佐野家の猛獣使い | ナノ
■ 突撃実家訪問

年末年始って言ったら、家族で過ごしたり、友達と過ごしたり、恋人と過ごしたり。それは人それぞれだと思う。特に一人暮らしをしている人は、どんな過ごし方をするのが多いのだろうか。あたしといえば、実家は近いけれど一人暮らししていることもあり、実家に戻って家族でまったり過ごすタイプ。実家のこたつに入ってぬくぬくとするのがすごく至福の時間だったりする。


「名前、ちょっと」
「はあい」


年末もしっかりまったり過ごしていたというのに、元旦も変わらずぬくぬくとだらけられるのが実家での特権だと思ってる。それなのに母に呼ばれてしまって、気だるい返事をしながら重たい体を無理くり動かして立ち上がる。こたつから出て数秒、既にこたつが恋しい。名前だけ呼んで用件がなんなのか、こういう時に呼ばれる理由って大体大したことないってわかってるんだから、そう思いながら呼ばれた方へと足を進めるとあたしは予想外の光景に思考回路が停止した。


「よぉ」
「迎えに来た」


だって誰が予想できた?ここは実家、一人暮らしの家ではない。その玄関にイザナと万次郎が二人並んで立ってるなんて、そんなの聞いてない。ちょっとお母さん!?


◆◆◆


あたしは項垂れていた。


「しんじらんない…」
「信じろ、これが現実だ」
「あたしのこたつ…」
「じゃあ、オレがあっためてやるよ」


あと3日ぐらいはのんびりするつもりだったのに、あたしは今外にいる。別に寒いからこたつを求めているのではない。普段は一人暮らしで身の回りをしているからこそ、実家に帰って何もしなくても良い環境下、こたつの中でぬくぬくダラダラする時間が好きなのだ。だから、今イザナにピシャリと現実だと言われても、万次郎に温めてあげると言われても、求めているものはそれじゃないので何一つ嬉しくない。


「第一、なんで実家に戻ってんだよ」
「年末年始ぐらい戻って家族と過ごすでしょ」
「俺らがいんだろ」
「真ちゃんたちがいるでしょ」
「名前がいねぇだろうが」


イザナはイザナで不貞腐れた表情をずっと浮かべて、ずーっとあたしに問いただすような口振り。口を開いて投げかけられる言葉がさっきから刺々しいけど、あたしにもちゃんと言い分があるのでこっちも負けじと切り返す。この調子だとちゃんと家族で過ごしたのか不安なんだけど、イザナのことだからお仲間さんたちと過ごしててもおかしくないし、それはそれで真ちゃんとかへこみそう。


「イザナなんかほっといて名前は俺らの家のこたつに入ればいいじゃん」
「あ?」
「うん、ナチュラルに佐野家に行く流れ作んないで」
「だって、エマも名前に会いたがってんだけど」


うーん、こっちもこっちで新年早々相変わらずすぎる。万次郎はイザナを煽りながら、ちゃっかりあたしに体重をかけてくっついて甘えてくる。エマの名前まで出されちゃ邪険に扱えないのわかっててずるいなぁ、もう。


「新年の挨拶、真一郎たちにしないわけないよな?」
「じいちゃんにも会わねぇと」


両端から畳み掛けるように言われる言葉は正論とも取れる内容ばかり。これで否定したらあたしが非常識みたいじゃん、そう思いながらあたしはため息を一つ。そこまで言われて動かないほど冷たい人間ではない。本当なら三が日を実家で過ごして、戻ってからちゃんと挨拶行こうとしてたんだけど仕方ない。


「わかった、佐野家にお邪魔します」


本当に困った二人だわ。こういう時だけ二人して顔を見合わして、してやったりって顔するんだもん。本当仲が良いんだか悪いんだか。







「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」
「あけおめ、ことよろ。お年玉」
「シンイチローお年玉」
「お前らなぁ…」


やってきたのは気心知れた佐野道場、ではなく佐野家の方で居間にお邪魔している。そして真ちゃんにちゃんと新年のご挨拶。をしているはずなのに、真ちゃんの表情は浮かないそれで。それもそのはず、あたしの両隣に座るイザナと万次郎のせいだと思う。二人は一緒に年越し過ごしてないの?ってツッコみた口なった。けど、ここで口出ししたらなんか負けな気もしたから言わないけれど。真ちゃんは眉間に皺を寄せて腕を組み言葉を絞り出す。


「ストレートにお年玉せがむな」
「だって俺、まだ子どもだもん」
「保護者だろ、シンイチロー」
「ほんっとうにお前らって遠慮とかねぇのかよ!?」


真ちゃんかわいそうだし、この流れだとあたしもお年玉せがみに来たみたいでなんかやだな…。違う、あたしは決してそんなつもりはない。だけど、今何言っても説得力がないのでやっぱり黙ってるしかない。


「名前だって欲しいよな、お年玉」
「勝手に巻き込まないで」
「遠慮するなって」
「お前が言うな…。第一、三が日は実家で過ごすって聞いてたけど、もう戻ってきたんだ?」
「それはどっかのお二人が実家まで来てくれたおかげでね」
「おい」
「お前ら、名前ちゃんの実家まで行ったのか!?」


真ちゃんの張り上げた声に一気に顔を逸らす二人。それを見て真ちゃんは、はあ〜〜〜と深いため息と共に頭を下げる。


「ごめんな、名前ちゃん、コイツらが」
「真ちゃんが頭下げないで。実家にいても暇してたし」
「そーそー、名前も俺らといた方が楽しいもんね」
「お前が言うなっ!」


ほんと、真ちゃんは偉いなって思う。真ちゃんはまだ二十代半ばなのに、お家のこと気にかけて、二人に振り回されて。


「真ちゃんかっこいいよ」
「え?」
「は?」
「あ?」


思わず口にしていた本音。こんなお兄ちゃんいたら良いなぁって思うもの。そういう意味合いを含んで言ったんだけど、面食らった声の真ちゃん、不意を突かれたような万次郎、どことなく怒気が含まれてそうな声のイザナと順番に反応が並ぶ。


「うん?」
「シンイチローより俺の方がかっこいいだろ…!」
「シンイチローなんかダッセェじゃん」
「お前らは新年早々俺をいじめたいのか…!?」


結局二人のせいでその場はさらに混沌を極めてしまい、佐野家のこたつでのんびりも夢のまた夢となってしまった。新年早々、突然お邪魔した上にお騒がせして本当に申し訳ない。けど、きっとこれ以上いたらもっと騒がせる自信しかないし、さすがにそれはおじいさんに合わせる顔もないから、あたしは二人を引っ張り出して佐野家を後にする。


「もぉ…寒いんだけど」
「手ェ出せよ」
「俺と手ェつなご」


マフラーを巻いて隙間という隙間を埋める。それでも外気に当てられて暖かくなるわけではなく、マフラーに顔を埋めれば、手を出せと言いつつあたしの手を取るイザナと手を繋ごうと言いつつ強制的に絡めてくる万次郎。


「これからどうすっか」
「名前ん家は」
「行きません」
「えー」


あたしの実家にまで押しかけてきて、佐野家も真ちゃんにあんな迷惑かけてどの口が文句を言っているのか。イザナも万次郎も不服そうにあたしを見つめるけれど、元はと言えば二人のせいなんだから。


「せっかくお家でゆっくりするつもりだったのに。せっかく外出たんだから、初詣行こ」


このまま帰るなんてしないんだから。外に出たなら、とことんお外を満喫するに決まってるでしょう。ギュッて両手を握り締めたら、キョトンとした二人の表情が嬉しそうに笑みを溢す。


「甘酒飲むか」
「屋台でてっかな〜」


言葉とは裏腹に指を絡めてぎゅっと握り返す二人の手にあたしもつくづく二人に甘いな、と自負してしまう。


「おみくじ絶対引くんだから」
「あ、俺も」
「仕方ねぇな」


年越ししたからって、何かが劇的に変わるわけじゃないのに何でこうも騒がしいんだろうね。年が明けてもあたしはきっと変わらず彼らに甘いだろう、つまりは年が明けても、年号が変わって月が変わり、日にちが変わるだけで、なーんにも変わらないのだ。それでも人は何かと理由をつけて、その時を楽しむんだろうなって思いながら、これからの出来事にワクワクさせるのだ。

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