佐野家の猛獣使い | ナノ
■ 3人のとある日常

朝起きて早朝のバイトシフトに入る。バイト開始時間は6時のため、時間は基本的早朝起床。まだ外も暗い状態だけれど、この生活にも割と慣れた。朝からやってくるお客さんは忙しなく、難しい顔を浮かべてくる人たちがほとんど。それもそうだ、平日の朝からみんなピリピリしているもの。時間に追われ、仕事に追われ、時間を見つけて長足を済ませる為にやってくる訳だから、1日のうちのほんのひと時だけれど、笑顔を振りまいてやってくる人たちに少しでも気持ちを上げさせられたらなと思う。
バイトする上で、どうせするならイヤイヤよりも楽しくやりたいわけで、変なトラブル回避も踏まえてるんだけど。

バイトのシフトを終えて、私服に着替えて店を出る。見慣れた道を歩き、向かうは大学。講義室で座席に座り、ノートなどを取り出した。机に乗せていた携帯のライトがチカチカと赤色に光り、携帯に手を伸ばしてみればメール新着1件のお知らせ。「何時に終わんの?家行きたい」と簡潔的に書かれた内容があって、あたしは素直に今日の終わる時間を入力した。バイトは朝にやったし、一通り受けなければならない授業が終わればフリーである。時間的にはあたしの方が少し早いかな、なんて思ってメールを返せば、「わかった」って返ってきた。それからしばらく音沙汰なし、授業も何もなくただいつものように時間だけが難なく過ぎていった。授業を終えたあたしに友達に行こうと声をかけられて、あたしもカバンの中に出していたものを一式詰めて席を立つ。他愛もない話をしながら、学校の門へと歩いている途中、妙な人集りができていて何事かと話をしながら、視線を移す。まあ、人集りって言ってもワイワイ騒がれているって言うよりは、外に出るために立ち往生っぽくなっていると言った方が近いかもしれない。何かトラブルかなって思っていたら、突然人集りがぱっくりと開かれてズンズンと歩み寄ってくる人影。カランと揺れた耳飾りは特徴的で、顔を見る前に視界に入ってきたそれだけで誰なのかすぐに認識できた。


「名前、おせぇ」
「なんで此処にいるの」


仏頂面してあたしの目の前で立ち止まった男をイザナと呼べば、あたしの持っていた鞄が攫われた。あたしの横にいた友達が、軽くあたしの腕を引っ張るからチラリと視線を移動すれば、至近距離に寄せられた顔。手のひらで口元を隠すように「頑張って…!」と耳打ちしていなくなってしまった。はぁ、と一つため息を吐いてイザナの後に続いた。


「仕事は?」
「休み」
「嘘だ」
「…出先の帰り」



校門のそばに停めてあった、見慣れたバイクはイザナの愛機でそこからヘルメットを一つ取り出すと、軽く放られてそれをパシっと受け取る。こんな人通りの多いところでああだこうだ言っても仕方ないし、あたしは「もう…」と一言呆れた本音を漏らすだけで大人しくメットを被った。
あたしよりも、イザナよりも大きな愛機に跨って、腰にしがみついたことを確認するとイザナはエンジンをかけたのだろう。大きなエンジン音が耳に入ってきたかと思えば、自分の意思と反して体が揺れるとすぐにその場から走り出すのがわかった。

