真一郎と幼馴染 | ナノ

美女缶

※美女缶パロディ
※短編美男缶とほんのり繋がってます。

家に帰ってきたら誰もいなかった。腹減ってるんだけどな、と思いつつ誰もいないなら仕方ない。何か漁って食べるか。俺は料理ができるわけじゃないから、必然的に食うとしたらインスタントになるわけだけど。何もかわらない家の廊下を歩いて辿り着いたのはキッチン。薄暗い部屋の中、キッチンにあるテーブルの上にポツンと置かれた缶詰とその横には一つと冊子とディスクが入った袋が一つずつ。誰のだ?と思って缶詰を手に取った俺は、まず缶詰のてっぺんのところに貼られたシールの文字を見た瞬間、ンンンッ?って眉間に皺を寄せながら食い入るように見つめてしまう。缶のてっぺんに貼られているシールには、名前を書く欄があり、そこに書かれているのは真≠フ文字。誰だよ、俺の名前書いたやつ。しかも真一郎ではなく、あえての真だけ。万次郎か?エマか?アイツらがわざわざ俺の名前をこんな缶に書くことあるか?と自問自答を繰り返しながら、俺は缶全体を確認する。なんつーか、安っぽいデザインで今どきこんなデザイン作るか?って思えるほど胡散臭い。ピンク色のラベルで美女缶≠ニそれには書かれていた。聞き慣れない言葉、怪しさしかない見た目。裏には上手いと言えない似顔絵とその横に書かれた文字の羅列に俺は思わず息を呑む。

名前:清水 美憂(23歳)
出身地:東京都渋谷区〇〇

驚いた、職種にスリーサイズまでご丁寧に記載されている。これがただ単に意味のわからない、誰かの名前だけなら、多分また別の気持ちで受け止めていたんだろうが、今の俺には混乱しかない。書かれていた名前は俺がよく知っている、幼馴染の名前だった。
美憂の名前は缶のラベルに印字されていて、誰かが書いた物ではないのは明白。誰がこんなものを作ったのだろうか。幼馴染の名前と出身地、職種にスリーサイズまで書かれていて、俺の名前が書き込まれていて、こんな手の込んだこと、悪戯だとは考えにくい。てことは、これは何なのか。それを確認すべく、俺は一緒に置かれていた冊子とデスクを手に取った。
テレビをつけて、我が家ではまだ新しいDVDレコーダーにディスクを入れれば一度は画面が暗転したのちに再生される。取扱説明書、という文字がまず画面に表示されてから、淡々とした声色のナレーションが始まった。


1,まず、缶の上面に書いてある記入欄に呼ばれたい名前を記入します。生まれてきた美女はその名前であなたの名前を呼びます。
2,缶詰の中にあるピンクの液体を40度のお風呂の中にゆっくりと入れましょう。その際、必ず蓋をしましょう。そうでないと、生まれてくる美女が恥ずかしがります。
3,扉を閉め、30分間風呂場の外で待ちます。その間は、部屋の掃除をする、エッチなものを隠すなど美女を受け入れる準備をしましょう。
4,気をつけてください、美女はあなたのことを無条件で「恋人」であることを信じます。彼女たちは実は繊細です。安易な性の対象だけとせず、心の通った日常生活を心がけ、素敵な美女ライフを送りましょう。


