真一郎と幼馴染 | ナノ

心とココロ

2009年11月某日

いつものように安定したメイクをして普段よりちょっとだけオシャレ意識した格好と今でもお気に入りのちょっと似つかないチェーンのブレスレットを身につける。

昨日送ったメールの返信が朝届いていて、そこに書かれていたのは「楽しんでこいよ」の文字を見てあたしはそっと携帯を閉じた。

季節的なこともあって、外の風はとても冷たくなった。朝昼晩での気温差がとてもはっきり出るようになったおかげで、日々何を着ようか悩みどころ。なんとか服装は決めて、最終確認をして家を出た。待ち合わせ場所についてしばらくすれば「お待たせ〜!」ってやってくるのはエマ。すっかり大人びてしまった彼女も今月で18歳になる。昔から知っている上に小さかった頃から見ているせいか、子供の成長を見ている大人たちの気持ちがわかる気がする。自分も小さい頃、会うたび会うたびに「もうこんなに大きくなったの?」「早いわね」など言われて、その度にそうなのか?と思っていたが、こういうことなんだとこっちの立場に来て初めて実感させられた。


「今日はいっぱい楽しもうね」
「うん、よろしくね」


エマは何も変わらない、屈託のない笑顔を浮かべて今もあたしを慕ってくれている。えへへ、と笑う姿は何一つ変わらず可愛らしくて、あたしの表情も自然と緩んでいくのがわかった。


エマに連れられて行ったのはあたしが行きたいと言っていた浅草だ。お参りをしておみくじを引けば、待ち人来る驚く事ありの文字。それを覗き込んできたエマがちょっとだけはしゃいだけど、あたしは何となく流してから括り付けてしまった。ちなみに内容は吉だった。それからはブラブラとお店を回って、ランチをする。おいしいとネットで見かけたアイス屋さんに入ったりもした。日中は気温が高かったこともあって、この時期でも食べるアイスは美味しく感じられたので良しとしよう。
たくさん歩いて、たくさんあちこち出向いたから、気づけば日が傾き今日が終わるカウントダウンが始まっていた。時間は16時過ぎ、正直まだ早い時間だけれど秋はもう夏のように日が落ちるのが遅くないから仕方ない。あたしたちは最後に向かう予定だった場所へと移動を開始する。


「いらっしゃいませー」
「あ、予約してた佐野なんですけど」
「はい、こちらへどうぞ」


エマと話しながら自然と向かったのは見慣れた街、あたしたちの地元だ。ここまではお互い自然な足取りでやってきた。地元に戻ってきて、途中からエマが誘導し始めて、あたしはただそれに従って歩くだけ。そんなあたしたち二人がやってきたのは個人経営の居酒屋だ。なんとまあ、エマは予約してくれてたようで、店員さんも疑うことなく案内してくれるけれど、あたしの内心はちょっとだけヒヤヒヤだった。座席は4人席、横のテーブル座席は誰もいないけど、2人で4人席は良いのかなと思いつつ、エマが奥に座るからあたしも手前の座席に腰掛ける。ちなみに2人のはずなのに4人席全部にご丁寧に皿と箸が並べられてていて、ちょっとだけ違和感を感じたけどそれどころじゃない。


「ちょっと、呑まないでよね」
「呑まないよ、呑んじゃダメだもん」


店員さんがいなくなったのを確認してから、小声でソッと伝えれば、エマはわかってるよ〜とあっけらかんと笑っていた。なぜ居酒屋にしたのか、という引っかかりもありつつ、何故年齢確認されなかったのかという疑問も残りつつ、変な疑いが付けられなければそれでいいか…とあたしも深く考えることをやめにした。
メニューを開いてドリンクをオーダー。エマは言葉の通り、ソフトドリンクであたしはレモンサワー。あとは適当にサラダとかおつまみを頼んで乾杯をする。たくさん歩いて1日を謳歌したあとのお酒は美味しい。


