真一郎と幼馴染 | ナノ

272話√

夢かと思った。

俺は川に飛び降りて死んだハズなのに、1999年7月30日に戻っていた。
目の前にはあの日の万次郎がいて、触れたら温もりがちゃんとあって、万次郎が今ここに存在している、これは夢じゃない、現実だと実感させられる。俺が死んだハズの日からちょうど4年前。俺は本当にタイムリープしたんだと理解した。なら、人生をやり直せる、今度こそオレが万次郎を守ると決めて。

万次郎たちとバイクに乗って外を回っていたら午後3時半、忘れもしないじいちゃんから電話がかかってきた時間だった。今は万次郎は元気に動いていて、運命が変わったのかと未だ飲み込めないことがあるが、もう大丈夫かもしれないって心のどこかで思ってしまう。

家に帰れば、じいちゃんとエマもいて、久々に家族が揃っている。俺はそれが嬉しくて幸せを噛み締める。当たり前だったはずの日常、この日を境に崩れていったはずなのに。あぁ、万次郎もエマもじいちゃんもいる。オレは本当にタイムリープした、戻ってきた。人生が…やり直せる…!!気持ちが高揚して足が地につかない。嬉し過ぎて俺はエマたちに「料理を手伝う」と言えばじいちゃんに「包丁持ったことない」ことを指摘され、掃除をするため廊下をバタバタと駆け抜ける。雑巾を取りにいくため、バタバタとしていた俺の耳に届いたのは「お邪魔します」と聞き慣れたソプラノの声。今の今まで、万次郎、エマ、じいちゃんがいることに喜んで浮かれていた俺の中で無意識的に忘れてしまってが、この声を聞いて意識は一気にそっちへ引っ張られる。途中、何かを蹴っ飛ばして倒してしまったが、それどころじゃない。流行る気持ちを抑えても抑えきれず、行き先は玄関へ方向転換。


「あ、真、だいじょ」
「ッ」


玄関が見えてきたと同時に見慣れていたはずなの美憂が立っていて、何も変わらない美憂の姿を見た瞬間、俺は思わず腕の中に閉じ込めた。突然のことで美憂が息を飲む声がするし、何やら困惑気味なのもわかるけど、俺の中ではそれどころではない。美憂だ、美憂もいる。万次郎を抱きしめた時と同じように感触も体温も感じる。俺の今腕の中に確実に美憂がいる、と五感で実感させられる。
鼻をくすぐる美憂の香りが本物だと表してくれて、それがまた嬉しくて胸の中がジーンと熱くなった。






明司から突然連絡が来た。


「真が頭を打って倒れた」


と。なんとまあ簡潔的な文であり、とてもわかりやすく、思わず「は?」と言いたくなるような内容かと思った。とりあえず、来れば分かるって詳細なんて言ってくれなくて、あたしがすぐに来られなかったらどうするんだと思いつつ、実際には向かえちゃうから行くんだけど…と思ってやってきた見慣れた佐野家。勝手知ったる何やら…まではいかないけれど、慣れ親しんだこの家に上がる回数だってもはや数えてはいない。扉の鍵は空いてたから「お邪魔します」って少し大きめに声を出して玄関に入れば、奥からドタバタと大きな足音が響く。エマはこんな風に歩かないし、万次郎かなって思ってたら、ひょっこり見えてきた顔は真だったから、「え?」って一瞬だけ驚きが勝る。だけど、すぐに明司に言われてた情報を思い出して、明司の言ってた情報が本当なら、頭打ってすぐこんな風にドタバタとしていたら良くないのでは?と思って声をかけようとした時だった。あたしが話す言葉なんて聞く耳もないかのように、ドタバタと駆け寄ってくる真が突然あたしを両腕でギュッと抱き締めてきたから息が詰まるかと思った。突然の抱擁にあたしの頭の中が真っ白になるし、本当に訳がわからない。明司から来た連絡内容だって、この真の行動だって、真意が何も見えず、もしかしてあたしは騙されてるのか?ドッキリか何かでもされているのか?二人でグルだったんじゃないか?って思考回路をフルで巡らせる。だけどそんなの一人では見出せるものは何一つないし、その間に真の腕に力がこもって更にギュッと閉じ込められて動けないから、本当にどうすれば良いんだろうか。


「あ、え、っと…、真…?」
「美憂…」


かろうじて、絞り出した声で話しかけてみたら、真のぐぐもった声が耳に届く。どことなく、真の声が鼻声っぽい、というか震えてる気がするのは、気のせい…ではない?え、ちょっとホントにどうしたのかわかんないんだけど。真に抱きしめられて身動きも取れなくて、どうしようって混乱していたら、廊下をパタパタと歩く音がして「シンイチローが美憂とイチャついてる〜!!」って大声が聞こえてきて心臓が飛び跳ねた。真の肩口から見えるのは、弟の万次郎であたしたちを指差してるし、ちょっと待って!!


「ち、ちがッ…!」
「おーおー、玄関先で元気なこった」


反論と弁解をしようにも、あたしを呼び出した明司まで現れるし、あたしらの現状だけ見て勝手に納得して話は聞いてくれないし、真は真で聞いてるのかどうかもわかんない上に離してくれないし!「っちょっと…!どう言うこと…っ」って問いかけるけど、万次郎も明しもお互いの顔を見合わせて肩をすくめて、「さあ?」みたいな顔してどう言うことなのちょっと。


「シンイチロー、目が覚めてからなんか変」
「意識飛ばしてたからな」
「ずっと変だから、大変だ。美憂が面倒よろしく」
「よかったな、合法的に真のお目つけやくだ」
「もう!!他人事のように…!!!」


どうやら真が意識を飛ばしていたのは本当らしい。だけど、頭を打ったのではなく、万次郎の足が顔面に入って
伸びていたとか。目が覚めてからの真は二人から見てもちょっとおかしいらしく、万次郎も困惑していたらしいけれど、真の矛先があたしに向くなり二人とも良かったなって顔でどこか清々しく微笑ましさなんて皆無の面白がってる表情であたしたちを見ているからちょっと癪に触る。真は変わらず離してくれないし、このままでいるわけにもいかず、ポンポンと背中をさすって「ほら、真…」って優しく諭すように声をかけてみれば、やっと腕の力を少しだけ緩めてくれてホッとする。


「…美憂」
「うん?」


とりあえず、真がおかしいのだけは重々理解した。意識を飛ばしたせいで、まだ本調子じゃないのかもしれない。意識を飛ばしている間に何か嫌な夢でも見たのかもしれないし、普段から頑張りすぎる真だから、気を張って強く頑張っていたところが何かしらの理由で崩れて弱い部分が出てしまったのかもしれないと思えば何となく納得できる。
やっと腕を解いて離れた真の数分ぶりに顔を見られたのだけれど、やっぱり目が何処となく赤くて、泣いてた…?と思ったらギョッとした。別に引いたとかではなく、こればっかrはあたしにも見当がつかな過ぎて次何をすれば良いのかわからな過ぎる。


「美憂…」


真は再びあたしの名前を口にしながら、左手を手に取るとじっと見つめたまま何故か優しく薬指を撫で始める。何もつけていな手の、しかも薬指を撫でられて変に意識してしまい、だけど唐突すぎるその行動に何も言えずただ見守るだけ。玄関で謎の沈黙が流れて居心地が悪い。



「…ここ、頼むから俺以外のヤツからの指輪つけないで」



目が赤くてまるで泣いた後のような、いつもの調子じゃないぐずった後のような表情で突然投げかけられた言葉。一瞬何を言い出した?って思ったけれど、理解より先になぜか頭を鈍器で殴られた気分。それもそのはず、何の脈略もない言葉を投げかけられて、「はい、わかりました」って言える人間がいたらどんだけ頭の回転が早いのだろうか。咀嚼しきれないあたしは、何を言った?え?って混乱に混乱を極めていたら、万次郎が「シンイチローが美憂に告った〜!!!!!」って大声張り上げるから「まッ?!?」ってやっと出てきた声は裏返る。廊下の奥から「えっっっ!!!」ってエマの大声も聞こえてくるし、明司に関しては「どっちかっていうとプロポーズだろ、ありゃ」とか「あー、めでてぇな」って他人事のように遠くを見てるし、誰か状況を整理してあたしに説明してほしい。


「美憂も頼むから離れないで」


周りが騒ぐ中、真が消え入りそうな声でそう呟いたのをあたしは聞き逃さなかった。伏せ目がちに弱く小さく呟いた真の本音。色々と聞きたいこともあったけれど、そんなことを言われてしまったら、あたしはグッと言葉を飲み込んだ。本当にここに来て数分、何が何だかわからなければ、真の言った「美憂も」の「も」って意味も引っかかるのだけれど。あたしは真のそばを離れるつもりはないし、支えになりたいのだから、そんな顔をしないでと思いつつ「うん」と肯定することしかできなかった。



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