説明はここで終わり。シンと静まり返る部屋の中、俺は一人でどうすべきかわからないながらも再び缶を手に取った。



「…って何やってんだか、」

気付けば俺は風呂を洗ってお湯を出し、缶を缶切りで開けていて、中に入っていたピンクの液体を風呂の中に注いでいた。そしてきちんと説明通り、蓋をしてリビング、キッチンを確認するが、元々じいちゃんとエマがしっかり片付けをしていてくれていたこともあり、片付けをする必要性は全くなかった。なので、最後に自分の部屋に戻って、一通り確認しながら、ここでやっと冷静になる。ポツンと置かれていた缶詰に書かれていた文字と映像を鵜呑みにして当たり前のように家の中まで確認していて、本当に何をやっているんだろうと。そんなことを思いながら、自分が帰ってきてから腹が減っていたことを思い出し、そうだ俺は食い物を探してたんだと自室を後にした。相変わらず静まり返っている廊下を歩いていたら、突然物音のようなものが聞こえた。気のせいではないだろう。何かドアか何かが動く音だ。だけど、これから向かうキッチンにもリビングにも人はいないはず。もしかして自室にいる間に誰か帰ってきたのかもしれない、だけどそれは違かったんだとすぐに気付かされる。


「あ、お風呂…、ありがとう」


リビングに入りかけの瞬間、後ろから声がした。万次郎でもエマでもない。もちろん、じいちゃんでもない、でも聞き慣れた女の声、心地よささえある声に俺は何の疑いもなく振り返ってから驚かされる。


「…美憂、?」


風呂場のある洗面所から控えめながら、出てきていたのは俺のよく知る美憂だった。美憂は明らかに風呂上がりという格好、つまり髪の毛は濡れていて着ているのは俺が普段部屋着にしているスウェットで、明らかにサイズがあっていないため、全体的にダボっとしていて足元は特にダボダボ、腕なんて萌え袖ってやつじゃねぇか。控えめに、ちょっと恥ずかしそうにしてこっちを見つめてくるから、俺はいつの間に美憂をこの家に招き入れていたのか、と空腹で働かない思考回路をフル回転させた。



「ハイ、どうぞ」
「ありがとな…」


結局答えは出ないまま、気付けば美憂がキッチンに立っていて、冷蔵庫や戸棚に入っているものまで確認した上で、うどんを作ってくれた。器によそったうどんは出来立てで、中には卵とネギと油揚げが入っていてシンプルながら美味そう。俺がまじまじとうどんの入った器を見ていたのがおかしかったのか、美憂はクスリと笑うと手を合わせていただきますと呟いた。美憂の髪は未だ湿っている。


「美味い、」
「そう?良かった。真、料理できないもんね」
「仕方ねぇだろ…」
「料理ができる彼女で良かったでしょ?」
「ん、っぐ」


美憂が普段言わないような単語を口にして思わず口の中に入れていたうどんを出しそうになった。なんとか堪えたけど、変なところに入ったような詰まったような感覚があり、一人で背中を丸めて耐え凌いでいたら美憂がポンポンと背中を摩り水を差し出してくれたので、ちょとだけ落ち着いた瞬間にその水を一気に飲み干した。


「大丈夫?」
「っあー、うん、ヘーキ、」
「気をつけて食べてね」


俺が落ち着いたのを確認すると美憂は耳に髪をかけて再びうどんを食べ始める。何一つ、驚かず不審にも思わず、何なら当たり前のような平然とした様子が俺の中で更なる混乱を招いていることを知らないのだろう。
美憂は俺の幼馴染だ。ずっと近しい距離にいてくれて、異性の中で誰よりも一番距離が近い存在。だけど、俺らの関係は所詮幼馴染という枠から抜け出せていなかったはず。それなのに、それなのに美憂は自分で自分のことを彼女と言った。普段の美憂からは冗談でも言わない言葉。