「ウチ、今日美憂と一緒にいっぱい過ごせて楽しかったな」
「それはこっちのセリフだよ、ありがとう」
「楽しめた?」
「それはもちろん」


適当にサラダを取り分けようと手を伸ばせば、尽かさず「ウチがやる!」ってエマがやってくれて完全にいたせりつくせり。分けてくれたサラダをつまみ始めた頃だった、


「よっ、来ちゃった」
「え、?」
「いらっしゃーい!」


あたしの後ろから突然聞こえてきた声。明らかにこのテーブルに発せられた言葉で、でもそんなことあたしは何にも知らなくて、箸とサラダの入った皿を持ったまま見上げてみたら、ニシシと笑っている万次郎。当たり前のようにあたしの横に腰掛けて「腹減ったー!」なんて言ってるから驚きだ。更に驚いたのは、一緒に来たらしいもはや顔馴染みとなったケンくんもいて「お邪魔します」って軽く会釈をしてからエマの横につく。


「ケンちゃん何飲む?」
「あーウーロン茶」
「美憂何呑んでんの?」
「レモンサワー…」
「あ、マイキーもソフドリだからね!」
「わかってるって」


完全にあたしだけが混乱している。何もかもが当たり前のように会話が繰り広げられている状況がついていけない。


「俺、唐揚げ食べたい!」
「はいはい、どーぞ」
「え、なんで万次郎たち?」
「サプラーイズ!」


テーブルに置かれていた数が少しだけ減った唐揚げに万次郎が即座反応、ちょーだいって手を伸ばす。あたしの心の声が口から漏れていたのを聞き逃さなかった万次郎がやっぱりニシシと笑って言った。まるで悪戯成功した子供のように。


「まあまあ、俺らも腹ペコだから食おう!」


まあまあ、ってこれ、なんの会???


今日はあたしとエマで自分達を甘やかす日だった。と、いうのも、今月はあたしとエマがちょうど誕生月で、普段から家のことも含めて頑張っているエマと仕事に追われているあたしが贅沢しようって決めた日。お互いのお祝いも兼ねての約束だ。そう考えれば、まあ万次郎とケンくんがいるのもわかる。エマの大好きな2人がいるなら、それはエマにとっての贅沢になるわけだし、ここは地元だからエマが話していたと見るなら辻褄も合う。だから、あたしは深く気にしなかった、というよりここで納得して考えることをやめてしまった。

それからだ。

次にやってきたのは、万次郎とエマの兄であるイザナ。出会った頃よりだいぶ表情は柔らかくなったと思う。棘も無くなったし、とっつきやすくなった彼はあたしらの座っているところの隣のテーブルに腰掛けた。こっちのテーブルにあった料理…と言っても万次郎たちがほとんど平らげてしまって、高が知れているがそれを回した上で新しい料理をオーダー。改めて乾杯して呑んでいたらビックリ。



「おつかれ」
「おつかれ〜!」
「お疲れ様っす」
「っゴホッ」
「おう、美憂どうした?」


ここで来たのが万次郎の幼馴染で武臣の弟である春千代なら納得だったんだけど。まさかワカとベンケイがやってくるなんて聞いてない。あまりにもナチュラルに挨拶してやってきたワカに対して、みんな普通に返しているし、たまたま呑んでいたあたしは咽てしまって、ベンケイが不思議そうな声で聞いてくるけど、2人が突然現れたからなんですけど、なーんて言えはしなかった。結局異色なテーブルの出来上がり。あたしは座席は変わらず、エマもそのまま、なんならマイキーも。だけど、エマの横に座ってたケンくんがイザナと交代して、隣のテーブルにケンくんとワカとベンケイが一緒に座って談笑している。つまりこっちのテーブルは、佐野家空間だ。


「ねえ、エマ」
「なに?」
「どんなメンバーなの、これ」


食べることに夢中な万次郎とイザナなら、さほど気にしなくていい。ずっと気になっていたことを聞けばエマは楽しそうに笑っているだけ。


「ウチらの接点がある人たちに声かけたの」
「…それであの2人?」


コソッと指差したのはワカとベンケイ。まあ真がここにいれば、だいぶ違うのに彼らだけここにいるのはかなり浮いてる気がする。なんなら、明司もいないしね。


「そう。美憂って言ったら、真ニィの周りの人たちしか出てこなかったから」
「真いないのに?」
「真ニィ、仕事だから」
「…たしかに」


そう、そこなのだ。エマも知ってるあたしの知り合いって言ったら、ワカ、ベンケイ、明司って全ては真がきっかけで知り合った人たちばかり。あたし自身友達はいるけれど、エマと直接的接点がない。なので、必然的に声をかけるってなったら、そこのメンツになるのもわかる。だからちょっとだけ期待してしまった。真ももしかして、って。だけど、エマの言う通り。今日は真のお店は休みではない。最近忙しいって言ってたから、仕事だって営業時間を延びることがあるってのも聞いていた。お互いいい大人な訳で、そんなあたしたちの自己満足な日のために来てくれたり…なーんてうまく行くわけない。
所詮は淡い期待。淡い期待が消えると同時にフワッと友達に言われた言葉を思い出す。


「美憂もさ、いい歳なんだから、そろそろちゃんと考えた方がいいんじゃないかな」
「佐野以外にもいい男はいるんだからさ」
「自分のこと優先しなよ」


そう、あたしももう来年で30になる。周りの友達は結婚、出産まで経験しているのにあたしは未だに独身。世間的には彼氏なし。だからこそ、周りの友達はあたしを心配して言ってくれるのだ。特に真を知ってる共通の友達に関しては「そんなズルズルよくない!」って一喝してくるほどに。みんなの気持ちも言いたいこともとてもわかる。側から見たら、あたしたちの関係はとても曖昧で不確かなもの。それは男が女を転がしてるようにも見えるのが普通だろう。だけど、そうじゃない、真には優先しなきゃいけないモノがあるから、何も変化できない関係にあるわけで、友達に言われる度に胸がズキンと痛くなった。あたしがこんな風に思うのも都合が良すぎるのかな、とか思うこともあったけど、真を信じて今の関係を受け入れると決めたあの日から、今日に至るまであたしはそれなりに楽しい日々も過ごせたわけであって、今更周りにとやかく言われたくないと言うのも本音だったりする。

と、思っていたけれど、


「みんなはこれから20代だから楽しいこといっぱいだね」


歳を重ねてこれば、考え方だって気持ち的なモノだって色々変わってきてしまう。絶対なんてあり得ない。あんなに頑なに抱えてた気持ちだって、月日が過ぎれば揺らいだり、経験した分だけ考え方が昔と異なってくるのが人間だ。今より10歳若かった頃、抱えていた気持ちもプラス10歳でこんなにも揺さぶられてしまうのか、とちょっとだけ自分が嫌になる。自分の意志の弱さなのか、忍耐不足なのかと出てくるのは全部自己嫌悪。


「美憂?」
「…ううん…、なんでもない。デザート頼んでいいかな」
「あ、ウチも!」


エマが不思議そうな表情であたしの顔を覗き込んできたから、気づかれないように誤魔化した。時間を確認したら、結構いい時間。ここに来て気付けば3時間ぐらい経過していて時間は20時を過ぎている。多分、もうじきお開きになるであろうから、あたしはメニューを開いてデザートを注文。デザートはすぐにやってきた、昼間にアイスを食べたこともあり、選んだのはティラミス。一口食べれば広がるほろ苦さと甘さがとても絶妙で美味しい。



「美憂」
「なに、万次郎」
「美憂って今月誕生日って聞いた」


ちゃっかりと同じタイミングでアイスを頼んでいた万次郎がおんなじようにスプーンでアイスをすくって食べている。真横にいるから至近距離で目が合う彼は心なしかウキウキと楽しそうで、相変わらず子供っぽさがある。


「なに、プレゼントでもくれるの?」


万次郎とあたしの付き合いだからこんな風にも言ってしまう。10個下の男の子に何を言ってるって感じだけど、あたしと万次郎なら許される。ちなみに万次郎はちゃっかり人のティラミスをひと掬いして食べて「ウマッ」てこらこら。


「うーん」
「何その反応」
「えーだって美憂の欲しいモン難しいじゃん」
「難しいって何よ」
「あ、じゃあ仕方ねぇから俺のアイス一口な」
「適当だな〜」


一口って適当にも程があるでしょ、って思っていたらクツクツとあたしたちのやりとりが面白かったのかイザナが笑っている。


「美憂の欲しいモンって結構簡単だろ」
「簡単?」
「あぁ、スッゲェ簡単」
「俺には難しい、つーかめんどくせーじゃん」
「それな」
「何それ」


二人だけ何か話が通じていない?あたしだけ完全に置いてきぼり。あたしの話なのに、なぜ置いてかれてるのか。と、思いつつも、いろんなイザコザも見てきたから、こうやって万次郎とイザナが話している姿は微笑ましさもあるから、良いんだけどね。


