真一郎と幼馴染 | ナノ

佐野真一郎という男

佐野真一郎はいつだって不思議な奴だった。

中学の頃、同じクラスでそれなりに喋る程度。授業中、ガラリと開いた扉から出てきたのは他のクラスの所謂不良の分類に入る男子。理由なんてないんだと思う、ただ単にうちのクラスの扉を開けただけ。だから、なんかよくわかんないことをボヤきながら、教室に入ってこようとして、授業をやってた先生が止めようとするけどそんなの意味なくて。受けていた授業が中断されて、先生に止められた生徒は、暴れるまではいかないけれど駄々こねるように反論してるし、正直勘弁してほしい。自分にはどうしようもないから、早く落ち着かないかなって思っていれば男子と先生の間に割って入る人影。



「どうしたんだよ、話ならあっちで俺が聞くからよ」



真だった。男子の肩に腕を回して、当たり前のように廊下へ一緒に出て行く。まるで最初から佐野を呼び出しにきたかのように。教室の中は静けさを取り戻し、先生は再び授業を再開する。結局、真が教室に戻ってきたのはこの時間の授業が終わった後だった。


昼休み、友達と一緒に机をくっつけてお弁当を食べながら、視界の端に入ってくる真を見て何で一緒に出て行ったんだろう、とか、真はあれで良かったのかな、とか。そんなことを考えてしまう。



「佐野ってさ、」
「ん」
「いいヤツなのに、あっちの人間だからなーんか残念だよね」
「…ん」


友達の言葉にあたしは詰まる。肯定してるともしていないとも取れる曖昧な返事を漏らす。おかずに箸を刺して口に含んで、もう如何にも今は喋れませんって感じに仕立て上げる。



「髪型もダサいしさ喧嘩も弱いし、弟の方が強いって聞いたよ」



モヤモヤした。友達に悪気がないのは知っているけど、ここまで言われちゃうと流石にモヤる。真は喧嘩の弱さと髪型のダサさ、更に言うなら惚れ症なのか女子を好きになっては振られることが多くて、女子の中ではそういう“イメージ”の佐野真一郎が定着しきっていた。だから、そう言いたくなるのも仕方ない。









きっかけなんて些細なものだ。

それは何にだって言える。

例えば、目をつけられることとか。



「聞いてる?」
「…はい」



目の前には制服をボンタンズボンにアレンジして来ている男女の先輩たち。金髪だし、メイクは濃いし、顔までしっかり見れなくて、必然的に下げた視界に入る先輩の腕はタバコで付けたであろう根性焼きの痕。内出血でも切り傷でもないそれは普段なら見ることのない皮膚の焼けた痕が痛々し過ぎて少しだけ気分が悪くなる。内出血も切り傷もできれば見たくないけれど…。



何で自分なのかはわからない。本当にたまたま目についただけかもしれない。知らない間に何かしてしまったのかもしれないし、あたしみたいな人が癪に触るタイプの人なのかも。それだったら、あたしに予防のしようは何もないから困るんだけど。



「美憂?」
「…真」
「あ?何だよ、佐野じゃん」



このままあたしはカツアゲでもされるのか、ボコられるのか、はたまたは襲われるんじゃ。とか良からぬことが頭の中にポンポン浮かんで強張る体。息を吸ってるかもわからなくなっていた頃、この空気感をお構いなしで割って入ってきたのは真だった。ここで見知った顔が見れた上に真だったから、気持ちの安堵感は凄まじい。一気に生きた心地が戻ってきた。先輩たちも真のことは知っていたみたいで、真を見るなり興味は完全にあたしから真へと移る。





やっぱり不良ってわからない。何でそんなことするのかな、って思うことばかりだ。先輩たちと普通に喋っていたように見えてたのに、突然先輩たちが真を殴って蹴って何もなかったようにいなくなった。頭の中が真っ白になって、制服は汚れて傷を作った真のそばに駆け寄るけれど、言葉が出なくて体が震える。