俺も美憂もお互いにお互いを好きだという気持ちに蓋をして押し殺してそれ以上の関係に進まないと暗黙的な了承をとっていると思っていたはずだからだ。


美憂は俺に面と向かってそんな冗談は言わない。性格的に言えないはずだ。ってことは冗談ではないはずだが、いつの間に俺らの関係は発展したんだろうか?ぐるぐると考えているうちに思い出したのは数十分前、いやほんの1、2時間に見つけた美女缶という缶のこと。そこに書かれていた美憂の名前と詳細云々。中身を浴槽に注いだ後、俺は何も確認していない。ってことはつまり、そういうことなのか?となれば、今美憂が着ているスウェット諸々はどう準備したんだ。色々思うことはあっても美憂がいる手前、俺は考えるだけで結局今すぐに確認する手段が何一つないことに気付かされて時間だけが過ぎていった。
食事を終えて、美憂が洗い物をすると言い、キッチンへ移動する。そのタイミングで俺は入れっぱなしにしていたディスクをこっそりと再生。チャプターメニューが表示され、二つの項目が表示される。一つは美女缶の取扱説明書。これをさっき俺は見たのかと思い、下段にある生い立ちの方にカーソルを合わせて決定ボタンを押した。流れてきたのは、いかにも昭和感溢れる画質の映像だった。

清水美憂。1980年…、東京都渋谷区…、と始まる説明は俺が知っている幼馴染の美憂と同じ情報だ。幼少期、小学校、中学校と美憂の人生が解説される。その中で、度々話に出てくる佐野真一郎≠ニいう名前。何故、このディスクの中の説明で俺のことまで把握されているのか、と思うほどそれは出てきた。俺と美憂が幼馴染であることはもちろん、美憂が先輩に目を付けられて俺が助けた話、学生の頃の美憂が夜中に家出をした話まで。わざわざ人にするような話ではないことがそこでは語られていて息を呑む。美憂は俺のことがずっと好きだったことももちろん出てきた。映像では俺たちが幼馴染の延長戦から付き合うことになったと言っている。そして今回、日常的な会話の約束の中で美憂は俺の家に泊まりにきた、というところからのスタートだと語りは終わる。情報量が多い、というよりは他人が知らないであろう情報ばかりを見せつけられて、頭が混乱していると言った方が正しいだろう。つまり、今家にいる美憂はあの美女缶から生まれたということであり、俺の知っている幼馴染の美憂ではないということ。この美女缶の美憂と俺は恋人同士であること。しかし、美女缶の美憂の人生背景全てにおいて幼馴染の美憂とひどく類似、いや同等だ。


「真、洗い物終わったよ〜、ってどうしたの?」
「いや、何でもねぇよ」


洗い物を終えた美憂が戻ってきた。俺はテレビの画面を消して一人ぼんやりと宙を見つめていたせいで、美憂は不思議そうな表情で俺を見つめてくるが、何もないと否定した俺に対して「そう?」と深く追求はしてこなかった。胡散臭い缶からできた幼馴染はずっと俺が好きで好きで打ち明けられなかった美憂で、そんな美憂と俺は今付き合っている事実がここにある。ならば、このチャンスを俺は存分に受け入れようじゃないか、と拗らせに拗れた気持ちから、俺は俺の都合の良いように解釈をすることにした。

美憂は何度か俺の家に泊まりにきてあったかのように、俺の部屋から美憂の服が当たり前のように出てきた。俺が勝手に忘れてるだけなのか、何なのかわからないからこそ、深く追求することをやめて、もう全てを受け入れることにした俺は美憂との時間を過ごす。
日中から仕事がある俺は常に一緒にいられるわけではなかった。美憂は早起きをして俺のためにお弁当を作り、朝ごはんを準備してくれて、一緒に朝から飯を食っていってらっしゃいと見送ってくれる。俺がいない時間には、部屋の掃除や洗濯物、買い物に行ったりと主婦らしいことをしてくれているらしい。そして帰ってくれば、当たり前のようにお帰りなさいと出迎えてくれて、夕飯ができていて一緒にまた飯を食う。風呂も沸かしてくれていて、一緒にまったりとした食後の時間を過ごして、一緒のベッドで眠りにつく。そういう当たり前のような日常的な幸せのあるルーティーンを過ごして充実していた。日々俺のために尽くしてくれる美憂に感謝して、元気とやる気をもらった分、休みの日は美憂と一緒に出かけるようにした。バイクに乗ってちょっと遠出をして、その土地その土地の美味いものを一緒に食う。それからありきたりだけれど、観光地と呼ばれる場所を回る。遠出と言っても同じ関東圏内で日帰りできる距離だったけど、美憂は十分喜んでくれた。
だから、ある日鎌倉に行った際、ハンドメイドで作ってくれるアクセサリーショップで美憂には似つかない、ちょっとゴツさもある太めのチェーンのブレスレットを美憂に買ってやった。この時間が続きますように、離れませんように、と思いを込めて。