「ふふん、それに関してはウチが褒められるべきだから」
「確かに」
「あれは凄かったもんな」


って思ってたら、やっぱりあたしだけ置いてきぼりだ。エマも話の意図を知っているらしく、ドヤ顔浮かべて話題に入ってきて完全に佐野家のみんなだけが通じる話題展開。イザナは涼しい顔して枝豆食べてるし、万次郎も呑気にアイスを食べ続けて視線がそれぞれ宙を舞う。視線の端で、お会計の段取りしているケンくんが見えるし、あぁ、本当にそろそろお時間だ。


「ウチね、美憂のこと大好き」
「うん」
「だから、美憂には幸せになってほしいの」
「うん」
「だからね、美憂幸せにしないと許さないんだから」


あえて視線が合わなくなったイザナと万次郎。逆に真っ直ぐと目が合うエマの言葉をウンウンと耳を傾けていた。大好き、幸せになってほしい、こんなにも相手を想う心をまっすぐ伝えてくれる言葉を言い表してくれるエマの気持ちにほっこりさせられていたら、最後の一言に感じる違和感。あれ、なんか、エマと目線が合ってたはずなのに、エマの目線が若干高い、というか。若干ズレて、る?

視界の端でケンくんがお会計の段取りでテーブルから離れたのまでは認識していた。そのケンくんが再び戻ってきて定位置に戻って腰掛けたタイミングだったから、最初はエマがケンくんに視線を奪われてるのかと思っていたけど、違かったらしい。


「美憂、」


喉の奥がヒュッてなった。突然、世界から音が消えた気がした。


「し、ん」


あたしの隣に座る万次郎の先に立ってる人影。最初は店員さんでもいるのかと思ったら、それは違くてあたしがずっと期待して諦めて忘れかけていた真がいた。


「美憂、待たせてごめんな」
「なにっ、え、ま」


言いたいことはたくさんあった。仕事だったはず、とか。朝のメールにはそんなこと何も書いてないじゃん、とか。待たせてごめんって、なんであたしが来ないかなって思ったことバレてるのとか。第一、何その花束。一瞬だけど視界に入った真の手元にあった花束は見間違えじゃないはず。似合わないんですけど、って言いたいことと思ったことがたくさんあり過ぎて訳がわからない。なんなら脳内で思考回路がグルングルンとジェットコースターを駆け巡るように動き回る。何一つ、思考の脳内処理が追いつかなくて、でも胸の中から湧き上がるものがあって、気づいたらそれが目から溢れそうになって、思わずあたしは隣にいた万次郎の肩に顔を埋めるようにしがみつく。



「あ、シンイチローが美憂泣かせた…!」
「シンイチロー待たせ過ぎ」
「真ニィ、カッコつけ過ぎ」
「おい、お前らなぁ!」



耳から入ってくる声はどこか楽しそうに揶揄う万次郎とイザナ、そしてちょっとだけ冷めた様子のエマといつもみたいにちょっと困った声色の真のもの。多分、ワカたちも笑ってるんだろうけど、今のあたしにそんな余裕はなかった。


あれからやっぱり会計は終えられていて、真はせっかく来たばっかりなのにお開きとなった。きっと何も食べていないだろう、お腹だって減ってるはずの真には2件目を提案したけれど、そのまま解散。珍しいことに誰も2件目の提案をしようともせず、むしろ解散ゴリ押しって感じだったと思う。当たり前のように真に「送ってく」って言われて、あたしは素直に頷いた。
冷たい夜風にあたりながら、あたしは真の横を静かに歩く。真は相変わらず似つかない花束を持ちながら、何を考えてるのかわからない表情でゆっくりとした足取りで歩いている。あたしと言えば、2件目を誘って断られたせいで、改めて2人でどっかお店に入る?っていうのも気が引けてしまった。


