真一郎と幼馴染 | ナノ

妊娠報告したら喜ばれなかった

※結婚後時間軸※
※本誌ネタあり、捏造あり
※myk過去編開始時(#263)に書いたお話です。
その時の情報を得て書いてますのでその後の本誌情報との誤差はご了承ください。


ここ最近調子が悪い。変なものでも食べたっけ、と思うけど思い当たる節は何もない。火照りを感じて体温計で熱を測れば平熱より高めの微熱。確かに怠いし、胃の辺りの調子も良くない。風邪の菌が胃にでも入ったのかな、って思ってこのぐらいで薬を飲むほどでもなければ、病院に行くほどでもないと思い、とりあえず様子を見ることにする。しっかり寝て、体を休めてあげれば良くなるだろうって思ってた。


「美憂、具合悪いのか?」
「うーん、ちょっと微熱っぽくて」
「…無理すんなよ、やれることはやるし」


テーブルに出しっぱなしにしてた体温計を見た真が神妙な面持ちで尋ねてくる。あたしは夕飯の準備のために、まな板に乗せた食材を包丁で刻みながら、笑って大丈夫だよって返しておいた。そんなに柔じゃない、大丈夫だよ。



って答えたのは数日前。あれから全然体調はよくなんなくて、むしろ吐き気とかも出てきてさすがにまずいかなと思い、病院へ行くことに。
本来なら内科に行くのが筋だろう。だけど、あたしがやってきたのは産婦人科。「佐野さん」って名前を呼ばれて、診察室へ入って先生から言われたのは「おめでとうございます」の言葉だった。体調が整わない日々の中で、もしかしてって思うことがあったから買っておいた検査薬。その結果も同じだったから、わかってはいたけれど、きちんとした検査でこうやって先生から言われるとホントなんだ、と思わされた。お腹を撫でてもまだ何もわからないけれど、ここに新しい生命がある。あたしと真の。


その日、夜まで待ってようと思ったけど、ソワソワしちゃって真のお店の前を通ってみる。遠目に見ても、中までしっかり見えるわけでもないので、ちょっとだけ立ち止まった。どうしようかな、でも邪魔かな。一人で自問自答を繰り返し、「病院で何かあったら、すぐに言ってくれよな」って言ってきた真の朝の言葉を思い出す。真には普通に病院に行くしか言ってない。だから、ここで真のところに行っても産婦人科に行ったことも検査薬を使ったことも言ってないから、突然お邪魔して伝えたら驚くこと間違いないだろう。


「おじゃまします…」
「あ、美憂?!」


心を決めて入ったけれど、やっぱりちょっとだけ弱気になったあたしは声控えめに挨拶をする。たまたま他のお客さんはいなかったみたいで、真があたしに気づくなり慌てて駆け寄ってきたから、もしかしてずっと気になってたのかなって思ってしまう。


「突然ごめんね」
「いや、良いって。むしろどうしたんだよ、病院…」


真は途中で詰まったかのように途切れる言葉。見る見るうちに雲行きが怪しくなる表情、やっぱり完全に頭の中はマイナス方向に傾いているっぽい。あぁ、これ以上勝手な先入観が突っ走っても困るので、慌ててあたしは口を開く。


「大丈夫!あのね、できたの!赤ちゃん…!」


どんな風に伝えようかなって何度も考えていたのに、真の顔を見てたらそんなこともどっかいっちゃって、あっさりとした伝え方になってしまった。それでも、やっぱりこの喜びを分かち合いたくて、誰よりも先に教えたくてここにきたけれど、どうやらそれはあたしだけらしい。


「え、…マジで」


これだけなら純粋に驚いて不意を突かれたような反応。だけど、真のその後の反応はあたしの予想したものではなかった。喜びの声も反応もせず、表情は更にズンとなった気もする。


「う、うん」
「そっか…」


正直、悲しかった。まるで望んでなかったような反応じゃないか。嬉しかったのはあたしだけ。そう思ったら、これ以上ここにいるのも辛くて、でも悟られたくなくてあたしは精一杯笑顔を作って「ごめんね、仕事中に邪魔しちゃって」と伝えて帰ることにした。帰りの記憶ははっきりしてない。足取りが重くて、いつもより時間がかかった気がする。帰ってくるなり、気持ち悪くなって玄関先で蹲る。まだお腹だって出てすらないのに、自分一人じゃないと言うことを忘れるなと言われてるみたい。
ボーッとソファーに座っていたら、時間がすごく経っていて、ハッとしたのは玄関の鍵が開く音がした時だった。