「真、ありがとう。大切にするね」


そんな重たい気持ちを知らない美憂は何も知らないまま喜んでくれて俺の心の中が満たされていく。あぁ、幸せだなと、その時の俺は本気で思った。


いつものように美憂と一緒にベッドの上で寝ていた俺は、何故か朝方に目が覚める。再び寝直そうと思ったけれど、なんとなく俺はベッドから抜け出した。コップ一杯の水を注いでグイッと一気に飲み干すと少し乾いていた喉が潤うのを感じた。それに満足した俺は再び、美憂の眠るベッドに戻るため自室へと足を進める。戻れば美憂が部屋を出る前と同じようにスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていて、その寝顔だけで俺自身の頬が緩んでいくのがわかる。そっと頬を撫でてやれば、確かに温もりがそこにはあって、美憂が実在していることを実感させられた。



「…ふぁ…」
「真、どうしたの?まだ眠い?」
「んー、まあ…」


二度寝してから数時間後、起きなければならない時間はあっという間にやってくる。こういう時の体感はあっという間で、中途半端な睡眠のせいで逆に眠い。ボーッとする頭を何とか起こしたものの、抗えない睡魔からやってくるあくびを噛み締めていたら、美憂が不思議そうに俺を見つめた。普段、こんなに眠そうにしないし、いつもと変わらず寝ていたからこそ、不思議なのだろう。夜中に喉が乾いて目が覚めたから、と伝えれば「なるほどね」と美憂はすんなりと納得する。
美憂は俺の前でも気にせず、着ていたスウェットを脱いで着替えを始めるし、俺もそれを気にしなくなった。別に意識していないわけでもなく、逆にやましい気持ちがあるわけでもなければ、それだけ気心を許した恋人であるという距離感が俺らの中に生まれているということ。俺はまだ眠い頭を起こすべく、ベッドに腰掛けてぼーっと美憂の着替えを眺めているとき、それは視野に入る。


「あ…?」
「どうかした?」
「あ、いや、何でもねぇ」


思わず漏れた声に美憂が反応した。何でもないと咄嗟に言ってしまったが、何でもないわけではない。だけれど、美憂は俺の言葉を鵜呑みにして再び着替えを再開する。見間違えじゃない、俺は美憂の腰の辺りにあるバーコードを見た。そこにはバーコードと、羅列された数字。何の文字だ、そう思ったけど俺にはピンと来ず何一つ理解できなかった。
そのまま一人で悶々と考えているうちに美憂は着替えを終えていて、ずっと動かない俺にとうとう催促をする。「ほら、早く着替えて起きて!」と。その言葉に流されるまま、いつの間にか気付けば気になっていたバーコードの存在さえ頭から流れていて、深く気にすることをやめた俺は美憂と一緒に買い物へと出かけることにした。
「今夜は何作ろうかな」「これ美味しそう」「新商品だって!」目に映るもの全てを楽しそうに見つめて反応を示す美憂が可愛かった。無邪気に笑う表情、ずっと俺が見たくて俺が見せて作りたいと思っていた表情がここにある。

あれ、ずっと見たくてってどういうことだ?


「しーん?」
「あぁ、悪い。何だっけ」
「も〜、まだ寝ぼけてるの?」
「そうかもしんねぇわ」


俺が物思いに耽るたび、美憂が現実に呼び戻す。またぼーっとしていたらしい俺を美憂はちょっと不貞腐れた表情で見上げていて、流石にまずいとちょっとだけ思って謝ったら、次は呆れ顔をされてしまった。こんなんじゃダメだな、って言い聞かせて俺は美憂と過ごす今この時間に集中することにした。
あれから買い物と適当にカフェでくつろいでから家に帰った俺たちは、バイクに入れていた買い物袋をぶら下げて家の玄関を開ける。


「真ニィ!どこ行ってたの…!?」
「ただいま、ってエマ、お前こそどこに行ってたんだよ」


家の奥からドタバタと現れたのは妹のエマだ。プンスカと食い入るように出かけていた俺に対してどこに行っていたと問いかけられるが、それはおかしい。俺よりもまずエマの方が今の今までどこに行っていたというのだろうか。ここ何日家を開けていたというのだ。家の奥から「真一郎帰ってきたのか?」とじいちゃんの声もするから、じいちゃんもいるのは間違えないし、この調子だと万次郎もいるんだろうな。俺だけ除け者にして数日家を開けていたのだから、俺だけが責められるのは違うだろう。


「え、どこってウチ、家にいたけど?」
「はあ?何言ってんだよ、だって」
「真ニィこそ、そんなにたくさんの荷物持って何買ってきたの?どこ行ってそんなに買ってきたの?」


まるで俺が不可解なことを言ってるかのような表情と物言い。俺は美憂と一緒に買い物に行って帰ってきただけだって言い切るために、パッと美憂のいる方を振り向いた瞬間、頭の中が真っ白になった。


「…美憂?」


いたはずだ、さっきまで。ここにいたはずの美憂が忽然と姿を消していた。美憂が立っていたであろう場所には買い物で買った物の入ったビニール袋が一袋、ポツンと置かれていて、確かにここにいたと立証する。


「真ニィ、寝ぼけてるの?美憂はここにいないけど」
「ハァ?」
「戻ってきた時からずっと真ニィだけだったからね」


嘘だろ、そんなの。美憂が忽然と姿を消した。何も言わずに、俺に黙って?俺は慌てて家の中へと駆け上がる。持っていた買い物袋を玄関に放置して行くもんだから、後ろから「ちょっと真ニィ!持っていってよ!」ってエマが大声を上げているがそれどころじゃない。向かった先はキッチンにあるゴミ箱で俺はその中身に用があった。そのゴミ箱の中身は缶のゴミだけを入れているもので、ガチャガチャと漁ればすぐに見つけたピンク色の缶。慌ててラベルを見直せば、そこに書かれていた品質保存期限という文字。あの時は気にも留めていなかった内容が今ここでこんな形で慌てふためくことになるなんて。完全に自分の落ち度。


「真ニィ…」
「真一郎、ゴミなんか漁って何があった」


俺の行動をどう思ったのだろうか。恐怖、混乱、不安、わかんねぇ。ただエマの不安げな声とじいちゃんの深刻そうな声が聞こえるけれど、俺は二人のことを気にかける余裕もなく、漁って見つけた缶を片手に慌ただしく次は自室へと向かった。
部屋の扉を開けてみても、当たり前だが部屋の中は誰もいない。生活感だけがあって、ベッドの上には朝着替えるために脱いだままの俺の部屋着が無造作に脱ぎ捨てられている。見渡してみても、ここは俺の部屋であって美憂がいたという確実な何かがあるわけではない。俺は確かに一緒に過ごしていたというのに、何故、どうしてという気持ちだけがずっと込み上がってくる。俺は知っている、美憂の温もりも、存在も楽しかった記憶だって。なんで、そう思いながら、俺はもう冷たくなったはずのベッドに触れて顔を埋めた。





「ってことがあったんだけど」
「ないな」
「ねぇわ」
「あり得ない」


話を終えた俺に対して、万次郎、イザナ、エマの順番でぶった斬られた。3人とも無表情で淡々と否定するから俺の心が痛い。つーか、弟たちが辛辣すぎて悲しい。


「だって、何だよそれ」
「自分がウジウジしてたからって都合良すぎんじゃねぇの」
「まず何年前だ?」


指折り数える万次郎と相変わらずジト目なイザナ。お前らほんっと意気投合するようになったよなって嬉しい話なはずなのに、俺への言葉が冷たすぎて俺はちょっと寂しいんだけど。