「真はなんで待ってるって思ったの」


自分で聞くのもどうかと思った。けど、このまま沈黙のまま歩くのもどうかと思ったし、何より今のあたしにはアルコールが入っていて、例えついうっかりがあってもお酒のせいにできるから。露骨にビックリして嬉しくて感極まって泣いてしまった後で恥ずかしさしかないのに、あたしは自ら切り出した。



「待ってるのはわかるだろ、ずっと待ってたじゃん」
「だから、どういう根拠で」
「ずっと、そばにいてさ、待っててくれただろ」


ずっと、そばにいて、待っていた


このワードが並んだ時、あたしの中で何かが合致しないような違和感が燻る。


「ずーっと、さ。待たせて、待ってて。エマにも怒られたわ。いつまで美憂待たせるんだって」


人通りの少ない道の真ん中で真は呟く。


「俺的には、あいつらが大人になったら、って思ってたんだけどな。成人式迎えて、大人の仲間入りするまで、父ちゃんや母ちゃんの代わりに、って思ってたけど」


歩いていたはずの真の足がピタリと動きを止めるから、思わずあたしの足も自然と止めてしまった。


「もう良いんだってよ。だからさ、美憂、」


名前を呼ばれた瞬間、そっと見上げれば薄暗い夜道でも街灯に照らされて見える真は何処か表情が硬く見える。


「俺と結婚してください」


シンとした夜の街中は騒然とした日中の街中とは異なるわけで。つまり、今あたしの耳に入ってきた言葉は聞き間違えではないのに、あたしは思わず息を飲んで口を結んで息を吐き出す。


「…あたしたち、付き合ってすらないでしょ」
「うん、そうだな」
「それなのに結婚でいいの」
「ずっと待っててくれた美憂がいい」
「真、」
「ん」
「あたし、」


口の中はカラカラだ。アルコールを摂取したことにより、水分が取られてではないのは明白。口を開けては閉じて結んで、また開いて少しだけ息を吐き出して、


「真のことがずっと好きだった」
「俺は今もずっと美憂がスゲー好き」
「、っ」


ずっとずっと面と向かって言えなかった言葉。口に出したら壊れると思ってた言葉。何年も何年も募り募らせていた2文字の言葉を過去形とも取れる表現で口にすれば、真は現在進行形で返してきてあたしの心臓がギュッとなる。


「ずーっと、待たせてごめんな。曖昧な状態のまま手放せなくてさ、何もできなくてごめん。その分、これから美憂を絶対幸せにするから、結婚しよ」


ずっと真が手にしていた花束がここで差し出されて、なんなんだ。こんな場所でこんなこと言う?ムードも何もないじゃん、馬鹿なの?もう、


そう言いたいはずなのに、あたしはそれさえ言葉にできず真の胸の中に飛び込んだ。


「っ、ずるいよぉッ…そんなの、」
「ホントだよな、俺もそう思う」
「真はもう良いの」
「ははっ、エマに怒られたしな。さっさと美憂を幸せにしろって。アイツらはもう良いらしい」


あたしの背中に回された腕と頭に回された手の感触、真があたしを抱きとめて、抱きしめてくれていることに沸々と混み上がる感情は目から涙となって溢れ出る。


「好き」
「うん、俺も好き」


好きと言う言葉を好きで返され、ドクンと大きく高鳴る胸の鼓動。バクバクと鼓動がうるさくて十分というほどドキドキさせられているのに真は追い打ちをかけるように、胸の中に顔を埋めていたあたしの頬に触れて、気付けばすぐそこにある真の目と目が合った。


「ずっと言いたかったこの言葉も、美憂にこうやって触れるのだって、ずっと我慢してきたからさ、付き合うだけじゃ無理だから、俺のこれから全部やるから、美憂の全部を俺に」



その後の言葉はなかったけど、あたしの唇に触れた温もりが全てを語ってくれていた。
ずっと燻って拗らせて悩んで紆余曲折のこの恋心、正直ハッピーは終わりはないのかもしれないと思うこともあったけど、あたしは思った。やっぱり真を好きでよかった、と。


「真ばっかりズルい…」
「そうだな」


ちょっとした小言ぐらい許されるでしょう?
長い長い時間の試練にも乗り越えたのだから、きっとあたしたちはこれから何があっても乗り越えられるだろう。そう思いながら。あたしは「ほんと、待ちくたびれたわ」と呟いた。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -