真一郎と幼馴染 | ナノ

サンタは来ない、彼は来た

寝る前からちょっと怪しさは感じていた。気のせいだと言い聞かせて、寝れば平気だろうと思っていたけれど、それは結局、軽率な考えだったと数時間後の朝、思い知らされる。


まず、普段と違う朝方に目が覚めたこと。この時点で、嫌な予感はしていた。でも受け入れたくないあたしは再び瞼を閉じて、眠りの中へと入っていく。
そこからまた2.3時間後ぐらい経った頃、浮上した意識。気のせいではない、現実だと実感させられる感覚にあたしは一人項垂れるしかなかった。枕元に放置していた携帯を手に取り、開いたのはメールボックス。そして一覧の上にあった名前をタップして、ポツポツと文字を入力していく。働かない頭で書いた文面をそのまま送信。ポンと表示された送信完了の画面をボーッと眺めながら、あたしは再び意識を手放した。




あれからどれぐらい時間が経っただろうか。ふと、おでこに感じる冷たい感覚。気持ち良い、と思えるぐらい、あたしの体が発熱していることを実感させられた。全身が怠くて、頭も痛い。動きたくないけど、寝心地が最高に悪いから、なに一つ満足できない現状にあたしは無意味に寝返りを打つ。自然と開いた視界に広がるのはなに一つ変わらない部屋の光景。だけど、よく見ればいつもと違うことがあった。まず、部屋のテーブルの上に見覚えのないビニール袋が一つ。その横には開封済みの冷えピタの箱。おでこに手をやれば、そのうちの一枚であろう冷えピタが貼られていて、さっき感じた感覚はこれか、と納得する。気怠い体を無理やり起こして、ビニール袋の中身を確認してみれば、青いラベルで見慣れた500mlのペットボトルが複数本とエネルギーチャージ用のドリンクゼリーが複数個、そしてオレンジ色のパッケージの固形型栄養補給食が入っていた。


「…体調不良者にこれかぁ…」


思わず出た本音。ありがたい、とってもありがたい。体調不良者への配慮として買ってきてくれたのはとってもありがたいし、栄養を摂らなければという気持ちもわかる。けど、正直これは食べる気になれない、と体調不良にならなきゃわからないんだろうなと思った。


「美憂、起きたか?」
「…真、ごめん」


ビニール袋のことも、おでこに貼られたものも何となく察しはついていたから驚きはしなかった。案の定、ひょっこりと姿を現したのは真で、起き上がったあたしを見るなり急足で来てくれるあたり、心配かけてしまったなというのが見て伝わってくる。


「まだツラいだろ、寝てろって」
「ありがとう」


冷えピタを貼ってるからだろう。あたしの頬にぴたりと手を添えてきた真。いつもなら温かいぐらいの体温が珍しく冷えていて、それが逆に心地よい。


「大丈夫か?」
「うん…。真、珍しくつめたい…」
「あー、直前まで洗い物してたからかもしんねぇ」
「きもちいい」
「熱あるから、ほら」


結局真に促されるまま、ベッドの中へ戻されたあたしは真が丁寧にも布団をかけてくれる姿にお兄ちゃんらしさを垣間見る。


「食欲は?」
「ん、あんまりかな…」
「だよなぁ、でも食わねぇと」


そう言って、チラリと見るのはさっきまで私が覗いていた袋の方。見るだけで何も言わないのは、さすがに自分が買ってきたモノでは難しいと思ってくれてるのかな、と思ってたら、真が閃いたようにパァッと表情を明るくして振り返る。


「そうだ、栄養にいいものって思って他にも買ってきてるのあるんだった」
「…ほか?」
「おう、ヨーグルトとかならと思って飲むヤツだけど」


飲むヨーグルト、なるほど。スプーン使わずして飲めるのはとってもいいと思う。なんだ、やっぱりあの固形型栄養補給食がちょっとズレてたのかな、って思っていたのだけれど、どうやらそれだけじゃなかったらしい。


「あと、サラダ」
「サラダ…」
「冷蔵庫に入ってるから持ってくるか?」
「あ、えっと」


それはもう真っ直ぐと言ってくるから、一瞬どうしようと躊躇ってしまう。だけど、これは素直に言っておいた方がいいだろうと思い、「真、あのね」と切り出した。


「食欲あんまりないのもあるんだけど」
「おう」
「病人にサラダはちょっと…」
「え、」
「冷たいものより、温かいものの方がいいし消化の面とか…」


正直心苦しさしかない。体調悪いタイミングでこれを言うのは、しんどいけれど真はきっとちゃんと受け止めてくれると思うから言葉にしなきゃとあたしも紡ぐ。


「そ、それもそうか…」
「うん、だから、その…」


あたしが言葉にすればするほど、真の表情は固くなり、申し訳なさそうに眉毛が下がる。心が痛むが、固形型栄養補給食も病人にはお勧めしないことを伝えた。すると真は大きな図体に反して背中を丸めてシュンとしてしまう。


「わりぃ…俺気付かなくって」
「ううん、ちゃんと体のこと考えてくれて選んでくれたのはわかるから。ただエマとかが体調崩した時もこういうの買ってたの?」
「…アイツらが体調崩した時って、じいちゃんがだいたい買ってきてたから」
「そっか」
「しかも最近、アイツらがそんなに体調崩さなくなったし…」
「大きくなったもんね」



真の話を聞いて、あたしはそれもそうだって納得させられる。真の家でいろいろ家事をやってたのはエマとおじいさんだし、真は料理がからっきし。しかも体調崩してたって何歳までの話だってなるわけで、逆にみんなの成長を実感した。ずっと子供扱いしてしまっていたが、彼らももう成人年齢目前。いつまで経っても昔と同じわけではない。


「サラダは…すぐ食べられないから、真が食べてくれたら嬉しいかな」
「ん」
「代わりにお粥とか作ってくれたら食べられるかも」
「お粥…」


真はあたしの言葉を繰り返す。それは困惑したような表情を浮かべたまま。本当にどこまでも素直な人だなって、感心半分、大丈夫かなって気持ち半分。


「キッチンの棚の中にレトルトのお粥あるから、それ温めてくれるかな。袋にやり方書いてあるから」
「!おうっ」


できないことを頼まれて困惑したままの表情から一変。何をどうすれば良いかわかった瞬間に表情を再びパァッと明るくし、足取り軽くキッチンに向かう姿は年甲斐にもなく可愛いなと思う。


「美憂!」
「どうかした…?」
「美憂は最近頑張りすぎたんだよ、今日のことは気にすんなってまたゆっくり出かけような」
「真…、ありがとう」


本当なら今日は一緒に出かけるはずだった。ずーっと好きだった真と過ごす初めての恋人としてのクリスマス。だけどそんな日にあたしは体調を崩して寝込んでしまった。無理やりにでも、と思った気持ちもあるが、年齢的に若くないあたしは何が最善かをちゃんと理解しているため、それをしなかった。だから、真には素直に連絡をしていたのだけれど、真のことだからきっと来るだろうなと思っていたら予想通り。まあ、買ってきたものまでは予想できなかったけど、これもまたいい機会だったと思うことにしよう。

今年のクリスマスは今日だけ。

そして今年が終わるまで後少し。

でもあたしたちが共に過ごす時間はまだまだこれから長くあると信じてる。


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