「何の話?」
「美憂ー!真ニィがね、美女缶って缶から生まれた美憂と過ごす夢見たって」
「美女缶?」
「ばっ!エマ…!!」


テレビはつけっぱなしだが、誰1人テレビは見ていない。なんなら4人でテーブルを囲って座りながら話していたのは俺が見た夢の内容。家に帰ってきたら、見慣れない美女缶って書かれた缶があり、そこから美憂が生まれて一緒に過ごすというものだった。何故か年齢は俺らが23歳の頃。絶賛、俺らが拗れていた年齢だ。美憂が好きだけど、俺には守らなきゃいけない家庭があり、イザナの件だってまだバタバタしていた時期。それに加えて自分のために、なんて器用なこともできなければ余裕もなかったあの頃。そのせいで、ずっと美憂との関係を曖昧にしていた俺は、心のどこかであの頃に付き合っていたら、という気持ちが今でもたまに沸き上がってしまうものだ。その結果、俺の深層心理が夢となり現れたのだろう。その話を万次郎たちに話したら、見事に俺だけが総攻撃を受ける始末ってわけで。そんなタイミングで良いんだか悪いんだか、ひょっこり現れた美憂にエマが暴露するから時既に遅し。エマの話を聞いた後、俺の横に腰掛ける美憂が不思議そうな表情で「そうなの?」なんて聞いてくるから、弁解させてもらった。


「いや、だって、ワカの彼女がそう夢見たって聞いたからよ〜!俺だったら美女缶で美憂が出てきたら良いなって思ったりはしたけどよ」


これってもしかして必要ないことまで口を滑らせてね?って思ったけど喋ってしまったら、これまた後の祭り。「都合良すぎる」と再び言われてグサッときた。


「美憂はどう思う?」


湯呑みにお茶を入れて、フーフーと冷まして飲もうとしている美憂にエマが切り込んだ。いや、聞くなよって思ったけど、これ以上俺は何も言えず、黙っていてほしい気持ち半分、知りたい気持ち半分をぐっちゃぐちゃに混ぜながら美憂がなんて言うのかと美憂のいる側の片耳に全神経を集中させて口を結ぶ。美憂はチビっと湯呑みに口をつけてから、うーん唸りながら天井を見上げて物思いに耽る。


「その時から真が好きでいてくれてたってことがわかったから、嬉しい…かな、って」


これには俺も面食らったし、万次郎もイザナもエマも同じだろう。全員でポカンとして美憂を見つめて、美憂は恥ずかしかったんだろうな。後半に行くに連れて声が消え入りそうになるわ、俺と目が合う瞬間には心なしか顔が赤いようにも見えるし、


「っほんっと美憂で良かったッ」
「わッ、ちょっと!危ない…!」


そんな初々しい美憂が可愛くて愛おしくて思わず俺は抱きついた。美憂が湯呑みを手にしていたことも忘れて抱きついたもんだから、危ないって静止させられたけど俺だって離れるつもりはないのでそのままギュッと腕の中に閉じ込める。


「惚気か〜」
「美憂で良かったねー、真ニィ」
「呆れた…」


万次郎たちが呆れ返っているけれど、それはどうだっていい。俺は本当に美憂が美憂で良かったと実感した。夢で見た美憂もすごく良かったが、俺は今日に至るまで美憂と過ごした日常が1番のかけがえのないものだと再認識。色々あって、遠回りして、いっぱい待たせて悲しませて辛い思いをさせたけど、俺は今も美憂の横にいれるのだから、それでいい。美女缶で生まれた美憂とはこんな未来にこじつけなかったのだから、現実が一番だ。夢の中の美女缶では名前の表記は清水美憂となっていたが、今俺の腕の中にいる美憂は佐野美憂。俺の可愛い可愛い大切な奥さんである。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -