真一郎と幼馴染 | ナノ

至近距離の曖昧な関係

子供の頃は正直ただのお祭りだと思っていた。ただ、普通のお祭りと違って、変わったものが屋台で出てるんだな…ぐらいの認識。本当にその程度、季節感とかあんまり気にしていなかった。

だから、大人になって改めてあたしは一つ学んだ。

今日は珍しく徒歩移動。バイクはなし。横を歩く真の手には大きな紙袋。歩くたびにガサガサと音を立てている。


「よーっす」
「集まったか?」
「うっし、行くか」


日が落ちてからの待ち合わせ場所にいたのは明司、ワカ、ベンケイっていつもと変わらない顔ぶれ。ちなみにベンケイの手には大きなお飾りのついた竹筒。もはや肩に担いでいるに近しい持ち方をしているそれは、普段家では見慣れない熊手だった。
ベンケイはが持つと小さく見えるそれも、実はそこそこの大きさであることを知っている。米俵に小槌、小判とかが乗っかっている熊手には、ジムの名前がか書かれた木札がついていて、これがジムにあったものは一目瞭然だ。

元々、人の多いこの辺り。だけど今日はいつもと違う混み具合。親子連れだったりカップルだったり友達同士だったり。一見いつもと変わらないけれど、明らかに連想しにくい数人の集団とかがチラホラと見受けられていて、この日ならではの光景だと言えよう。
段々と人と人が触れ合うほどに増えてきて、進みだってゆっくりになる。かろうじて流れてはいるけれど、ってスピード感。なのに、気を抜けば逸れそう。気を張って、なんとか見失わないように、と強く念じながら歩いていたら、ふとあたしの手が誰かに掴まれる。びっくりして、息を呑んで、でも身動き取れないあたしに笑いかけたのは真だった。


「逸れねぇように、な」
「うん」


人混みに埋もれてる体、その中であたしの手をそっと掴んでくれた上に手繰り寄せて、すっぽりと真の体に収まる形で落ち着いた。人の流れの進行方向に対して、真が後ろにいるような立ち位置でいてくれている。そのおかげで、さっきまであった四方八方から受ける圧迫感が少しだけ緩和する。繋がれていた手は、真が後ろに立ってくれたことにより自然と解かれた。けど、気付けば肩に手を置いていて、さっきよりも近い距離感。普段だったら緊張しそうな状況も、こんな現状だから半分ぐらい気持ちは紛れた。
前があんまり見えない状態で、本当に流れに乗って少しずつ少しずつ前進していく。あたしよりも高い位置から前を見て「ん〜」ってぼやいたりする真。正直、目的地があんまりわかっていないこともあり、完全におまかせなんだけど大丈夫だろうか。視界の左端で電飾が神々しく光っているし、ちらりと上を見上げれば大量の熊手が並べられてて、落ちてこないかちょっとだけ心配になった。


「こっち」


ある程度進んだと思われる頃、真が軽くあたしの肩を左端に誘導するように力を加えてきたので、素直に従って流れに乗りながらもそっちに流れる。人をかき分けつつ、それでも後ろに真がいるおかげで動きやすかった。やっと人混みの流れから抜け出した時、今まで人混みで見えなかった視野が広くなる。と、言っても目が慣れなくてちょっとだけ眩しくて、思わず目を細めてしまった。あたしたちより先に辿り着いていたらしいワカ、ベンケイ、明司。その更に前に広がっているのは法被を着た人たちと、高い位置まで組み立てられた屋台の壁いっぱいに並べられた大小様々な熊手。こんなに近くで見る機会がなかったから、こうやって生で見ると圧巻だ。こんな高い位置までどうやって並べてるんだろう、とか、まずどうやって持ち上げたんだろうって思いながらつい見上げないわけがない。

お祭りのようだった。ワカたちが持っていたハガキを手渡して、一つの熊手が運ばれてくる。そこから、スタッフであろう人たちのコールが始まった。勢いよくやや早口、手拍子をつけて「それっ!」と何度も掛け声が上がる。何度か掛け声を繰り返した後、最終的には「商売繁盛〜!」の言葉の後、一人のスタッフさんがワカの背中をバシンと一発平手打ち。続いてそばにいたベンケイも叩かれて終了。やられた二人もそばで見ていた明司も笑っている様子からして、このお店はこういうスタンスでやってるんだなっていうのが見てとれた。テレビで見るのとこうやって実際そばで見るのはやっぱり違うな、ってちょっとだけ感動。普段から見られるものでもないし、酉の市自体に来たことあっても、こういう光景をまじまじと見られたのは初めてだったから、良い体験をした気分。


「次、真ちゃんの番」
「おうよ」


あ、なるほどね。真も同じお店で買っていたらしい。それもそうだ、真が持っていた紙袋の中にもよく似た熊手が実は入っていて、買わないわけがないのだ。つまり、結局今の光景をあたしはもう一度、真で見守ることになった。



平手打ちって言っても軽いものだ。掛け声があって盛り上がった雰囲気の中で「よいしょーっ!」って叩くもんだから、勢いあるように見えたけど案外音は可愛らしく痛くない程度のものなのはすぐわかった。それもそうか、こんな場所で思いっきり叩かれても痛いけど、叩く側も買ってくれる人たちみんなにやること考えたら手が痛くなってしまう。


「熊手って結構高いんだね」


真の順番を終えて、再び人の波に乗っかって移動をし始めたあたしたち。真は買ったばかりの熊手を手にして、熊手が入っている紙袋も持って歩くのは大変そうだから、あたしが持つと言って譲ってもらった。歩く度、次はあたしの手元がガサガサと音を立てる紙袋。でも真が二個とも持っていた方が歩きにくいだろう。持ってみると案外そこまで重くない。まあ、重みはあるけれど、思ったよりって感じ。真が買ったのはあたしが持ってるのと同じぐらいの大きさなのかな。ワカたちのは新しいのをベンケイが持っていて、古い方をワカが持っているけれど、二人のも同じぐらいか。どっちも諭吉を出して支払っているのを見たから、値段の相場ってそのぐらいなんだなぁ…って思いつつ見てたんだけど。


「手作りって職人物だし、商売繁盛のためだからこんなもんだろ」
「そっか」


毎年買っていればそういう感覚はあるんだろうけれど、あたしは何ゆえ初めてだから。そういうものなんだなって納得するしかない。なのでこの会話はここで終了。この後、また誘導されるがまま来たのは熊手が山住みになった場所。どうやら、ここが熊手を返納する場所らしい。そこにあたしが持っていた熊手もワカが持っていた熊手も返納してここでの目的は終了。手が空いた途端、お互いの顔を見合わせて出た言葉は「なんか食うか」だった。つまり、ここからは酉の市に並んでいる屋台を回ることにシフトチェンジってことだ。確かに陽が落ちてからここに来て、人混みに揉まれて歩いて来たわけだから、良い感じにお腹も空いている。なので、再びあたしたちは宛もなく人混みの波に乗って歩き出した。
なんかもうこれが当たり前になってた。真が後ろを歩いてくれて、肩に手を乗せて軽く誘導したり庇ったりしてくれたり。これが歩きやすくて安心できるし、緊張しないわけじゃないけどそれ以上に嬉しさのような満たされる感情に浸っているので、心の中はふふんって気分が良い。屋台を見ながら、あれ美味しそう、これ美味しそうって目移りしながら、他にもまだあるかも、いやでもあっちの方がやっぱり美味しそうだったって言いつつ、行ったり来たりを繰り返して、やっと立ち止まったのはいくつか種類を買った後だった。食べられるような休憩スペースはない。なので、みんなで立ち食い。まあ、今更すぎるメンツなので、とりあえず熊手を何も持っていないあたしが袋からガサゴソと取り出した。熊手を持っている真もベンケイも先に食べられないから、ワカと明司に焼きそばとかお好み焼きを手渡す。ちなみに真はちゃっかり生ビールを買っていて、それをもう片方の手でちまちま呑んでいる。あたしは丸々一個を串刺しにして丸焼きにしたイカ焼き。焼いているところ見て美味しそうだったから、つい買ってしまった。こんな大きなものを大口開けて食べることへの羞恥心はないわけではないけれど、そんなの気にしててもって感じでもあるので欲に負けて買ったというわけだ。丸焼きのイカにガブリと齧り付いて、歯をギリギリと動かし噛み切って咀嚼する。普段だったらわざわざ食べたいと思わないのに、食べたくなるのはこの場の雰囲気があるからだと思う。


