真一郎と幼馴染 | ナノ

寒さの先に誘われ

年末の過ごし方を聞いたら、みんなそれぞれ仲間や友達と過ごすって言われた。と凹んでいたのはもう何年も前のこと。佐野家では、大晦日は一緒にみんなでご飯を食べて年越し蕎麦を食した後、おじいさんはすぐに寝床について、みんなはそれぞれの過ごし方で年を越すのが主流となったらしい。なので、今年もそんな感じで過ごす佐野家の大晦日。


「んじゃ、俺ら初詣行ってくるわ」
「うん、外寒いから、カイロも持っていってね」
「美憂、ありがとう」


年越し蕎麦までしっかり食べて体を温めた状態でコートを着てマフラーを巻いているエマに使い捨てのカイロの封を開けて手渡した。万次郎と二人でいつもの仲間たちと合流するらしい。兄弟揃って一緒に行くなんて仲のよろしいこと。微笑ましい光景にあたしは気持ちまで満たされながら、二人の背中を見送った。


「さっむ〜」
「もう、スリッパ履けば良いのに」
「すぐ戻るしなって思ってたら、つい」


玄関で見送った後ろからペタペタと床を素足で歩く音。振り向けば、真が縮こまりながら廊下を歩いていて、スリッパもあるはずなのになんで素足なのかと聞いてみれば、真は苦笑い。まぁ、わかってて素足で歩いてたんだろうから自業自得か、と心の中で呟いてあえてこれ以上何かを言うのは野暮なのでやめた。二人を見送ったあたしは、のんびりこたつに入ってテレビを見ながら年越しかな。あーならその前にお風呂に入っておいて、と考えを巡らせていれば、真に「美憂もトイレ行ってこいよ」と言われて、あたしは何が?と思わず返してしまった。


「ワカたちと一走りするから、行くだろ」
「え、今から…?」
「おう」


初耳なんですけど。一走りってそれ絶対走ってる時に年越しするやつだよね。でもこのまま残ってても、各々の時間を過ごして年越しってことを意味していることを察したあたしは、うーんと渋りながらも強制的に決められていた選択肢を選ぶしかなかった。

エマたちに言ってたように自分もコートを着てマフラーと手袋を手に取った。ただでさえ寒いのに、バイクに乗ったら余計寒いのは間違いない。乗ってる最中、意味をなさないのをわかった上で、使い捨てカイロをポケットに突っ込んだ。外に出れば、一足先にバイクを出して準備をしていた真。ネックウォーマーをつけて、顔を埋めながら手には手袋。ほーんと寒いのわかってて本当に行くんだ、物好きだなぁって思いつつそれについて行くあたしも物好きか。真に手渡されたヘルメットをつけて、真の後ろに跨る。ギュッと背中からしがみついていれば、車体がガコンと揺れて発射した。外気が冷たい、ただでさえ冬の風で冷たいのに、夜は余計だ。昼間の日差しもない、慈悲なき冷たさだけが肌に突き刺さるのを耐えるため、あたしは真の背中に顔を擦り付けて身を縮こませる。今どこを走っているとか今が何時とか、もうこの時点で関係ない。


「おつかれ〜」
「後ろにしがみついてるの美憂か?」


途中、バイクが止まったかと思ったらどうやらワカたちと合流したらしい。何度か止まってる瞬間を体感では感じていたから、てっきりまた信号か何かだと思ったけど違ったらしい。声がして、名前を呼ばれて真の背中から顔を離してみたら、そこにいたのはワカとベンケイ。二人もしっかり防寒でダウンやネックウォーマーに身を包み、立っていた。


「さむい…」
「真ちゃんにしがみついてるくせに」
「それでも寒いものは寒いの」
「武臣は?」
「さぁな。この時間で来ねぇんじゃ、来ねぇだろ」
「んー仕方ねぇ、行くか」


真の背中にしがみついたまま、頬を擦り付けてみんなの会話を聞く限り、明司も声をかけてたらしい。けど、奴はここにはいないってことはそういうこと。アイツらしい、それは多分ここにいる全員がそう思っているだろう。だから、真も小さくため息をついて二人に出発を促した。
バイクは再び走り出す。寒くて暗い夜道をバイクのエンジンを鳴らしながら。真の乗っているバイクとワカの乗っているバイクとベンケイの乗っているバイクの3台分。会話らしい会話はもちろんしていない、ただひたすらに走っているだけ。それにあたしはついてきてるだけだけ。思い返せばさっき合流した時も会話らしい会話をしてないから、あらかじめ決めてたのかな。



「美憂、大丈夫か?ついたぞ」
「…ん、」


どのぐらい時間が経ったかはわからない。体感的にはかなりの時間が経ってる気分だけど、実際にはそんなに経ってないのかもしれない。とにかく真にしがみついて寒さに堪えることばかりを優先していたあたしは、声をかけられるまでバイクが止まっていたことに気付かなかった。真に声をかけられて、くっつくことで安定していた体を離すとき、力を込めた上で動かなすぎて体が変に硬くなってしまったらしい。背伸びをしながら辺りを見渡してあたしは呆気に取られる。