「…ただいま」
「おかえり、ごめ、今からご飯…」
「あーいや、良いって。なんか買ってくるわ」


真の表情は昼間と変わらず、むしろ更に重い気がする。目も合わないし、あぁ、これはあたしの思い違いとかではないと確信に変わる。ボーッとしていたせいでご飯も作らずにいたあたしを、真は怒ることもせず目も合わせることもなく、今帰ってきたばかりだと言うのにすぐにまた靴を履いて「食える?」って一応あたしにも確認して出て行ってしまった。買ってくるってなんだろう、お弁当かお惣菜か。
真は何を考えてるんだろう、あたしはどうすれば良いんだろう、見えない不安がぐるぐるとあたしの中を埋め尽くす中、これだけは強く思った。この子のことは守りたい、と。


真が買ってきてくれたお弁当を部屋の中で静かに食す。普段だったら、今日こんなことがあって、とか、これしたいね、とか、聞いて聞いて!って話で盛り上がるのに、こんなに静かなご飯を一緒に過ごすことがあったんだ…って思ってしまう。ご飯の味はあまりわかんない、食べなきゃって思って箸でおかずを突っついて、頑張って咀嚼して嚥下する。堪えていたものが沸々と湧き上がって、我慢できなくなった瞬間あたしは慌ててトイレに駆け込んだ。込み上げてきたのは吐き気。妊娠を自覚した途端、いろんな不調が露骨に自覚してしまったこともあり、今の悩みもプラスされてより気持ち的に滅入る。


「美憂…」
「ごめん、だいじょうぶ…」


真の前で突然トイレに駆け込んで置いて何が大丈夫だって言われてもおかしくないかも。真の何とも言えない声のトーンがそう言われてるようで、ムカムカした気持ちにプラスしてより気持ちが重いし、真の顔が見れない。目が合わせられないのはあたしの方かも。吐き気が少しだけ落ち着いてきた頃、トイレに座り込んでいたあたしの手を引いて、真はリビングに連れ戻してくれる。ソファーに座らせてもらって、真も横に腰掛けるけどあたしはやっぱり顔を上げられないでいた。


「なぁ…」


どうしよう、下せと言われたら。この子は絶対産みたい。そんなことしたくない。怖い、今、真が何を言い出すのか、言葉が怖い。耳を塞いで嫌だって拒否できたらどんなに良いだろうか。だけど、そんな勇気も持ち合わせていないあたしはギュッと手を握り締める。


「ちょっと話聞いて」


肩に重みを感じ、それが真の頭だと気付いたのは、あたしが顔を少し上げたからだ。顔を上げて横を見ようとした時、頬を掠める真の髪の毛。あたしの横に腰掛けた真が体を傾けてあたしに体重をかけているではないか。



「俺とさ万次郎って十個違うじゃん」
「うん、」
「それって母ちゃんが体弱かったからなんだよな」


真はポツリポツリと語り出す。元々体の弱かった真たちのお母さん。真を産んだ時も大変だったらしい。真を産んだ直後に体調が一気に悪化して、入院期間は延長。下手したら命に関わるかも知れなかったとか。だから、最初は子供も真一人のつもりだったらしい。だけど、真が歳を重ねて成長して行くに連れ、お母さんは思ったと。やっぱり将来のことを考えて、例えば先の長くない自分より、親よりこの先長く入れる身内を考えたら兄弟がいた方が良いだろう。そう思い、願意を込めてできたのが万次郎だったという。そういえば弟ができたことを嬉しそうにしゃべる真はあたしも覚えている。それと同時に真のお母さんは入院ばっかりで家を空けていた覚えもあった。当時、真の嬉しそうな表情ばかり見ていたあたしは、年齢的にもそうだけど、まさかこんな理由の末なんて思いもよらなかったのだ。


「直接母ちゃんに聞いたわけじゃねーんだけど、じーちゃんが教えてくれてさ」
「うん」
「母ちゃん言ってたんだよ、兄弟なんだからって」
「うん」
「何かあった時、頼れるのは家族だから、仲良くしてねって」


先にお父さんが亡くなって、お母さんも亡くなって。エマにも出会って、イザナくんにも出会い、真はたくさんの愛を注いできた。自分自身が親の代わりに。それってただの親代わりじゃなかった。真のお母さんに言われた言葉をきちんと抱えて、兄として兄弟の絆を築き上げたかったからなんだろう。でも、なんで今この話…?


「美憂が今日店来てから色々考えてみたんだわ」
「うん」
「ここ最近ずっと美憂、具合悪そうにしててさ。そしたら妊娠したって知って。俺、素直に喜べなかった」


真は少しだけ身をよじてあたしのお腹に腕を回す。あたしの体もちゃっかり方向転換。真の方を向いて座る形になって、肩に顔を埋めて。真がいつもより小さく見える、そういう姿勢でいるからってわけじゃない、真の精神が縮こまっているんだ。


「母ちゃんの時みたいに、美憂に何かあったらどうしようって思っちまう。これから生まれてくる子供もちゃんと生まれるかもそうだけど、何より美憂になにかが起きたら、もしものことがあったらって思ったら怖い」
「しん…」
「兄弟だけじゃなくて、友達だけじゃなくて、美憂と過ごすことを知っちまって、すげー幸せなのに、もしもでも失った時のこと考えたら俺自信ねぇんだよ…」


やっと理解できた。真があの時の反応も抱えていた気持ちも。そして今日もまた一つ知り得ることがあったこと。あたしは真の頭をそっと撫でて、そっか…と一人納得する。


「真、嬉しい」


純粋に思った気持ち。こんなにも真はあたしのことを思ってくれていることを知れて、真に愛されていることを改めて実感できた。ずっと胸の中にあったムカムカは気づいたら消えていたし、ずっとあった胃の痛みとか吐き気とかも気づいたら消えている。


「軽々しく大丈夫、って言えないし、まだまだ実感も大してないけどね、あたしはこの子を失うのも怖い」
「… 美憂」
「せっかくあたしたちのところに来てくれたんだよ。こっちの都合で失って良い訳ないじゃない」


望んでもできない人たちもいる中で、大好きな真との間にできたこの生命、自ら手をかける理由がどこにあるのだろうか。確かに真の話を来たら不安が過るのもわかるけど、そんな風に気にしていたら一生あたしたちには子供はできないだろう。真の頭に頬を擦り寄せて、お腹に回った真の腕をそっと撫でる。


「一緒に頑張ろう」

真の抱えてきたものを一緒に抱えるって決めたあの日から気持ちは何も変わってない。真の喜びも不安も一緒に共有しよう。真は一人じゃない、一人にしないから、逆に一人にしてほしくないから、だからこの子のことも一人にしないであげよう。


「母子共に健康です!ってなったら真はどう?」
「すげー嬉しい」


肩口に顔を埋めたまま、ぐぐもった声がして思わず笑ってしまった。多分、「嬉しい」って言ってくれたっぽいけど、結構聞き取りにくかったな。ここで笑ったのが面白くなかったのか、真が少しだけ不貞腐れた様子で顔を上げてジト目であたしを見つめてくる。


「真と一緒にって思ってたけど、もしかしたら難しいかもね」
「何がだよ…」
「真の大変なこととか色々?後はまあ家事とかもやりにくくなるかも」


ほら、さっきも気分悪かったし。この調子だと、多分つわりとか結構ひどく出るんだろうな…、って思っただけでちょっとだけ心が折れそうだけど、仕方ない。可愛い我が子との対面のためだ。


「大変ってなんだよ」
「真は頑張り屋さんで甘え下手だからね〜。でも良いパパになりそう」
「任せろ、家事もできるパパだぞ」
「うん、すごい頼もしい」


真も気持ちの整理ができたらしい。今日一日ずっと晴れなかった表情も今では少しだけスッキリしたように見える。目線の高さを合わせてずいっと顔を近づけてきて、触れるか触れないかの距離まで迫ってくる真。


「ごめんな、弱気になって不安にさせた」
「ううん、話してくれてありがとう」
「…産んでくれる?」
「そのつもりだよ」


真はほっとしたように微笑んだ。その瞳は少しだけ潤んで見えたけど気づかないフリをしよう。なーんにも見てない、気付いてないよってフリをして、次はあたしから真に抱き着いた。今ここに、真とあたしともう一つの生命がある。


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