「美味い?」
「うん、美味しい」


人様が食べているところを見ているだけの真は酷だろう。だけど、そんな雰囲気は全く出さずに、美味しいかと聞いてくるので、素直に美味しいと伝えれば、「そっか」って微笑む姿に不覚にもドキッとしてしまって喉に詰まるかと思った。こういう不意打ち良くない、そう思いつつ口に出す訳にもいかず、モグモグと咀嚼を繰り返していたら真が「俺にも一口ちょーだい」って。右手にはビールの入った紙コップ。左手は買った熊手を担いでいるわけで、両手が塞がった真に、例えば今使っている箸でどうぞってのはできない。あたしは一瞬悩んだ、だけどこういうのって勢いも大事だって言い聞かせて、あたしは今自分が使っている箸でイカを掴み、真の口元に差し出すと真は少しだけ前屈みになってパクリと齧り付く。丸々姿焼きのイカはやっぱり噛みにくいのだ。何度かギリギリと苦戦しつつも噛み切った真は再び姿勢を正して咀嚼を繰り返し飲み込んだ。


「うま」
「でしょ。あ、ついてる」


プリップリのイカ丸々一個姿焼き。シンプルだけど、屋台の火力で醤油をつけて焼いたこれはやっぱり美味しいのだ。真も美味しくて思わず出た言葉にあたしは賛同。それと同時に、さっき食べた時についた醤油ダレが口の端についているのが目に留まって、あたしは指で拭ってあげた。拭った指は後で拭けばいい。今持っているものがどこにも置けないからティッシュも取り出せないし、かと言ってそのままも如何なものかと思って手で拭いてあげたら、真は「サンキューな」って一言。その後またビールを飲み始めたから、あたしはあたしでイカ焼きをまた食べ始めた時だった。


「フーン」


わざとらしく意味ありげに声を漏らしたのはワカ。ベンケイが持っていた熊手をワカが持ってるし、ベンケイの方が次は食べている。いつの間に交代したんだろうと思いつつ、「何」って尋ねてみたけど、「いや?」ってはぐらかされてしまった。気付けば明司はいなくなってて、周りを見たら少し先にあった屋台に行ってて多分また何か買ってるんだろう。真は真で次はベンケイの食べてるものに狙いを定めたのか「俺も一口」なんて言っている。


「カップル通り越して夫婦じゃん」


あたしの横に立って少しだけ声を顰めたワカの声は確かにあたしの耳に届いた。思わず息を呑んで、チラリと見たワカは無表情。


「夫婦っていうより、内縁?」
「何言ってんの」
「だって、そういう感じじゃん?」


じゃん?って聞かれましても。あたしはそんなつもりはない。と、言ったらなんとも言えないけれど。真のそばにいれればそれで良い、と決めたのはあたし。拗れ燻った気持ちも全部ひっくるめてこれがあたしたちの関係だと認めたからこそ、正直他人から見てそう見えるなら嬉しい気持ちがちょっとあったりなかったり。そんなことをさせてくれるのがあたしだからだったら良いな。例えば至近距離で庇って歩くとか、手を繋ぐとか。今だって一口ちょうだいなんて言ったり、あたしが拭いたりすることだって普通に受け入れて。真ならこんなこと、誰にだってしないってわかってるのに。いざとなったら不安になってしまうあたしは、今日だって自分に少しだけ逃げ場を作っていざという時に傷つかないように、でも都合の良いように嬉しさを噛み締めるのだ。


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