「…ふね」
「おう、大さん橋な」
「大さん橋…って」
「横浜」
「え、横浜まできたのっ」


もうびっくりだ。てっきり都内を走ってどこかの神社に向かってるのかと思っていたから、予想外の光景に面食らう。潮の香りと港に並ぶのはたくさんの船。大晦日だからか、停泊中の船は灯りが灯っており、人の数もそこそこ。どこの海まで来たんだろう、って思っていたら、まさかの横浜にあたしは驚いて真を見つめれば、子供っぽい笑みをニシシと浮かべていた。


「ほら、行こうぜ」
「う、ん」


昼間の横浜には来たことあったけど、夜のしかもこんな深夜の横浜港は初めてで。いつもこんな感じなのかわからないけれど、こんなにたくさんの船が並んで明るい光景はすごく新鮮だった。時間も深夜であることを忘れさせられ、人も多くてまるでお祭りのよう。自然と繋がれた手を引かれながら歩くあたしたち、ギュッと手を握って体をくっつけた。


「…寒くないの?」
「バイク走らせてる時と比べたら全然」
「真ちゃんの場合、美憂がカイロだもんね」
「カイロって」
「じゃあ湯たんぽ」
「こっちは冷え性なんですけど」
「寒いなら、飲み物買ってくるか」
「ベンケイ〜〜〜」


全く、ワカはちょっとあたしに辛辣というか言いたい放題な気がする。まあ、ずっと拗れてた期間を知ってるわけだし、それだけ気兼ねない関係ってわけなんだろうけれど。あたしが冷え性で寒がりなことをちゃんと理解あるため、真にくっついてること自体には冷やかさないのがその証拠だったりもする。ベンケイの方はこんな風に言わないで、いつだって真面目な切り返ししてくれるから、本当に優しい男だよ。ベンケイはデキる男だわ、見た目とのギャップってやつ。


「飲み物何がいい」
「お茶でもコーヒーでも。ホットレモンもいいな」
「んじゃ、テキトーに選ぶわ」
「コンビニあったっけ」
「美憂たちは風避けになりそうなところにいなよ」
「悪いな」



寒くて動いている方がマシだとも思ったけど、飲み物買いに行く組と待ってる組で別れてしまった。くしゃくしゃになってぬるく感じるカイロを握りしめながらワカとベンケイを見送って、ボーッと立ち尽くす。そしたら、真に「ジッとしてても寒いし、ちょっと歩くか」と声をかけられあたしは素直に頷いた。
手はやっぱり繋いだまま。真には「相変わらず冷たいな」って笑われて、冷え性じゃないことを羨ましく思いながら、真の体温を奪うようにあたしは手を繋ぎ直す。


「寒いのによく走るよね」
「今更だろ〜俺らにはこれが一番なんだよ」
「そこが理解できないところなんだけど」
「理解できねぇのに、ついてきてくれるのが美憂だよな」
「…だって」


ついていかなきゃ、置いてかれるワケだし。大晦日、ゆっくり過ごせる時間をあえて手放すのも癪じゃない。だからって、真にはみんなとの時間も大切なことをわかってるから、そこにあたしが割って入る勇気も何もなくて。モヤモヤがないわけではないけれど、それが真だからって理解してるつもりだから。


「俺は美憂のそういうところに感謝してるから」
「ん、」
「ホントありがとな、来年も大切にします」


気づけばおでこをコツンと合わせて至近距離で見つめられていて。ずるい、ほーんとずるい。真に改めて言われて言葉が出ないし心臓の音はうるさい。


「ってェ」
「来年もちゃんと大切にされるんだから、忘れないでね」


居た堪れなくなってペチンと両手で真の手を挟む。強くはしてないのに、条件的に痛いという真の顔は笑ってた。完全にあたしが恥ずかしくなってるのバレてるのも面白くない、あぁもう本当にずるい。
そんなことを悶々と考えていれば「おめでとう〜」「あけおめ〜!」と辺りから聞こえる新年の挨拶。その言葉にハッとして携帯で時間を確認すれば1/1 00:00の文字。


「明けましておめでとう、今年もよろしくお願いします」
「明けましておめでとう、こちらこそ」


ペコリとかしこまって頭を下げたら、真も同じようにペコリと頭を下げて挨拶。


「真、さっそく寒いからあっためて」
「さっきから俺の体温奪ってるくせに」
「大切にしてくれるんでしょ、…?」
「ははっ、そうでした」


改めて体を寄せ合うあたしたち。真にめいいっぱ、あたしはできるだけの甘えを表現した。なので真のニヤニヤした表情は見て見ぬふり。
この後、ワカたちに冷やかされたけど、良いの。真には、あぁ言ったけど、なんだかんだあたしもこの人たちと過ごす時間が好きなんだなって思ったから。年甲斐もなく、変わらないこの関係が心地よい。さて、今年はどんなことがあるのかな、口には出さないけれど、新年早々ワクワクしてしまった。


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