げられていて、あたしは言われるがままに動くだけ。服を脱いでから、これに袖を通して、次はこれ、こっちを向いてと促され、立っているだけだけれど、慣れないことにこれだけでもちょっと疲れてしまった。
準備完了、美容院の人たちに挨拶をしてあたしは成人式の会場へと足を運ぶ。途中、友達と合流したら、みんなそれぞれ色鮮やかな振袖を着ていて、どれも可愛かった。成人式では区長だか、市長だかのお言葉を聞いてたけれど正直あまり頭の中には残っていない。参列が終わればあとは友達探し。同じように成人式に参加していた同い年の新成人が溢れかえっていて、右を見ても左を見ても人人人。携帯片手にいろんな子とメールを送ってどこにいる、などのやりとりをするけれど、向こうも向こうで誰かといたり移動中だったりで返事がすぐに来なかっかり、人混みをかき分けていくには難しかったり。テレビで毎年見てて知ってたけれど、成人式ってこんなにごちゃついてたのかぁ……とちょっと気が遠くなった。



慣れない格好に慣れない履物と多すぎる人の数に揉まれて既にクタクタ。それでも体を動かさなければ、という一心で疲れを意識しないように心がけて辿り着いたのは見慣れた家。あたしは門を潜って、庭の方に足を進めた。何故、玄関に行かなかったのか。それは庭の方から声がしたから。声は複数、喋ってるって言うより意気込みとか掛け声というか、咄嗟に出してる声がする。ひょっこりと、でも控えめに覗いてみた先にはやっぱり、という光景が広がっていた。


「っ、おらッ」
「はっ、いーねッ」


私服姿で手合わせをしているイザナと万次郎。そう、やってきたのは佐野道場であり二人の実家である佐野家だ。二人は完全に二人だけの世界に没頭しているらしく、あたしに気付く気配すらない。うーん、どうしたものか、と入るタイミングもわからず見つめていれば、同じ姿勢で辛くなってきて、片脚を一歩改めて踏み締めた瞬間、足元にあったらしい缶を軽く蹴っ飛ばしてしまう。カランカランと音を立てて缶は転がり、あたしは思わずそれを「あ、」と声を漏らして見つめるけれど体は動かなかった。


「ッ名前?」


蹴飛ばしてしまったのは何かのスプレー缶のようなもの。多分、真ちゃんの物かイザナかもしれない。拾おうにも慣れない振袖のせいで見てることしかできなかったあたしの名前が耳に入り、視線をずらせばイザナと万次郎もまるで鉄砲玉でも食らったかのような顔であたしを見つめて立っている。


「成人式はッ?!」
「行ってきたよ、終わったからここに来たの」
「同級生とは会ってきたのかよ」
「うん、それがめちゃくちゃ人が多くて大変で…!」


先に口を開いたのは万次郎。飛び跳ねそうな勢いで食い入るように投げかけられた言葉。ここにあたしがいることが信じられないという心の声までダダ漏れだ。上から下まで何度も食い入るように見つめる万次郎のその行動には敢えてツッコまずに、投げかけられた質問に答えれば次に口を開いたのはイザナだった。イザナはあの日の会話の内容をしっかりと覚えていたようで、まさかこの時間にあたしが戻ってくると思えず半信半疑の質問、って感じだった。成人式には行ってきたけれど、テレビで見る以上にゴチャゴチャしていたこと、式自体は然程面白いものではなかったこと、いろんなことを伝えたくて話し始めたあたしだったけど、イザナが突然あたしの頬に触れるから自然と言葉が止まってしまう。


「いいじゃん」


小さく呟いた言葉には珍しくわかりやすいほどの愛おしさが含まれてて、それに加えて優しく頬を撫でる行動にドキッとしてしまった。突然の不意打ちに頭が真っ白になって言葉も出ないあたしに更に追い打ちをかけたのは万次郎だった。


「スゲーかわいい」


至近距離までやってきていた万次郎。あたしより少し身長が高いけど、ほぼほぼ大差があるわけじゃないから、近くまで寄られたら顔の距離だって至近距離で、思わず息を飲む。


「ッちょ」


完全にいつもと違う場の雰囲気が漂い、あたしはどうすれば良いのかわからず翻弄。絞り出した声も言葉にならず、振袖のせいで身動きは取りにくくて、どうしようって頭の中は大混乱。思わずギュッと目を瞑った瞬間、「あれ、名前ちゃん?」って声がしてあたしは勢いよく振り向く。


「し、んちゃ」
「おっ、名前ちゃんすっげぇかわいいじゃん!?似合う似合う!」


タバコを吹かしながら、手にしていた軍手を外してやってきた真ちゃんに心のどこかで助かった、と思ってしまった。真ちゃんは多分何か作業をしていたんだろう。軍手の汚さがそれを物語っていて、あたしの心境をもちろん知らない真ちゃんは呑気にあたしの格好を褒めちぎってくれた。


「いっや〜スッゲェかわいッッッッテェ!」
「空気読めシンイチロー」
「は!?」


呑気に褒めちぎってくれてる真ちゃんはニコニコだったはずなのに、突然大声を上げて驚きと痛みに堪える表情になってしまった。それもそのはず、あたしもしっかり見ていたのだけれど、そばにいたイザナが真ちゃんの脛を蹴ったからだ。それは痛い、間違いなく痛い。あたしがされたことじゃないのに、あたしまで痛みを想像して顔が歪む。


「今からいいところだったのにな〜」
「ちょっと、万次郎…!着崩れちゃう」
「別にいーじゃん」


あたしも真ちゃんは完全にイザナの方に気がとられていたから、不意に片側から重みを感じ、気付いた時には万次郎がいつものように抱き着いている。いつもの私服ではないのだから、やめてほしいのに万次郎はニッコニコの笑顔で離してくれない。


「着崩れたら脱げばよくない?」
「離せ、マイキー」
「イザナ…」
「脱がすなら俺だ」


あぁもう期待したあたしがバカだった。万次郎の行動を見かねたイザナが止めてくれたと思ったけれど、浅はかだったわ。イザナも万次郎もやっぱりお年頃の男の子。隙あらばちゃっかりしているせいで、あたしの気持ちは落胆。


「んもう!脱がない!エマちゃんにも会うんだから、離しなさい…!」
「そうだぞ、お前ら。名前ちゃんは一生に一度の大事な成人式なんだから、迷惑かけんな」
「んだよ、羨ましいのかシンイチロー」
「そーだ、そーだ!」
「ッるせぇなぁ!」


真ちゃんもあたしの味方になってくれたけれど、真ちゃんをナメきってる二人には響かない。こういう時ばっかり、二人は意気投合して真ちゃんを煽るから困ったものだ。


「ほら…、真ちゃんいじめないで…、せっかくだから三人で写真撮ろう」


結局この場を収集させるのも自分自身しか頼れず。はぁ、と息を吐いて提案した写真撮影によりその場は収束。真ちゃんにあたしが持っていたインスタントカメラを手渡す。佐野家の庭をバックにあたしが立てば、その両端にイザナと万次郎が立ち並ぶ。せっかくだから、と思って二人の手を取って指を絡めさせれば、二人も握り返してくれた。


「ほーんとお前ら仲良いよな」
「名前はやんねぇからな」
「わーってるって、ほら撮るぞ〜」


イザナも万次郎もあたしに寄り添う。あたしより身長が高い二人の頭があたしの顔の少し上のところに来るよう、顔を傾けてくれる二人にあたしはふふっと頬が緩む。真ちゃんの仲が良い発言はきっとそのことを言ってるんだろうけれど、イザナも万次郎も多分わかってないんだろうな。


「ウチで夕飯食べようよ」
「ついでに泊まってけよ」
「え、このあと同窓会だから、あたしはまた行くよ?」


左右から大ブーイングの嵐。ちゃんと言ってたはずなのに〜と、ほんと困った二人。手を離さず、両端からガンガン言ってくる二人。呆れつつも、こんだけ愛されてるとプラス思考で受け止めたら、かわいいもんだなって思ってしまったので、なんだかんだあたしも二人が好きだからつくづく甘いのだ。

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