連れて来られたのは見慣れたマンション。それもそのはず、朝あたしが出てきたばかりの住んでいるマンションで、あたしだけがそこで降りる。被っていたメットをイザナに手渡して、あとはもう部屋に戻るだけだけど、髪型を手櫛で整えていれば、イザナがスルリと頭を撫でた。髪がボサついていたのか、何かが気になったかはわからないけれど、優しい手つきに反して後頭部をグイッとされたかと思えば、抱き寄せられて何かが唇が重なる。それがイザナからのキスだと気付く時には離れていて、何ともまあご満悦な笑みを浮かべて「また来るわ」と一言。そのままバイクをふかして行ってしまった。残されたあたしと言えば、ふぅ…と一息ついて、帰路に就く。鍵を回して玄関の扉を開けて、電気のついてない部屋に入ってから明かりをつけて。持っていた荷物を下ろしながら、郵便ポストに入っていた郵便物のチェックをしつつ、この後のことを考える。冷蔵庫を開けてみて、買い物に行ってから帰ってこれば良かったかな、と思ったけれど、まぁ良いか。イザナがここまで送ってくれたおかげで帰りの電車に乗る手間も省けたわけでし、自由な時間も増えたのだから、手ぶらで買い物に行けば良いとプラス思考に切り替える。
必要最低限、財布と鍵があれば良い。小さめの本当に近所に買い物行く時用のショルダーバッグにつめて、履き慣れたスニーカーに足を入れて、踵の部分を直しながら外に出た。まだ明るいし、お腹も減ってないけど何を作ろうかな、とか。何が必要かなって考える。日用品ですぐに必要なものはない、本当に食料品だけ買えば良いかな、と思いながらマンションを出てすぐのことだった。


「名前」
「あれ、」


目の前に突然人が現れて、あたしの名前を呼ぶ。ムスッとした表情を浮かべて、感情を露骨に表現する彼にあたしは心当たりもなければなぜそんな表情をしてるのだろうかと考えつつ何度か瞬きを繰り返し、ジッと見つめ返す。


「名前、なんでだよ」
「なんのこと?」
「イザナ」


ムスッとした表情のまま、正面からギュッと抱きついてくる姿は大きな子どもそのもので。ここが外なのなんてお構いなし。例えばここであたしが嫌がる素振りとか、離れるように促そうものならばめんどくさい事になるのは目に見えてるので、大人しく届く範囲で背中をポンポンとしてあげる。イザナと言われて、なんとなく察しがついた。


「なんでイザナが行ってんの?ワケわかんねぇんだけど」
「出先だったから、ついでに来てくれたみたいだよ」
「俺、ちゃんと学校行ってたのによ…ズリィじゃん」
「そうだね、万次郎は偉いね」


グリグリと肩におでこを押しつけて、納得できないことを吐き出す姿は下の子っぽい。素直に本音が晒せるのは上の子からすればできないことだから、ちょっと羨ましくもあるけれど、だからってここでやるのはちょっと勘弁していただきたい。学校帰りであろう学ランを着た万次郎は誰が見てもわかる中学生で、中学生なのにこんなことをしていて良いのだろうか。恥ずかしさとか関係ない、今したいことをしてるだろうから、もう感心さえしてしまう。イザナは勝手に来ただけであって、あたしが頼んだわけではないのだけれど、万次郎がこのこと知ってるってことは絶対イザナだな…と脳内で結論付ける。まだ不貞腐れてる雰囲気を漂わせている万次郎をみながら、ずっとこのままでいるわけにはいかないし、あたしは余計なことしないでくれよ…と本人には届かない本音を投げかけてから、万次郎を諭すように語りかける。


「これから買い物行くけど、一緒に行く?」
「…ん」
「たい焼き食べない?」
「…食べる」



あたしとそんなに変わらない身長だから、目線の高さはいつだって一緒のはずなのに、あたしに抱きついてるせいで下から覗き込むように見てくる万次郎。結局、たい焼き効果もあって機嫌は少し回復したかな。万次郎は密着していた体を離す代わりにスルリと手を掴まれて、強制的に手を繋いで歩き出した。


「学校どうだった?」
「んー、そうだなぁ。ケンチンがさ」


行き慣れたスーパーまでの道のり、何もなさ過ぎてあたしは万次郎にあえて話をするように話題を振った。きっとあたしの話になったとして、またイザナの名前が出てきたりしたらめんどくさいのは目に見えてるから。なのであえて学校のことを尋ねることにした。万次郎はそんなあたしの思考回路なんて知らないだろう。素直に今日あったことを楽しそうに話してくれて一安心。


「あ!名前!たい焼きあった!」
「はいはい、腕引っ張んないでよ〜」


話に夢中になってた万次郎も、さっきまでのムスッとした表情は嘘みたい。たい焼き屋さんを見つけるなり目を輝かせて声は弾み。あたしの腕を思いっきり引っ張り駆け出そうとする。無邪気なその姿についあたしも頬が緩んでいくのがわかった。






買い物を終えてから、たい焼きを買って戻ってきた我が家。家に着くなり、万次郎は買ったたい焼きを取り出して、トースターに置いてダイヤルを回す。一緒に荷物持ちをしてくれたから、帰るまで食べられなかったたい焼きは少し熱が冷めてしまったから、こうやって温めれば出来立てのような美味しいものにありつけるのだ。ワクワクした様子でトースターを覗き込む万次郎を横目に、冷蔵庫に買ったものをしまっていく。一袋、詰め終わり、もう一袋も詰め終わって、ビニール袋をガサガサと畳むころには、加熱し終えたたい焼きを美味しそうに食べる万次郎がトコトコとあたしのところにやってきて、食べかけのたい焼きを差し出してくれた。パクリと一口食べれば、サクサクした皮と程よい甘さのある餡が口の中にじわっと広がって、身に染みる。


「おいし」


つい出た言葉に万次郎もご満悦の様子で、手に残っていたたい焼きをパクッと口に入れる。さて、次はなんだっけ。と家の中に視線を移した瞬間、突然背後の玄関がガチャガチャと音を立てるのが聞こえてくる。視線を移す間も無く、その音はピタリと止み、気付けばバタバタと音を立て、ひょっこりと顔を出したのは数時間前に見たはずのイザナだった。


「何してんだよ」
「買い物行ってきたところだけど…、って早くない?」
「業者入るから今日は早上がりなんだよ」


業者ね、そんなことあるんだ。と深くは聞かない。だって聞いてもわからないから。イザナはかったるそうに、ズカズカと部屋に入ってきたかと思えば、万次郎がその前に立ちはだかる。モグモグとたい焼きを食べながら。



「なんでイザナがまた来んだよ」
「は?オレの勝手だろ」
「第一、名前の学校行ったんだよ…!」
「虫除けついでに迎えに行った」
「オレだってしたいのに…!」
「お前は学校だろ」
「イザナだって仕事あるだろ」
「オレは出先だったから良いんだよ」


気づけば口論のように言い合いは始まっていて、言い方だって声量にスピードだって増していく。お互いがお互いを意識しあって、煽り合って、互いが距離を詰めようとした瞬間、あたしは無理やり二人の間に割って入り込む。


「二人とも、喧嘩するならここから出て」


正直、言う前から二人の間に割って入った瞬間から、二人の動きがピタリと止まった。なので言葉にするまでもないのだろうけれど、言葉にすることは二人に言い聞かせにもなるだろう。その証拠に、二人を無の表情で交互に見つめれば、今までの言い争いといがみ合ってた顔つきも消えて、イザナはかったるそうにため息をひとつ。万次郎はダランと脱力した様子で天を仰いだ。


「名前、ご飯なに〜?」


もうさっきまでの空気は嘘みたい。本当切り替えが早い子だな、と思った。万次郎は背後からあたしに抱きついてきてスリスリと甘えてくる。


「ご飯は適当に作るつもり。万次郎はおうちでご飯だからね」
「はぁ?!」


まさかあたしがご飯前に返すと思わなかったらしい。耳元で万次郎の大きな声がしたせいで、思わず体を反らせるけどそんなの意味もなく。むしろ、余計離さないようにがっしり掴まれてしまって、これ今日で2回目なんだよなぁと思ったり。