「大丈夫だったか?」


自分の方がボロボロなのに、真はいつだってそうだ。人のことばかり気にかけて、何もなかったように笑って心配してくれる。


「容赦なく殴りやがって、口の中切れた」


口の中は血の味がするらしい。口元を少しだけ抑えて、痛みで顔を歪ます真を見て下唇を噛み締めた。



「真、ごめん…」
「あ?何で謝るんだよ、」
「だって…、あたしのせいで…」




真はわざと負けたんじゃないかって思ってしまう。

みんな真のことを弱いって言ってるけど、違うよ。みんなは真のことを何も知らな過ぎる。真の家は道場で、今でこそ道場に入っていないけれど、そこで稽古に参加していた。だから、ちゃんと強さもあるし、喧嘩だって真がするのは年上の人ばっかり。弱かったら、弱いからって理由で目をつけられてもおかしくないのに、真の周りに人が多い理由を誰も気にしたことがない。



「美憂のせいじゃないから、気にするなって」



真はボロボロなのにいつものように笑いかけてくれるから、まるであたしに対しても笑ってと言ってくれてるようで。思った言葉を全部飲み込んで頷くしかなかった。


それでもあたしは全部を気にしないでいられるほどの人間では無い。真は当たり前のようにあたしの家まで着いてきてくれた。さっきの先輩たちみたいに、また絡まれないようにって配慮だと思う。あたしとしてはその方が好都合。何度も歩いた通学路を一緒に歩く。時折、真の怪我が大丈夫かなって気になりつつも、聞いたって平気しか言わないだろうから、あたしはこっそり真のケガを盗み見たり、今日の授業の話をあえてしたり。そうして、あっという間のようで長かったような感覚を持ちながらあたしの家に到着した。



「真、上がって」
「んー?」
「手当、するから…」



家に着いたから、はい解散。みたいな感じで、あまりにもあっさりと回れ右をする真のシャツを掴んで何とかあたしは真を呼び止めた。




「おばさんはいねぇの?」
「多分、買い物じゃないかな」


玄関に座って待つ真の元に救急箱を持って戻ると真はあたしの後ろのリビングの扉を見て、フーンと呟く。お母さんは家にいない、帰ってきた時点で部屋の中がシンと静まり返っていたし、電気もついていなかったから時間的にも買い出しに行ってるんだと思う。きっとお母さんがいたら、真が来たことに顔出すだろうし、こんな風にボロボロになった真を見て大騒ぎしそうだから居なくてよかったと思ってる。


「イッテェ…」


傷口に薬液をつけて、絆創膏を貼って。簡単ながらもやれるだけの手当を施す。さっきやられた時に痛いと言わず、こういう手当の時に痛いって言うなんて、普通は反対じゃなの?と内心思わずにはいられなかった。




「ありがとな」
「元はと言えば、」
「美憂の手当てのおかげで傷も早く治りそうだわ」


手当を終えたあたしに対してありがとうと言ってくれる真。あたしの方こそ、ごめんなさいというべきなのに、ここでありがとうと言えるのが真の優しさだと思う。ニシシって笑って傷が早く治りそうって、治癒のスピードはあくまで真次第だというのに。あたしができたのは手当てをして菌が入らないようにして薬を塗って、って治癒促進のための補助程度のこと。殴られた理由もあたしのせいではないから、とあたしに必要以上自分を責めさせないようにという配慮が見え隠れしていて、真の優しさにあたしの心は揺れ動く。




「真、夕飯どうするの?」
「あー決めてねぇな」
「じゃあ、何か作っておかず少し持って行くよ」
「おっ、マジで?それはスッゲェ助かる!」



自分の気持ちを悟られないように熱くなった瞳の何かが溢れないように誤魔化すように、今まで使っていた消毒液や絆創膏の箱を救急箱にしまいながら持ち出したのは、全く関係のない話題。真は気にすることなく、普通に考える体制で宙を見つめてる。しまい終わった頃には、いつも通りに切り替えられていて、真の顔も普通に見ることができた。



「美憂が作ってくれんの?」
「お母さんに多めに作ってもらおうと思ってるんだけど」
「言い出しっぺだから、作ってくれればいいのに」



サラリと言ってくれる真がずるい。
中学生になっても真は男女とか気にしないのかな。何も変わらなすぎる真が少し恨めしくも思えてきたけど、こんな真だから今も普通に話せる関係で入れるんだろう。

これでいい。

クラスのみんなも学校のみんなも、真は喧嘩が弱くてカッコ悪い上に悪い奴らと連んでる奴。

中学では同じクラスでそれなりにしゃべる程度。でも実際はあたしのことを守ってくれて弟と妹思いでかっこよくて優しくしてくれる幼馴染であることを知っているのはあたしだけでいい。


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