「だってエマちゃん言ってないでしょ?だからお家でご飯食べなさい」
「帰りたくないんだけど」
「だーめ」
「さっさと帰れ、万次郎」
「イザナも帰りなさい」


ぶぅぶぅと駄々っ子の万次郎を見て、ニヤニヤ笑うイザナにもバッサリ言い放てば、「ア?」って真顔で返された。他の人にそれしてたら怖がられるでしょうが。ガラが悪いんだけど、この子達。なんなら、イザナも万次郎もムッとして浮かない表情のまま押し黙ってしまったので、あたしがつい出たのは苦笑い。


「今日は2人ともちゃんと帰って、」


ただ単に拒否したわけではない。2人にはちゃんと2人の生活があるわけで、何でもかんでも良いよと言ってはいられない。例えば万次郎はまだ中学生だし、義務教育中なのだからそこはしっかり言わなきゃならないし、家に帰れば妹のエマちゃんが作って待っててくれてるだろう。イザナだって、なんでも許したらそれこそ見境がなくなりそうだから、ハッキリと良し悪しを伝える。こっちにだって都合もあるんだから、何でもかんでも良いわけないでしょ。
2人とも面白くなさそうな表情を浮かべつつ、何も言ってこないのは普段からの立ち位置を重々理解しているからだと思いたい。



「週末みんなでご飯食べよ」
「みんな」
「そ、一緒に食べよ」
「それだけかよ」


万次郎が何処となく不服そうに復唱して、イザナが些か物足りなさそうな言葉を投げかけてくる。あたしができる範囲でのことを脳内でグルグルと詮索。


「うーん、じゃあ真ちゃんに聞いてオッケーならお泊まりしようかな」
「オレ、名前ん家が良い!」
「それはダメ、泊まるなら佐野家に行きます」


万次郎が軽く飛び跳ねながら、あたしのことを改めて抱きしめるから、ちょっとだけ倒れそうになったのを何とか踏みとどまった。ちゃっかり我が家に泊まろうとしない。


「泊まるなら佐野家一択。寝る時はエマちゃんの部屋で寝るから。それでも遅くまで一緒にいれるし、朝も早く会えるから良いでしょ?」
「んんんんっ」
「イザナもたまには佐野家に顔出さなきゃ」
「…ちっ」



言い聞かせるように伝えれば、万次郎は何とかあたしの言い分を飲み込もうとしてくれてるのだろう。抱きついて顔を埋めて唸って静かになった。イザナと佐野家のことも聞いてるしわかってる、咀嚼しきれてない部分がまだあるかもしれないけれど、素直じゃない彼にはこれぐらいしなきゃ聞かないからちょうどいい。



「イヤならお泊りもなし」
「わかった!わかったから」
「…仕方ねぇな」



全く、ここまで話を持ってくるのに手がかかる子たちだ。2人を無理やり言いくるめた代わりに、週末に向けてあとで段取りをしようと考える。真ちゃんならきっとオッケーしてくれるし、エマちゃんも喜んでくれるはず。そしたら、一緒にご飯作ろうかな、なーんて思ったりもして。楽しみになった予定を想像していれば、突然顔の向きを変えられて触れたそれは万次郎からの口付けで。ニシシと悪戯っ子な笑みを浮かべてるから、機嫌は直ったらしい。


「名前、約束忘れんなよ!」
「忘れないので大丈夫」
「ぜってーシンイチローにオッケーもらってくる」
「うん、そうしてほしいな」
「イザナも来いよ…!」
「わかってる」


ホント、この2人は仲が良いんだから。どっちかが抜け駆けするとすぐ喧嘩を始めるけど、それも仲の良さ故だと思えば、心配はないけれど何ゆえ男の子は手が掛かる。


15歳の万次郎、18歳のイザナ、20歳のあたし。

歳の差は見事バラバラ、側からみれば姉弟のようなやりとりばっかり目がつきますが、実は3人で仲良くお付き合いしております。

そんなあたしたちの日常。

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